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木曜朝のシャティン競馬場を囲む青々とした山々の頂には、灰色の雲がゆっくりと垂れ込めていた。ダニー・シャム調教師のシャツ、ショートパンツ、キャップも、その空模様と同じようなグレーで統一されていた。

ダニー・シャム調教師は、人だかりから離れた砂のパドックで、あくまで目立たぬようにたたずんでいた。そこでは、G1・クイーンエリザベス2世カップに出走するロマンチックウォリアーの最終追い切りに向けて、ヒュー・ボウマン騎手が跨ろうとしていた。

この日、ジェームズ・マクドナルド騎手が騎乗する日曜日のレースに向け、最後の予行演習が行われた。

朝7時に近づくころ、ロマンチックウォリアーは向こう正面の1800m地点から追い切りに入った。コース脇のラチ沿いには20人以上のカメラマンが並び、その動きを見守り、記録する。王者は芝の上を滑らかに、いつも通りに駆け抜けた。

狙うのは、今度の2000mのQE2世カップ4勝目。成し遂げることになれば、驚異的と言うほかない大記録だ。

ボウマンは自身の騎乗を終えた後、「良い動きでした」とIdol Horseの取材に明かす。「状態は良いですし、とても健康です。いつも通り、調教も楽しんでいます。週末には間違いなく最高の走りを見せてくれるでしょう」

「追い切りで彼に乗る機会はあまりないんです。今季たぶん2回目くらいですが、バリアトライアルでは乗っています。ただ、世界でも屈指の名馬ですから、あれだけ運動能力の高いフットワークを見せるのは当然でしょう」

オーストラリア出身のボウマンは、4月も終盤に入ったいま、ロマンチックウォリアーはしっかり仕上がっていると見ている。

「外からは見えない部分もありますが、とても力強い馬ですし、今は無駄なエネルギーを使わない精神状態にあると感じます」とボウマンは自身の経験から分析する。

「もうシーズンもかなり進んでいますし、シーズン序盤は少し気負ってやり過ぎたがる場面もありましたが、今はそのフレッシュさも抜けましたね。こちらが求める通りの形で走ってくれています」

Hugh Bowman guides Romantic Warrior in Sha Tin trial
ROMANTIC WARRIOR, HUGH BOWMAN (M) / Sha Tin // 2026 /// Photo by HKJC

この朝は、香港の主役たちがそろって姿を見せた一方で、海外からの参戦する有力遠征馬のうち数頭は厩舎内にとどまった。

カーインライジングとラッキースワイネスはダートを軽く流し、ヴォイッジバブルは不安視される脚部に保護具を付けたまま芝へ出た。日本のサトノレーヴも芝コースをひと回りしたが、ロマンチックウォリアー最大の脅威とみられる日本のマスカレードボールは、日本の最強マイラーであるジャンタルマンタルとともに、厩舎周辺でリラックスした一日を過ごした。

湿気をたっぷり含んだ雲が、ほんのわずかな雨しか落とさなかったのと同じように、この朝の調教にもどこか抑えの利いた空気が漂っていた。大一番を前にした、張り詰めながらも抑えられた静けさだった。

ラッキースワイネスとヴォイッジバブルは、それぞれ大一番に向けて無理のない内容で動き、カーインライジングもまた、デヴィッド・ヘイズ調教師が「ビッグホース」と呼ぶその馬体をダートで軽く動かし、G1・チェアマンズスプリントプライズへ向けて万全であることを示した。

「今日は軽くキャンターをしただけです。明日は少しだけ伸ばして、おそらくラスト400mを28秒くらいで走るでしょう。あとは無事にレースまで向かわせることだけですね」と、ヘイズ師はカーインライジングについて話した。

その“余計なこと”は、前日の朝に危うく起きかけていた。ヘイズ師の説明によれば、別の馬が馬場へ向かうトンネルで「跳ねたり、後ろ脚で蹴ったりして」カーインライジングに向かってきたのだという。

「幸い、うちのビッグホースはじっと立っていましたし、向こうの小さいほうも相手がカーインライジングだと分かったのか止まりました」

そんな一騒ぎはあったものの、ヘイズ師は20連勝を狙う王者について、「ここまでは完璧な調整です。さらに強さを増してきていますし、枠もそれほど問題にはならないと思います」と話した。

サトノレーヴは過去3度の対戦でカーインライジングに及んでいないが、前走の高松宮記念は見事だった。この日の芝での追い切りは派手さこそなかったが、しっかりとした内容だった。

ただ、左前脚の蹄鉄が直線の大半で外れかけたままぶら下がり、最後には完全に落鉄してしまうアクシデントも。その走りに影響がなかったとは考えにくい。

その前、同じく日本馬のシュトラウスがジョアン・モレイラ騎手を背に、芝の直線で活気ある動きを見せていた。だが、早朝の灰色の空気が、霞んだ明るい日差しと強めの風に押し流されるのに合わせるように、ここまで保たれていたどこか抑えの利いた空気も吹き飛んだ。

最後にダートへ入ってきた英国遠征馬、ロイヤルチャンピオンは、今にもはじけそうな気配を漂わせていた。1周したあと、ホームストレッチで強めに伸ばしたが、騎手が抑えようとしてもなかなか収まらず、結局はもう1周を追加し、それもかなりの勢いのまま走り切った。

かつて騎手最多勝の世界記録保持者だったビル・シューメイカー騎手は、1949年4月20日、通算8883勝の第一歩を踏み出した。初勝利をもたらしたのは、米カリフォルニア州ゴールデンゲートフィールズ競馬場で騎乗した、シャフタービーだった。

1853年4月26日、ウェストオーストラリアンは単勝オッズ1.67倍の1番人気に支持され、シッティングボーンを半馬身差で退けて2000ギニーを制した。ジョン・スコット厩舎のこの牡馬は、その後英ダービーとセントレジャーも勝ち、史上初の「英三冠馬」として名を刻むことになる。

それから63年後、大西洋を越え、さらにアパラチア山脈の向こう側にあるケンタッキー州レキシントンでは、史上初の米三冠馬となるサーバートンが1916年4月26日に誕生した。

今週のIdol Thoughtsでは、香港競馬の競馬評論家で元トップジョッキーのシェーン・ダイ氏が、香港で騎乗を始めた騎手が最初に押さえるべき「3つのこと」を解説。香港競馬で勝つ鍵は「基本に忠実」だ。

今週から香港デビュー、イーサン・ブラウン騎手は水曜夜に香港競馬での初勝利を挙げた。マイケル・コックス記者はその1か月前、まだ香港に来たばかりの彼に話を聞いていた。

オーストラリア内陸の赤い大地から、深刻な負傷による肉体的、精神的な苦難を経て、きらびやかなハッピーバレー競馬場へと至る道のりを描いた、読み応えのある特集記事だ。

今回のレーシング・ラウンドテーブルでは、Idol Horseのルーク・ミドルブルック記者、デイヴィッド・モーガン記者、マイケル・コックス記者の3人が、日曜の香港チャンピオンズデーに組まれる3つのG1に集うスターたちを分析。4つの重要な論点を掘り下げている。

こちらのマイケル・コックス記者の特集記事では、Idol Horse編集長とザック・パートン騎手が、18年の時を隔てた2冊のレーシングプログラムを見つめながら、駆け出し時代の厳しい教訓と、香港史上最多勝ジョッキーへの道を支えた「一人のキーパーソン」について振り返っている。

アクシデンタルビッドは、オーストラリアで評価を上げつつあるステイヤーだ。先週、パッケナム競馬場のベンチマーク62・条件戦を勝った内容を見る限り、今後も注目に値する。

もちろん、あの勝利だけで一気に最上級まで届くわけではない。だが、勝ち方は明らかにこのクラス以上のもので、確かな素質を感じさせる馬であることは間違いない。

この芦毛の牡馬はこれまで、わずか4戦しかしていない。昨年8月、英国のサースク競馬場で1マイル戦に出走して2着に入り、10月にはニューマーケットで行われたセール出身馬限定の高額賞金1400m戦で大敗を喫した。

現在は豪州のキアロン・マー厩舎に移籍し、3歳馬となった今年3月にはパッケナムの1マイル戦で初勝利。そして前走、2000m戦で2戦目を迎え、ジョン・アレン騎手を背に2着馬以下を7馬身以上突き放す圧勝を演じた。

一方、英国では、チャールズ3世陛下とカミラ王妃が所有する良血馬のポートカリスが、ウッドディットンステークスを制し、注目を集めた。

ニューマーケットのクレイヴン開催で行われる、未出走3歳馬限定の新馬戦である同レースは当たり外れが大きいことでも知られるが、この牡馬はレース運びにまだ幼さを残しながらも、ライアン・ムーア騎手を背に後方近くから一気に突き抜け、5馬身半差で勝ち切った。

香港チャンピオンズデー
シャティン(香港)、4月25日

世界最強スプリンターのカーインライジングは、G1・チェアマンズスプリントプライズで自身の記録を更新する20連勝を狙う。相手には日本の王者サトノレーヴがいるが、UAEのネイティブアプローチは回避している。

クイーンエリザベス2世カップでは、ロマンチックウォリアーが歴史的な同レース4勝目の偉業に挑むが、その前には天皇賞秋の勝ち馬で、ジャパンカップ2着馬のマスカレードボールが立ちはだかる。

そして、G1・チャンピオンズマイルでは、日本最強マイラーのジャンタルマンタルが、香港三冠馬のヴォイッジバブル、さらに香港ダービー馬のインヴィンシブルアイビスと対戦する。

サウスオーストラリアンダービーデー
モーフェットヴィル(オーストラリア)、5月2日

サウスオーストラリアンダービーは1860年までさかのぼる長い歴史を持つ2500m戦だ。そうは言っても、豪州のG1の中では比較的地味な部類に入る。ただし、南オーストラリア州にとっては大きな一日であることに変わりはない。

近年の勝ち馬では、2020年のロシアンキャメロットが翌シーズンにG1・アンダーウッドSを勝ち、2009年ダービー馬のレベルレイダーは、それ以前にG1・ヴィクトリアダービーを制し、後にG1・スプリングステークスも勝っている。

英2000ギニーデー
ニューマーケット(イギリス)、5月2日

昨年のG2・ロイヤルロッジステークス勝ち馬、ボウエコーは、先週の重要な前哨戦を終えてもなお、英国クラシック初戦の英2000ギニーで有力候補として中心視されている。

ニューマーケット競馬場のローリーマイルコースで行われたG3・クレイヴンSはオクサゴンが制し、ニューベリー競馬場のG3・グリーナムSはアルパルスランがザヴァテリとアルバートアインシュタインを退けて勝利した。

英1000ギニーデー
ニューマーケット(イギリス)、5月3日

G1・モイグレアスタッドステークスとG1・フィリーズマイルを勝ったプリサイスは、先週の重要な前哨戦が伏兵の台頭に終わったあとも、依然として英1000ギニーの中心的存在だ。

ニューベリー競馬場のG3・フレッドダーリングステークスは単勝オッズ17倍のスカニアが制し、ニューマーケットのG3・ネルグウィンステークスは単勝オッズ51倍のアズリートが勝利した。

G1・マルセルブサック賞勝ち馬のダイヤモンドネックレス、先週レパーズタウンのG3・プライオリーベルSで今季初戦を飾ったG1・チェヴァリーパークS勝ち馬のトゥルーラブ、そして昨年のG1・モルニ賞を制したカール・バーク厩舎のヴェネチアンサンも、有力馬の一角を形成している。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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Racing Roundtable, Idol Horse

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