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『ウマ娘』藤田晋オーナーの凱旋門賞とBCを巻き込んだ”戦略”

フォーエバーヤングやシンエンペラーのオーナー、藤田晋氏が起こしたポップカルチャーの波は、今や凱旋門賞やデルマー競馬場で開催されるブリーダーズカップまで届きつつある。

『ウマ娘』藤田晋オーナーの凱旋門賞とBCを巻き込んだ”戦略”

フォーエバーヤングやシンエンペラーのオーナー、藤田晋氏が起こしたポップカルチャーの波は、今や凱旋門賞やデルマー競馬場で開催されるブリーダーズカップまで届きつつある。

まさに、藤田晋氏によるこれ以上ない演出だった。水曜日の朝、ブリーダーズカップとCygamesは、今後開催されるG1・ブリーダーズカップ・スプリントのタイトルパートナーがCygamesになることを世界に向けて発表した。その日の夜、藤田氏の所有馬フォーエバーヤングは、大井競馬場で行われたJpn1・ジャパンダートクラシックで勝利し、G1・ブリーダーズカップ・クラシックへの挑戦に弾みを付けた。

その間、ヨーロッパの競馬ファンと関係者は、今週末のメインイベントであるG1・凱旋門賞に注目していた。藤田氏が所有する出走馬、シンエンペラーは大きな注目を集めていた。

2023年にForbes誌が算出した推定によると9億7000万ドル(1420億円)の純資産を持つ藤田氏は、日本中央競馬会(JRA)の馬主資格を得てから4年の短い間で、日本でも世界の舞台でも著名な競走馬オーナーとして台頭した。セリでの彼の購買力は当初から驚異的なものだった。2021年のセレクトセールで、彼は即座に存在感を示し、最高額タイとなる3億円でロードカナロアの牡馬を購入した。

彼はこの年のセレクトセールを、12頭の1歳馬と6頭の当歳馬を総額23億6200万円で購入して締めくくった。彼はその後も同様の方針を続け、セレクトセールだけで4回に参加し、62頭の馬を総額87億4100万円という驚異的な金額で購入した。そしてフランスのアルカナセールで2億9400万円で購入した、シンエンペラーの存在も忘れてはいけない。

Shin Emperor and La Familia work at Longchamp
SHIN EMPEROR (R), LA FAMILIA / Longchamp // 2024 /// Photo by ScoopDyga

藤田氏は日本で最も著名な競走馬オーナーの一人であるだけでなく、サイバーエージェントの創業者、代表取締役社長(CEO)であり、原動力でもある。Cygamesはその傘下にある複数の子会社や関連会社の一つだ。Cygamesは『ウマ娘 プリティーダービー』という競馬をベースにしたゲーム、漫画、アニメ、音楽、映画、ライブ、グッズ、さらには菓子類にまで及ぶウマ娘関連の全てを開発している。ウマ娘は既に日本で大ヒットしており、競馬に新しい視点を提供し、若い新規のファンをこのスポーツに引き付けている。

ルメールが語る藤田オーナーの姿

日本のチャンピオンジョッキー、クリストフ・ルメール騎手は次のように述べている。

「藤田さんは競馬に多額の投資をしているので、漫画・アニメ文化と競馬の良い結びつきになっています。漫画・アニメ文化は過去50年から60年の間に日本でとても人気になりましたからね」

ルメール騎手は日本の伝説的ジョッキーである武豊騎手とともに『ウマ娘』のテレビCMに出演しており、それ以来、公共の場で認識されることが多くなったと述べている。

「もしシンエンペラーが凱旋門賞を勝てば、このレースを勝つ最初の日本馬になるので、業界全体に大きな影響を与えるでしょう。.そして確実に藤田さんはそのような大きな勝利を活用し、ウマ娘を通じてさらに競馬を宣伝するでしょうね」

そして、BCの発表が示したように、その逆も然り。藤田氏は天性のセールスマンであり、イノベーターでもあるのだ。

SUSUMU FUJITA / Tokyo // 2019 /// Photo by Dick Thomas Johnson

『ウマ娘』の一連の提供作品は『ウマ娘』プロジェクトとして売り出されており、BCのプレスリリースには魅力的な一文があった。「Cygamesとのパートナーシップは、2021年に日本でリリースされたシミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』の英語版の近日公開を告知するものです」

これは本当に、11月にカリフォルニアのデルマー競馬場で開催されるBCで、藤田氏が『ウマ娘』の英語版をリリースすると言っているのだろうか?完全に明らかになったわけではなかったが、もしそうなら、3年以上この日を待ち、見守り、願い、推測してきた日本国外、英語圏のウマ娘ファンにとっては大きな出来事になるだろう。

「これは私が思っている通りの意味なの?!?!?!」

とあるファンは『ウマ娘 プリティーダービー』の公式英語版X(旧Twitter)アカウントのパートナーシップに関する投稿のコメント欄に投稿した。一方で、確実な日時がないことに不満を表明する声もあった。「1ヶ月ぶりのニュースがこれ?英語版リリースに関する詳細情報があればよかったのに」と別のウマ娘ファンは投稿した。

興味深いことに、木曜日には同じXのフィードで初めて英語版のスペシャルウィークのキャラクター紹介が投稿された。これらは全て、7月初旬に同じく南カリフォルニアで行われたAnime Expo 2024でゲームの英語版がデモンストレーションされたこと、そして8月にスピンオフゲーム『ウマ娘 プリティーダービー 熱血ハチャメチャ大感謝祭!』の英語版がリリースされたことに続くものだ。

ファンたちはゲームの英語版リリースが来ることを知っていたが、それがBCにタイミングを合わせているかもしれないという考えは何とも魅力的だ。最高峰の「国際的な」レースイベントが、日本発の若者文化に舞台を提供するのだ。

このニュースを知った一部のウマ娘ファンの中には「ブリーダーズ…って何?」という反応も見られた。

BCに関係なく、これは確かに藤田氏と『ウマ娘』プロジェクトにとって胸躍る時期だろう。そして、競馬界が『ウマ娘』現象をどのように受け入れるかを理解し、把握できれば、競馬にとってもまた興奮のひとときとなるだろう。

UMAMUSUME PRETTY DERBY / Photo by Cygames

もう一つの競馬文化

「『ウマ娘』は文字通り、馬の娘を意味します」とルメールはIdol Horseに語った。「コンセプトは、有名な競走馬の勝負服を着た少女たちのキャラクターを、彼女たちが象徴する馬と同じように育成し、レース場で走れるように準備することです」

Cygamesは『ウマ娘』で、日本の競馬界の過去と現在の名馬の名前を使用している。これは2018年4月から放送された『ウマ娘』アニメシリーズと連動している。これらの「ウマ娘」には、スペシャルウィーク、トウカイテイオー、サイレンススズカ、キタサンブラックなどの名馬たちが含まれている。ウマ娘になるのに牝馬である必要はない。

「これは競馬ビジネスにとって非常にポジティブな、もう一つの競馬文化です。特に若い世代に大きな影響を与えています」とルメールは続けた。

「これは人々、特に若者に競馬を紹介する一つの方法です。なぜなら、中心にいるのは馬ではなく、馬の個性とストーリーを持つ若い女性のキャラクターだからです。これは若者にとって非常に新しく、かなり楽しいものだったので、大きな話題になりました。特にコロナ禍の間、娯楽が少なかったので、このゲームは数千回、数百万回ダウンロードされ、本当に人気が爆発しました」

実に2100万回を超えるこの数字は2024年6月、リリースから3年4ヶ月後に達成された。その時点で、3500億円以上を稼ぎ出し、リリース以来Cygamesのモバイルゲーム収益の70%以上を占めていた。

藤田オーナー流のスタイル

改めて明らかにしておくと、藤田氏は『叩き上げの成功者』で、成長期に競馬業界との実質的なつながりはなかった。ウマ娘は競馬業界とは制作面でも財政的にも独立しているが、ビング・クロスビーと彼のハリウッド『黄金時代』の友人たちが、ハリウッドパーク競馬場にスーパースターの魅力をもたらして以来、競馬界最大のポップカルチャーとのクロスオーバーとなっている。

このサイバーエージェントのCEOは、その発展を可能にしただけでなく、自らが所有する実在の馬を通じてその認知度を高めている。フォーエバーヤングは5月のG1・ケンタッキーダービーで僅差で敗れ、このプロジェクト全体を世界的に盛り上げるところだった。もし彼が勝っていたら、そしてもし彼がBCクラシックで勝てるとしたら。熱望されているCygamesの発表のタイミングと合わせて考えてみてほしい。

Forever Young wins Japan Dirt Classic
FOREVER YOUNG, RYUSEI SAKAI / JPN1 Japan Dirt Classic // Oi Racecourse /// 2023 //// Photo by @Weboshi_photo
Forever Young and Sierra Leone in the Kentucky Derby
SIERRA LEONE, TYLER GAFFALIONE (L); FOREVER YOUNG, RYUSEI SAKAI / G1 Kentucky Derby // 2024 /// Churchill Downs //// Photo by Joe Robbins

藤田氏は1973年、福井県の地方都市の社宅で生まれた。父親は一般的な「会社員」だった。彼は深夜ラジオを聴き、VHSで映画を録画して観て、ファミコンで麻雀を遊び、本を読み、バンドで演奏し、小遣いでウマ娘のルーツとも言える漫画を買って読み漁った。

大学卒業前には、雀荘(彼自身熟練の雀士である)で働き、フリーペーパーの広告を販売するアルバイトもしていた。1997年4月、藤田氏はインテリジェンス(現・パーソルキャリア)に入社し営業職に就いたが、1年も経たない24歳の時にサイバーエージェントを設立し、社長に就任した。2020年にはCEOとなり、自身のブログやソーシャルプラットフォームサイトであるAmebaで、彼の経営スタイルを「自立を通じて成長を求め、派手な(合併や買収)と一線を画すもの」としている。また、若者によるイノベーションを支援してきた。

ルメール騎手は、自身が『ウマ娘』のCMに出演しているにもかかわらず、藤田氏に会ったのは数回だけだ。それでも氏についてこう語る。

「私が言えることは、彼は競馬に非常に情熱を注いでいるということです。彼は将来のビジョンを持っており、非常に優れたビジネスマンです。ひけらかすような人ではなく、競馬場でもとても静かで控えめです。この業界では新参者で、そこまで多くの人のことを知らないかもしれません。だから、物事がどのように進行し、機能しているかを観察し、見て回っているのだと思います」

藤田氏が預託している厩舎には、矢作芳人、中内田充正、海外遠征のパイオニアの森秀行という3人の優秀な調教師が含まれている。また、彼の最初の勝ち馬であるドーブネは、2021年9月のデビュー戦で武豊騎手が騎乗していた。

Dobune and Yutaka Take
DOBUNE, YUTAKA TAKE / Newcomer // Sapporo /// 2019 /// Photo by @yushi_machida

「彼は騎手や調教師の話をよく聞いて、干渉することなく仕事をさせています。まだ競馬について学んでいる段階なので、それが彼が目立たないようにしている理由かもしれません」とルメールは付け加えた。

それにもかかわらず、藤田氏は閉鎖的で多くの場合硬直した業界に強引に入り込んでいる競馬界の『アウトサイダー』だ。ポップカルチャーのヒット作に乗って登場したその『アウトサイダー』的背景が、時に彼にとって不利に働いたこともあったかもしれない。

競馬サークルの中にも『ウマ娘』をプレイしている人がいると言われているが、この業界の全ての人に受け入れられているわけではない。JRAさえもこの現象を慎重に見ているようだ。このゲームを批判している人々は、キャラクターたちの性的描写、『ウマ娘』の年齢に関する「曖昧な線引き」、そしてギャンブルへの入り口になる可能性があると非難している。

中にはウマ娘の世界に自分の馬が関わることを望まない馬主もいる。世紀の変わり目頃に、一部の馬主は『ギャロップレーサー』と『ダービースタリオン』という他の2つのゲームで自分の所有馬の名前の使用に関する権利を確立するために訴訟を起こした。最高裁判所の上告審判決の結果、ゲーム制作者は馬主に使用料を支払うことなく、それらの馬の名前を使用できるようになった。

しかし、その歴史的な判決がCygamesに有利に働いているとしても、日本社会、特に競馬のような緊密なビジネスの中で、主要なプレイヤー層を怒らせるのは賢明な判断ではないだろう。ファンの間では、どの馬主がウマ娘の世界に自分の馬を登場することを許可しないのか、どのような取引が行われたか、あるいは行われなかったかについて、多くの憶測が飛び交っている。

金子真人氏が所有したディープインパクトとキングカメハメハは、明らかに両馬ともゲームから除外されている。金子氏はまた、日本で最も人気のある馬の一頭で、G1を勝った初めての白毛馬である『白い奇跡』ソダシのオーナーでもある。

白い馬はウマ娘の世界にとって素晴らしい追加要素になるだろう。おそらくそれも、藤田氏が2024年のセレクトセールでモーリスとマーブルケーキの産駒である白毛の1歳馬(訳者注: スーホ)を1億9000万円(118万125ドル)で購入した理由ではないか。

Lot 127 (Maurice x Marble Cake) / Select Sale // 2024 /// Video by Idol Horse

「彼はまさに全てを手に入れつつあります」とルメール騎手は観察している。もしそうなら、藤田氏が良血馬の購入に巨額の投資をしていることを考えると、世界を驚かせるような大きな勝利がもうすぐ訪れるかもしれない。

凱旋門賞やBCクラシックほど大きなレースはない。もし藤田氏の所有馬がこれらのレースの一つあるいは両方を勝てば、英語版のローンチを控えた『ウマ娘』にとってマーケティングとセールスの双方から夢のような出来事となるだろう。

それだけでない。藤田氏自身の海老色と白の勝負服を着た新しいキャラクターが1人か2人、ウマ娘の世界に加わることは間違いないだろう。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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