ブラジル・サンパウロで競馬廃止の危機…市の法案に主催者は「投機目的の不動産開発」と反論

ブラジル、サンパウロの競馬場が廃止の瀬戸際に追い込まれている。発端は市議会の競馬廃止法案だが、主催者は「不動産開発が背景にある」と抗議の姿勢を見せている。

ブラジル・サンパウロで競馬廃止の危機…市の法案に主催者は「投機目的の不動産開発」と反論

ブラジル、サンパウロの競馬場が廃止の瀬戸際に追い込まれている。発端は市議会の競馬廃止法案だが、主催者は「不動産開発が背景にある」と抗議の姿勢を見せている。

ブラジル屈指の大都市、サンパウロ。今、その街の競馬が危機に瀕している。

6月26日、サンパウロ市議会は市内での競馬を禁止する法案を可決した。この動きはサンパウロのシダーデジャルディン競馬場のみならず、国内全体の競馬産業そのものを揺るがす脅威となっているが、サンパウロの競馬主催者(ジョッキークラブ・デ・サンパウロ)は40年前の連邦法を根拠に反論する構えだ。

ジョッキークラブは法案の内容を精査した上で、「競馬産業に携わる何千もの家族の権利を守るため、必要な法的措置を取る」とする公式声明を発表している。

サンパウロ競馬の苦難

正式名称『PL 691/2022』という競馬廃止法案は、ブラジル最大の自由民主主義政党『União Brasil』に所属するシェシェウ・トリポリ議員が発起人となって提出された。

競馬を含む動物を使ったギャンブルを全て禁止することで、競馬場などの土地を市が接収することを目的としている。しかし、10月に市長選挙と議会選挙を控える中で、政治的なアピールに使われているという指摘もある。

この法案には、「動物を使用するスポーツ競技、例えば競馬やそれに準ずるイベントなどは、デジタルやバーチャルな手段であっても賭博行為を禁じる」と明記されている。

トリポリ議員は地元の新聞に対して、動物愛護の観点から法で規制する必要があると述べ、「人間の娯楽のために動物をレースに使う必要はない」と持論を語っている。

Sao Paolo Grandstand
Grandstand at Cidade Jardim Racecourse / 2024 // Photo by Idol Horse

その一方、ジョッキークラブの関係者はIdol Horseの取材に対し、クラブは馬の福祉を考えた計画を策定しており、農業省から定期的な監査を受けていると反論。要件は満たしていると語った。

この法律が施行されると、主催者は180日以内に競馬を廃止するか、罰金を科されるとされている。

しかし、市議会のウェブサイトに掲載された報告書の中で、ミルトン・レイテ議長は以下のように述べている。

「今週末、委員会に出席します。もし、競馬が行われる場合、全ての馬を差し押さえる覚悟です」

また、市の司法長官を務めるマリーナ・マグロ氏も「法的には競馬場の土地は競馬の目的で貸し出されている」という認識でいると、レイテ議長は明かしている。

「その土地は今でもサンパウロ市が所有しており、ジョッキークラブが使用しているものと認識している。競馬が廃止になれば、即座に返却される」

この法案は2023年末に初回の投票が行われ、水曜日の午後に行われた2回目の決議は僅か数秒で可決された。この日は議会で72の法案が提出されており、流れ作業のように可決された法案の1つだった。

ジョッキークラブの関係者は、市の条例よりも国の連邦法が優先されると考えており、連邦法が競馬と競馬場を存続させる根拠になると信じている。

この意見には、サンパウロの弁護士であるリカルド・ラヴァニャーニ氏も同調している。彼は国際競馬統括機関連盟(IFHA)の南米担当主任ハンデキャッパーを務めているほか、競馬中継にも解説者として出演している。

彼はIdol Horseの取材に対し、1984年公布のブラジル連邦法では競馬は馬にとって有害ではないと規定されており、動物福祉や権利を理由に閉鎖に追い込む根拠はないと解説してくれた。

「重要なのは、連邦法によって競馬産業は馬に有益だと定義されていることです。馬の福祉を盾に、廃止にする根拠はありません」

「もしそれが理由だとした場合、連邦法を廃止にする必要があります。それがその理由で競馬場を閉鎖できる唯一の手段です。そもそも、これは連邦法に背いています」

真の目的は再開発なのか?

シダーデジャルディン競馬場は、低層住宅が立ち並ぶピニェイロス川のほとりに位置している。近辺は中産階級が住む住宅街なのに対し、対岸は高層ビル群が広がっている。この土地が不動産開発業者の餌食になるのではないかという懸念は、今に始まったことではない。

2023年末に承認された市の開発計画では、競馬場を公園に変える再開発が含まれていた。しかし、2024年に競馬場周辺の区画が見直され、タワーマンションや高層ビルの開発が許可された。

ジョッキークラブは公式声明の中で、法案に対する怒りを露わにしている。「投機目的の不動産開発のため、競馬場の敷地を奪い去ろうとしている」と非難の姿勢を隠さない。

また、関係者によると、法案を可決するには議会の承認だけでは足りず、10月に市長選挙を控えるリカルド・ヌネス市長の承認を得る必要がある。承認を得ると市の官報に掲載されるが、少なくとも週末まではその動きはなかった。

ブラジルの競馬界全体を脅かす危機

サンパウロでは少なくとも1875年から公式の競馬が行われており、シダーデジャルディン競馬場は2023年に100周年を迎えたG1・サンパウロ大賞の開催地だ。

競馬場は1941年に開場し、アールデコの様式を取り入れた美しい建築物として知られている。20世紀中盤のブラジル競馬全盛期を今に伝える遺産として、親しまれてきた。

ジョッキークラブにとって事態を複雑化させているのは、未払いの税金を巡る紛争だ。現地紙の報道によると、競馬場は少なくとも5億3260万レアルの地価税と滞納しているが、主催者サイドはこの額に反論している。

市議会のレイテ議長は、市が競馬場を差し押さえた場合でも、「まだ6億レアルの債務を抱えている」と語っている。

サンパウロはリオデジャネイロのガベア競馬場と並ぶ、ブラジルの2大競馬場だ。ここが閉鎖された場合、推定で60億レアルの経済規模を誇るブラジル競馬界にとっては大打撃となる。

また、サンパウロは世界的に有名な騎手を輩出した土地でもある。イギリスでリーディングジョッキーを3回獲得したシルヴェスター・デソウサ騎手を始め、優秀な騎手を何人も世に送り出してきた。

Jockey Silvestre de Sousa and Charyn
SILVESTRE DE SOUSA, CHARYN / G1 Queen Anne Stakes // Ascot /// 2024 //// Photo by David Davies

金曜日の夕方、イギリスのニューカッスル競馬場で騎乗していたデソウサ騎手は、レースの合間にIdol Horseの取材に答えてくれた。競馬場の廃止が産業全体の危機に繋がることを危惧しているという。

「ジョアン・モレイラ騎手、ユーリコ・ダシルヴァ騎手、マヌエル・ヌネス騎手などの優秀なジョッキーが、このサンパウロから育ちました」

「しかし、それ以上の懸念は馬産地への影響です。サンパウロはリオより気候が馬産に向いており、競走馬の生産地として機能しています。競馬場が廃止になれば馬産地も影響を受け、その悪影響は国中に連鎖的に広がるかもしれません」

「もし、サンパウロから競馬が消えるとしたら、途方もない大損失です。経済にとっても損失です。多くの人が職を失い、住処を追われ、家族も引っ越すことになってしまいます」

「昔ほどの賑わいがないことは承知の上ですが、政府は支援すべきです。サンパウロは大都市なので、競馬場を移転する区画くらいあるはずです。人口も多く、財政も安定している街なので、競馬場を救済すべきではないでしょうか。競馬場は失うべきではありません」

サンパウロの競馬産業は5000人の雇用だと伝えられているが、独立機関の調査によると、競馬に直接関連するビジネスも含めると雇用は60万人規模に達するとされている。

さらに、直接の繋がりはないが関係する企業を含めると、その数は7桁に達する可能性があるという。100万人規模の雇用を生み出すブラジル競馬界が、今岐路に立たされている。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

デイヴィッド・モーガンの記事をすべて見る

すべてのニュースをお手元に。

Idol Horseのニュースレターに登録