ダービー馬が、208倍の伏兵から受けた強襲を退けた。クロワデュノールが、父キタサンブラックに並ぶ天皇賞制覇を果たした。
3200mを走り抜く、日本最高峰のステイヤー決定戦。その結末はわずか2cmの差で決着した。
日曜日、京都競馬場で行われたG1・天皇賞(春)では、圧倒的人気を集めた昨年の日本ダービー馬であるクロワデュノールが、直線早々に先頭に立ち、そのまま押し切るかと思われた。しかし、同じくキタサンブラック産駒で、最後方から大外を強襲したヴェルテンベルクが鋭く追い詰める。
ゴール前では、勝利した北村友一騎手でさえ、どちらが勝ったのか確信が持てないほどの手に汗握る接戦となった。
長い写真判定の末、JRAの発表によるとクロワデュノールがわずかハナ差、距離にして2cmをしのぎ切り、4度目のG1制覇を果たした。ダービー馬による天皇賞春の制覇は、2007年のメイショウサムソン以来、19年ぶりの快挙となった。
当事者の北村にとって、最初に湧き上がったのは歓喜ではなく、安堵の念だった。北村は「正直、ゴール板を過ぎた時は本当に分からなくて、もしかしたら負けているかもしれないなと思っていました」と当時の心境を明かす。
「最後は首の上げ下げというタイミング一つだったので、運もあったのかなと思います」
同様に、斉藤崇史調教師も確信を持てずにいた。斉藤師は「本当に接戦で、交わされたかなと思ったので、勝てて良かったです」と語った。
この僅差の決着には物語があった。血統的な側面が、この結果をより際立たせている。クロワデュノールとヴェルテンベルクは、ともに2016年と2017年の本レースを連覇した名馬、キタサンブラックの産駒である。
2017年、キタサンブラックは大阪杯と天皇賞春の連勝を達成している。4週間前のG1・大阪杯を制していたクロワデュノールにとって、今回の勝利で父の偉大なる蹄跡を辿ることとなった。
歴史的な縁は他にもある。クロワデュノールの母ライジングクロスは、2007年の天皇賞春に唯一の外国調教馬として登録されていたが、来日は叶わなかった。それから19年後、かつて母が登録しながらも出走することのなかったレースを、その息子が制したのである。

今回の天皇賞春を迎えるまで、クロワデュノールは中距離やクラシックでの輝かしい実績で知られていた。
2024年のG1・ホープフルステークス(2000m)に始まり、2025年の日本ダービー(2400m)、そして今年の大阪杯(2000m)を勝利。天皇賞は同馬にとって初めての3200mへの挑戦であり、騎手も調教師も、この距離が“明らかに適している”とは考えていなかった。
北村は「正直、3200mがベストだとは全く思っていませんでした。その中でしっかり勝ち切れたので、競馬の幅ももっと広がってほしいなと思います」と話した。
北村はレース前、特にこの馬が長丁場の1周目をどう走り、京都の坂の上り下りにどう対応するかについて不安があったという。
「3200mという距離も初めてでしたし、上って下るという1周目の坂をしっかり下り切れるのかという不安が正直ありました」
北村のプランは、クロワデュノールの前に壁を作ってリラックスさせることだった。前半はその通りに進んだものの、完全なリラックスには至らなかった。
「前に壁だけは絶対に作りたいと思っていて、実際に置くことはできましたが、思った以上にリラックスできず、少し力んで走っている感じがありました」と北村は振り返った。
クロワデュノールはスムーズなスタートを切ると、ミステリーウェイが最初の1000mを59秒9で通過して大きくリードを広げる中、6番手付近に収まった。単勝208.4倍のヴェルテンベルクは対照的に、道中の大半を最後方で離れて追走していた。
2周目に入り、レースが動き始めた。サンライズソレイユがミステリーウェイにプレッシャーをかけに行き、クロワデュノールも3コーナーから4コーナーにかけてじわじわと進出した。北村は馬の力を信じ、早めにスパートをかけたため、一時は勝負が決したかのように見えた。
クロワデュノールは直線に向くとすぐに先行する各馬を交わし、決定的とも思えるリードを広げた。アドマイヤテラとアクアヴァーナルが追い上げを図るが、脅威は遥か後方から迫っていた。
大外に出されたヴェルテンベルクが、完歩ごとに一気に差を詰めてくる。ゴールでは、2頭のキタサンブラック産駒が並んで駆け抜けた。北村は、クロワデュノールが直線で遊んだというよりは、終盤に疲れが見えたのだと話す。
「外から来られたというよりは、馬自身が最後に少し脚が上がってしまったところで、何とか最後まで辛抱してほしいなと思っていました」
その願いが叶ったのか、望みを託した愛馬は辛うじて凌ぎ切った。


斉藤崇史調教師にとっても、今回の調整自体が新たな挑戦だった。大阪杯の後もクロワデュノールを在厩させ、前走より1200mも延びるレースに向けて、回復とフレッシュさ、そしてスタミナのバランスを取る必要があったからだ。
斉藤師は「在厩のまま3200mに行くということが日本国内では初めてだったので、馬の疲労回復だったり、精神面を見ながら調整してきた感じです。調整過程自体はずいぶん上手くいったかなと思っています」と語った。
それでも、斉藤師は改善の余地があると考えている。最初の3、4コーナー付近で少し力む場面があり、これほどの長距離では勿体ないと表現した。
クロワデュノールは長距離馬としての試練を乗り越えたが、調教師も騎手も、3200mが突如として理想的な距離になったとは示唆していない。肝心なのは、スピードと格を兼ね備えたダービー馬が新たな問いを投げかけられ、それに十分な答えを出したという単純な事実だ。
次走について斉藤調教師は、クロワデュノールが厩舎に戻り、脚元や全体の状態を確認してから計画を立てるとしている。
「とりあえず今のところは無事そうだったので、その点についてはホッとしています」