ロマンチックウォリアーが引退へ、香港競馬史に残る「世界を旅した伝説の名馬」が現役生活に別れ
オーストラリア、日本、サウジ、ドバイ。強い相手がいる場所なら何処へでも。「浪漫」を追い求めて世界を旅し、決して楽な道を選ばなかった香港の「勇士」が、競馬界に別れを告げた。
ロマンチックウォリアーが引退へ、香港競馬史に残る「世界を旅した伝説の名馬」が現役生活に別れ
オーストラリア、日本、サウジ、ドバイ。強い相手がいる場所なら何処へでも。「浪漫」を追い求めて世界を旅し、決して楽な道を選ばなかった香港の「勇士」が、競馬界に別れを告げた。
2026 09 02ロマンチックウォリアーの引退が発表された。競馬史に残る偉大さを誇り、類を見ない競走生活を築き上げた名馬が、競走生活に幕を下ろす。
香港ジョッキークラブ(HKJC)は水曜日、ロマンチックウォリアーの引退を正式発表した。HKJCの獣医病院で脚部の精密検査を行い、同馬の関係者が獣医師と協議した結果、引退の決断が下された。Idol Horseの取材によると、画像診断では、2025年5月に手術した脚とは反対側の脚に異常が見られたという。
なお、ロマンチックウォリアーは引き続き、HKJCの管理下で経過を見守る予定だ。今後3ヶ月間は従化トレーニングセンター(従化競馬場)内で獣医師の継続的な診察を受け、その後、HKJCが運営する引退競走馬ケアプログラム『RESTART』を通じて、余生を送る施設へ移る予定だ。現時点では、具体的な施設名は明らかにされていない。
ロマンチックウォリアーの引退式は、今シーズン後半のシャティン開催で開催される計画で、詳細は後日発表される。
この結果は、ダニー・シャム調教師が周囲に覚悟を促していた通りの結末となった。シャム師は日曜、Idol Horseの取材に対し、「少しでもリスクがあれば」偉大な王者を引退させると話し、同馬との強い絆を強調していた。
「ロマンチックウォリアーは自分の息子のように愛しています。少しでもリスクがあるのなら、引退させます。私たちは心でつながっています」


31戦24勝を挙げ、勝利を逃したレースでも2着が5回。こうして、世界を旅した歴戦の名馬は、競走生活に別れを告げた。
2023年のコックスプレートで海外初勝利を挙げてから約3年間、一度も2着以内を外さず。G1勝利は香港調教馬最多の15勝。そのうち3勝を、それぞれ異なる3カ国で挙げた。
競走生活の中で積み上げた獲得賞金は、実に2億8874万5697香港ドル(3680万米ドル、約59億円)に達し、ロマンチックウォリアーは「世界歴代賞金王」に上り詰めた。比類無き名王者は、大記録とともにターフを去る。
ロマンチックウォリアーが打ち立てた記録の数々は、しばらく更新されることはないだろう。香港カップは4連覇、同レースを3勝以上した史上初の馬となった。クイーンエリザベス2世カップでも、史上最多となる4勝を記録。G1通算15勝は、ゴールデンシックスティの10勝を5勝も上回る。G2・ジョッキークラブカップも3勝し、5シーズン連続で最優秀中距離馬に選ばれた。
香港国際セール出身馬として初めて香港ダービーを制し、香港調教馬として初めてコックスプレートを制した。さらに、リヴァーヴァードン、ヴォイッジバブルに続く史上3頭目の香港三冠制覇を達成している。
2023/2024年シーズンには香港年度代表馬に選ばれ、2025/2026年シーズンも同タイトルを共同受賞という形で分け合った。ただし、ここまで並べた数々の栄誉のうち、年度代表馬だけは同馬の独壇場ではない。ゴールデンシックスティは3度受賞している。
アイルランド生まれのロマンチックウォリアーは、同国の元チャンピオンジョッキー、マイケル・キネーン氏が香港ジョッキークラブ(HKJC)の依頼を受けて発掘し、2021年の香港インターナショナルセールに上場された。
落札額は480万香港ドル(当時6800万円)。落札した馬主のピーター・ラウ氏にとって、同馬は約60倍の賞金をもたらした。この活躍は、シャティン競馬場のパドックで年に一度開かれる、香港独自の競走馬セールが再び脚光を浴びるきっかけともなった。
しかし、ロマンチックウォリアーという馬の本質は、「数字」ではない。他馬と一線を画したのは、どこへ行くことも、誰と戦うことも厭わない、そのチャレンジ精神だった。
トップホースの戦績を守るようなローテーションが増えている時代に、ロマンチックウォリアーは相手を選ばず、ラウ氏の果敢な判断のもと、たびたび本来の得意条件とは異なる舞台にも臨んだ。1600mでも2400mでもG1を勝ち、香港、オーストラリア、日本、アラブ首長国連邦で頂点に立った。
サウジアラビアでは、世界最強ダート馬のフォーエバーヤングに、相手の主戦場であるダートで挑んだ。競馬史に残る激闘の末に敗れたものの、ラウ氏はこうした大舞台での勝負を重んじ、つい最近まで翌年のリヤド再遠征案を口にしていたほどだ。
HKJCの最高経営責任者、ウインフリート・エンゲルブレヒト=ブレスゲス氏は先週、引退の可能性が取り沙汰された際、シャティン競馬場でIdol Horseの取材に応じた。同氏は、新たな挑戦へ向かう陣営の姿勢と、ロマンチックウォリアー自身の闘争心、その双方こそがこの馬の本質を成していたと語った。
「世界競馬史の中でも、本当に類を見ない名馬の一頭だと思います。これほど多くの国へ遠征し、これほど多くのレースを走り、これほど多くの困難を乗り越えた馬が、ほかに何頭いるでしょうか」
「ほかの馬と違うのは、その走り方です。長年にわたり、1200m戦から異なる馬場のトップクラスのレースまで、幅広い条件に対応する能力を示してきた馬を考えてみてください。ほとんど不可能なことです」
エングルブレヒト=ブレスゲス氏は、同馬の「勝利への執念」もまた、引退の判断材料になったはずだと見解を語る。故障した馬の中には、年齢を重ねるにつれて自ら力を加減するようになる馬もいるが、ロマンチックウォリアーは違ったという。
「この馬は一歩も引くことを知りません。勝者にふさわしい、獅子のように勇敢な心を持っています。まさに究極の競走馬です。優秀な馬は数多くいますが、この馬が競走生活で成し遂げたことは、言葉だけではとても表し切れないと思います。存在感があり、自信に満ちています」
「年齢を重ねると、少し賢くなり、慎重になる馬もいます。しかし、この馬は違います。どんなときも全身全霊で走るのです」
馬主のピーター・ラウ氏が、愛馬がどれほどの器なのかを悟ったのは、2022年の香港カップだった。日本競馬界を彩る強豪馬たちが遠征したこの一戦を、ロマンチックウォリアーは4馬身半差で圧倒した。
「この時、『これはすごい、もしかすると歴史に残る名馬の一頭になるかもしれない』と思いました」とラウ氏は先月、Idol Horseの取材に話した。愛馬の将来を左右する検査結果を待つ中での取材だった。
ラウ氏はすでに、その先にどのような結末が待っていても受け入れる覚悟を決めていた。
「たとえ明日引退したとしても、私は世界で最も幸運で、最も幸せな馬主だと思います」

ロマンチックウォリアーの名が世界中の競馬ファンに知れ渡ったきっかけは、2023年のコックスプレートだった。香港からムーニーバレー競馬場へ遠征し、地元オーストラリアのミスターブライトサイドを写真判定の末に破った。その後は香港へ戻り、帰国初戦も勝利した。
2024年は日本遠征で安田記念を制すと、ドバイ遠征のG1・ジェベルハッタではコースレコードを樹立。さらにダートのサウジカップでフォーエバーヤングに挑んだ。この一戦は敗れたとはいえ、地元で楽な勝利をいくつ重ねるより、厩舎の野心を物語る象徴となった。
元騎手のシェーン・ダイ氏はIdol Horseに寄稿したコラムの中で、サウジカップでの惜敗、そしてドバイターフでソウルラッシュの僅差2着に敗れた一戦について、次のように記している。
「負けたからといって、この馬の名誉が傷ついたわけではありません。むしろ、調教師としてのダニー(シャム)の勇気を示したと思います」
そして8歳を迎えた直後、今回異常が見つかったのとは反対側の前脚に、普通の馬なら引退に追い込まれてもおかしくない手術を経験。現役最後のシーズンは、それを乗り越えて伝説を決定づける一年となった。6戦6勝、うちG1・5勝。合計着差は10馬身半に達した。
史上最多となる香港カップ4連覇に続き、クイーンエリザベス2世カップも史上最多の4勝目。シャム師が「ここ10年から15年では、最も強いメンバーがそろったクイーンエリザベス2世カップだったと思います」と評した一戦で、王者健在を見せつけた。そして5月、チャンピオンズ&チャターカップを制し、前述の香港三冠を達成した。
そのチャンピオンズ&チャターカップの日、ロマンチックウォリアーは、戦績に残る数少ない敗北の歴史を乗り越える戦いに挑んだ。2023年、同馬はこのレースでロシアンエンペラーに敗れた。それでも、決戦の数日前に取材に応じたシャム師の力強い言葉には、自信が満ちあふれていた。
「あの頃(2023年)より、今の方がはるかに良い馬です」
「より成熟し、より強くなりました。今シーズンは、この距離への対応力が大きく向上したことも示しています。すべてが完璧です。この馬自身が、準備はできていると伝えてくれています」
その勝利により、同年、ロマンチックウォリアーは香港年度代表馬の栄誉を分け合った。このタイトルが2頭に同時に贈られたのは史上初めてで、選考委員会は短距離王者カーインライジングとの優劣を決めることはしなかった。
この2頭は、2025/26年シーズンを通して、まるで並行するように完璧な戦いを続けた。結局、一方を推す理由は、そのままもう一方を推す理由にもなった。
シャム師は以前、この馬のためにどれほど心をすり減らしてきたかを赤裸々に打ち上げていた。ロマンチックウォリアーが手術のため戦列を離れた際、Idol Horseの記者にこう話していた。
「この馬がケガをしたときはつらかった。本当に苦しくて、私もその痛みを感じました」
「まるで自分の息子のような存在です。世界中の親が同じように思うでしょう。子どもが熱を出したり、けがをしたりすれば、親の方が強く痛みを感じ、『代わりに痛みを引き受けてあげたい』と思うものです」
シャム師は、この馬について常にそのような言葉で語ってきた。寄せられる賛辞を振り返るとき、そのことを忘れてはならない。シャム師がロマンチックウォリアーと成し遂げた仕事は、競馬史に残る調教師としての偉業を論じるうえで欠かせないものだからだ。
480万香港ドルの『ISG(香港国際セール出身馬)』を託され、5シーズンにわたって4カ国で、1600mでも2400mでもG1を勝たせた。8歳にして直面した手術から復活させ、最後のシーズンを6戦全勝と香港三冠制覇へ導いた。
調教師が一生をかけても、このような馬に巡り合えるとは限らない。だが、巡り合った才能を無駄にしないことは、それ以上に難しい。シャム師は、その才能を一度たりとも無駄にしなかった。
シャム師は競馬人生を通じて問いを投げかけ続け、自身にとって最高の師匠は、ロマンチックウォリアーだったと話している。馬との絆について、この偉大な騸馬から得た“教え”を次世代へ伝えたいと考えている。
「もっと馬と触れ合い、馬を感じ取ってください。馬に手をかけてあげてほしい」