香港入りしてから、息つく暇もなかった。サフィー・オズボーン騎手は木曜、シャティン競馬場で慌ただしい記者会見を終え、Idol Horseの取材に応じた。ここ数年、ドバイ、カタール、オーストラリア、米国で騎乗してきたオズボーンにとって、移動続きは日常だ。
さぞ疲れているだろうと思いきや、24歳のオズボーンは、自分がいかに恵まれているかという話から始めた。
「好きなことをしてお金をもらい、その仕事で世界中を回れるんです。24歳でそんなことができる世界が、ほかにありますか」
「イングランドを拠点に乗れるのは、本当に恵まれていると思います。レースも騎手も馬も、世界トップクラスです。でも、いろいろな場所に乗りに行けるのも、本当に最高です」
記者会見では、答えに困る質問もあった。香港で好きな食べ物を聞かれても、まだ荷解きも済んでいないオズボーンには、これといった答えがなかった。
香港での短期騎乗は日曜から約6週間。滞在中に街で何をして過ごすといいか、逆に記者たちにおすすめを聞き始めた。
オズボーンの直近の騎乗は、シドニーのゴールデンイーグルだった。手綱を取ったのは、世界を飛び回る彼女にぴったりの名を持つアメージングジャーニー。豪州に移籍した同馬はこのレースで9着だったが、オズボーンはますます勢いに乗って香港競馬へと乗り込む。
オズボーンは9月、ハイウェイマンで第250回の英セントレジャーを制し、英国クラシックを勝った初の女性騎手となった。
日曜のレディースパース開催では、オズボーンの香港デビューが図らずも注目を集める。初騎乗がこの開催と重なるとは、本人も知らなかった。この日は、ピンクをテーマにしたファッション企画も予定されている。
「すごい偶然ですね!ここで1つ勝てたら、ぴったりじゃないですか。どうやらピンクのドレスを探さなくちゃいけないみたいです」と話した。
明るい人柄のオズボーンは、騎手としての腕も確かだ。これから足を踏み入れるのが、世界で最も厳しい競馬の舞台だということもよく分かっている。
競馬史に名を残し、香港でもたびたび騎乗してきたライアン・ムーア騎手に助言を求めた。シェーン・ダイ氏が最近、香港での騎乗の心得をつづったコラム『Idol Thoughts』にも目を通したという。
「私に宛てた手紙みたいでした」
オズボーンは準備を何より大切にしている。
「どこで乗るにも、下調べはとても大事です。馬にまたがる前に、現地の競馬がどういうものか知っておく必要があります」
「だから、過去の成績やレースぶりはできる限り調べておきます。自分が乗る馬も、コースもよく知っておきたいんです。あとは、どれだけ早く順応できるかですね」
香港競馬界のジョッキールームには世界各地の騎手が顔をそろえる。そうした環境でも、オズボーンは自分の乗り方を一から変えるつもりはない。
「長く乗っていれば、自分のスタイルができてきます。場所が変わっても、乗り方まで変わるとは限らないと思います」とオズボーンは言う。
「大事なのはレースのペースをつかむことです。ライアン・ムーアやウィリアム・ビュイックのような騎手とレースで競いながら成長してきました。そういう人たちからは、本当に学ぶことが多いんです。別の場所へ行けば、そこでもほかの騎手から学ぶことがあります」


香港競馬での騎乗に招かれたのは、思いがけないことだった。
「どの騎手も、香港競馬で乗ることを夢見ていると思います。今季の半ばに初めて声がかかったときは少し驚きましたし、自分を候補に入れてもらえたのは本当に光栄でした」
「香港の競馬は本当によく見てきました。大きな開催だけじゃありません。どのレースで誰が勝ったのか、いつもチェックしています」
遠くから香港競馬を見てきたオズボーンが何より心を引かれたのは、競馬ファンの存在と、彼らが馬と育む絆だった。繁殖入りによる収益が見込めるため、競走馬の引退が早まる国や地域もある。そうした地域に比べ、香港では馬が長く現役を続ける。
木曜の早朝、シャティン競馬場でカーインライジングが調教に出てくるのを見て、オズボーンはすっかりファンの顔になった。
「騎手になった今も、競馬が大好きな子どものままなんです」とオズボーンは話した。
「あの馬が走る日曜は、いつも朝起きて、コースレコードをあっさり塗り替えて勝つところを見るんです。だから、こうして間近で見られて、すごくうれしかったです」
昨年、ドバイでロマンチックウォリアーがコースに姿を現したときも、同じ気持ちになった。
「みんな、『あれがロマンチックウォリアーだ』って思うんです」とオズボーンは言った。
「こういう馬は競馬の象徴ですよね。私だって、競馬が大好きだった子どもの頃に戻ってしまいます」
4人きょうだいの末っ子で、ただ一人の女の子だったオズボーンは、幼い頃からポニーに夢中だった。父は障害競走のトップ騎手から転身したジェイミー・オズボーン調教師で、母のケイティ・オサリバンは馬を描く画家だ。それでも、3人の兄は誰も馬に興味を示さなかった。
「兄たちは、馬の頭と尻尾の区別もつかないくらいです」とサフィーは言った。「末っ子の私だけが馬に興味を持ったので、両親は少し驚いたと思います」
ランボーンにある家族の厩舎で育つうちに、サフィーはますます馬にのめり込んでいった。
「学校へ行く前に起きて、調教で馬に乗ったりしていました。もう、やみつきみたいなものでした」と振り返った。
「騎手になる前から大の競馬ファンでしたし、今も大の競馬ファンです」