ロマンチックウォリアーの精密検査、歴史的功績、そして引退を巡る判断…馬主のピーター・ラウ氏に独占取材
Idol Horseがピーター・ラウ氏に独占取材。ロマンチックウォリアーの馬主としての旅路、検査結果を待つ心境、引退後の計画、そして香港ダービー制覇への熱意を明かした。
ロマンチックウォリアーの精密検査、歴史的功績、そして引退を巡る判断…馬主のピーター・ラウ氏に独占取材
Idol Horseがピーター・ラウ氏に独占取材。ロマンチックウォリアーの馬主としての旅路、検査結果を待つ心境、引退後の計画、そして香港ダービー制覇への熱意を明かした。
2026 08 27“ピーター・ラウ”こと、パッファイ・ラウ(劉栢輝)氏は、この途方もない旅に残された時間が、そう長くはないことを知っている。ロマンチックウォリアーは、長年馬主を務めてきたラウ氏を、想像もしなかった高みへと連れてきた。
コーズウェイベイ(銅鑼湾)のアパートで育ち、祖父や公務員だった父のラウ・キンミン氏と、テレビでハッピーバレー競馬場のレース中継を見ていた幼き日の少年には、夢見ることさえできなかったほどの高みだ。
しかし、王者・ロマンチックウォリアーは間もなく9歳。年齢を考えれば、引退の時は近い。
旅の終わりが来る前にラウ氏が願うのは、ダニー・シャム調教師が手掛けるロマンチックウォリアーによる、12月のG1・香港カップ5連覇。そして可能なら、その後にダートでもう一度だけ、取り逃したG1・サウジカップで最後の舞台に立つことだ。
それが夢だった。だが火曜午後7時20分という遅い時間に香港ジョッキークラブ(HKJC)が発表した声明は、競走馬のキャリアが、ひとつの踏み違いや故障によって、いつ終わってもおかしくないことを改めて突きつけた。
使用した画像診断機器の詳細は示されなかったが、HKJCは検査の結果、「馬の関節の一つに変化が認められ、獣医師チームによる、さらに詳しい検査が必要となった」と発表した。
その詳しい検査が完了するまでには、もう少し時間がかかる。2025年5月、ロマンチックウォリアーの左前脚球節へスクリューを入れる手術を見事に成功させたローレンス・チャン博士が、香港へ戻るのを待たなければならないからだ。
この医学的処置があったからこそ、同馬は現役を続け、昨季は無敗で香港三冠を制することができた。
ラウ氏は「ローレンス・チャン博士が来週、休暇から戻るのを待ち、詳細な検査を行ってから、明確な発表をする予定です」と、Idol Horseの取材に対して語った。
8歳のロマンチックウォリアーにとって、引退はもともと、そう遠くない将来に見えていた。ただ、その時が誰も望まなかったほど早く訪れる可能性もある。
実際に引退となれば、ラウ氏は競馬史に残る名馬がどこで余生を送り、誰が世話をするのかを決めなければならない。その相手は、主戦ジョッキーのジェームズ・マクドナルド騎手かもしれない。
「彼も、奥さんも、2人の娘さんも、みんなこの馬に夢中です。オーストラリアに牧場を持っています」とラウ氏は説明する。ただし、この点については、まだ決断していないことも明かした。
「当初は、ロマンチックウォリアーの生まれ故郷である、アイルランドの牧場で引退後を過ごさせる予定でした。実際、数年前に同牧場のオーナーから依頼があり、その時は私も了承しました」
「しかし今は、牧場のオーナーと騎手の双方が、引退後にこの馬を引き取りたいと強く希望しています。ですから最終決定を下す前に、それぞれがどこで、どのように馬を飼うつもりなのか、もっと詳しく聞くべきだと考えています。これが現在の状況です」
ロマンチックウォリアーは、アイルランドにあるデイヴィッド・イーガン氏とジェームズ・イーガン氏のコーダフスタッドで生産、育成された。その後、HKJCが香港インターナショナル・セールで再販するため、ミック・キネーン氏(元騎手)が代理で落札。同セールでラウ氏が480万香港ドル(当時約6800万円)で購入した。
ラウ氏が馬主として手に入れた馬の中で、これほど大成功だった買い物はほかにない。ロマンチックウォリアーは31戦24勝。香港の馬主なら誰もが夢見る香港ダービーを制し、香港カップでは4勝を挙げた。
香港だけの実績でも、すでに「伝説」と呼ぶにふさわしい。だが、それだけではない。
オーストラリア遠征ではG1・コックスプレートを制覇、日本遠征ではG1・安田記念、ドバイ遠征の際はG1・ジェベルハッタと、海外遠征先で鮮烈な3勝を挙げ、G1・サウジカップではフォーエバーヤングとの歴史的な接戦の末に2着となった。


ラウ氏の馬主人生に、これほどの成功は一度もなかった。遠く及ぶものさえなかった。だからこそ、2021年に未出走だった同馬を高額で購入したとはいえ、同年10月、ハッピーバレー競馬場の1200mクラス4ハンデで、ジョアン・モレイラ騎手を背に2番人気でデビューした時も、期待は現実的な範疇にとどまっていた。
「ロマンチックウォリアーが現れるまでの私の馬主成績を調べれば、なぜそれほど期待していなかったのか分かると思います。最初に所有した2頭は合計50戦して、勝ったのは一度だけでした」
「ですから当時、ハッピーバレーの12番ゲートから出走すると聞いても、ほとんど期待していませんでした。賞金を獲得できれば、それで満足だったのです」
その夜、同馬は総賞金104万香港ドルのうち、勝ち馬として1着賞金を手にした。それ以来、獲得賞金は2億8874万5697香港ドルまで膨らんでいる。今では世界競馬史上最多獲得賞金馬となり、その旅路で生まれた思い出もまた、並外れたものとなった。
「あの日から今までに、この馬が与えてくれた喜び、誇り、そして思い出は、私が夢に描いた最大の期待さえ、すでに10倍以上も上回っています」とラウ氏は語る。
その思い出の一つが、ロマンチックウォリアーが念願の香港ダービーを制した日だ。2022年3月、同馬にとって7戦目だった。それまでの6戦で香港クラシックマイルを含む5勝を挙げていたが、直前の香港クラシックカップでは4着に敗れていた。
しかも当時は、新型コロナウイルス禍の最も厳しい時期。香港では人の移動や集会に対し、政府が定めた制限がまだ続いていた。
競馬開催を継続するため、HKJCは細心の注意を払い、クラブ内では時にそれ以上に厳しい措置を取っていた。香港ダービー当日、競馬場への入場を許されたのは、開催に不可欠な関係者だけ。観客も、馬主もいなかった。
ラウ氏は笑みを浮かべながら、「香港ダービーは自宅のテレビで見るしかありませんでした。当時は誰一人、競馬場へ行くことを許されていなかったからです。勝つのは嬉しいですが、馬がゴールした後に、自分がパジャマ姿だと我に返るんですよ」と振り返る。
「もちろん競馬場で見るのとは違います。それでも、とにかく嬉しかったです」
しかし、その異例の経験があるからこそ、ラウ氏はもう一度、香港ダービーを勝ちたいと願っている。今度こそ現地で見届け、人前で喜びを分かち合うためだ。
「香港ダービーに挑戦できるのは一頭につき生涯で一度だけですから、その勝利は馬主にとっていつでも、とても貴重なものです。私も勝ち馬主の一人になれたのは幸運でした」
「しかし、勝利写真も、表彰式もなく、スタンドには競馬ファンが一人もいなかった。新型コロナウイルス禍のためとはいえ、そんなダービー馬の馬主は香港の歴史上、私だけです」
「だから、どうしてももう一度勝ちたい。心の底からそう思っています。それが今も、私の挑戦を続ける原動力です。もう一度、勝負したいのです」
その目標へ向け、ラウ氏は毎年、主に春から夏にかけて香港ダービー候補を探している。血統アドバイザーのエリック・シー氏が、自らのネットワークを通じて購入候補を見つけ出す。
欧州で重賞級の実績を持つ有望馬なら、100万ポンド以上が相場だ。そして、いつもうまくいくわけでもない。
「私たちは頻繁に意見を交わしていますが、戦略ははっきりしていて、常に香港ダービー馬を手に入れる方向性を目指しています」
「母系か父系に長距離適性を感じさせる血があり、できれば北半球産馬であること。香港競馬の歴史を見る限り、南半球産の優れた長距離馬は、それほど多くないと思うからです」
「さらに、中距離以上で2戦から5戦の実戦経験があること。5戦している場合は、そのうち少なくとも一戦がリステッドか重賞で、好成績を残していなければなりません」
「そして最後に、私の競馬に対する信条としては、適正価格で平凡な馬を買うより、正しい馬を高すぎる価格で買う方がはるかにいい、というものです。それが私の戦略です」
ラウ氏は、先日グッドウッド競馬場のG2レースを制したドクターラスカルに高額のオファーを出したが、受け入れられなかった。
「こういうものです。あまりにトントン拍子に話が進むと、かえって心配になることもあります。良い馬なら、多くの人が争奪戦を繰り広げるのが普通です。それでも、チャレンジしなければなりません」
「今、私には3頭の持ち馬がいます。そのうちロマンチックトールはG1・チャンピオンズ&チャターカップで4着でした。もう一頭のロマンチックグラディエーターは、来季の香港ダービーへ向けた私の夢であり、希望の星です」
「実は馬を輸入できる許可枠も一つ持っているので、わずか数週間前にも100万ポンドを超えるオファーを出しましたが、断られました。相手はグッドウッドへ挑戦することを選び、結果的にその判断は正しかったのです」
2年前にIdol Horseがラウ氏へ取材した際、最も印象に残る出来事として挙げたのは、日本での安田記念制覇だった。しかし、あれから多くのことが起きた。
「一つのレースだけを選ぶのは難しいですね」とラウ氏は話した。「最も劇的だった勝利は、間違いなくコックスプレートです。写真判定の20秒間で、負けたと思ったところから勝利へと状況が一変しました。これ以上ないほど劇的でした」
「最も興奮したのはドバイのジェベルハッタです。先頭から10馬身離された位置から追い込みを決め、4馬身差で勝ちました」
「そして最も嬉しかったのは東京の安田記念です。激しい雨の中、何百人もの香港のファン、そして何万人もの日本のファンから、地鳴りのような歓声を受けました」
「ただ、私たちが最も誇りに思うのは、ロマンチックウォリアーが最初に勝った香港カップです。非常に強力な遠征馬を相手に、4馬身差で勝ちました。特に心を揺さぶられたのは、これらレースということになるでしょうね」


2022年、ダノンザキッド、ジオグリフ、ジャックドール、レイパパレ、パンサラッサという、日本の並み居るG1馬を破った初の香港カップ制覇。この時、ラウ氏は初めて、自分が特別な馬を所有しているのかもしれないと考えた。
「これは凄いことになったぞ、ひょっとすると史上屈指の名馬になるのかもしれない。そう考え始めたのは、あの頃でした」
その後、ロマンチックウォリアーは実際にそれを証明してきた。
ラウ氏は、もう一頭の歴史的名馬を引き合いに出す。米国競馬を代表する騸馬、ジョンヘンリーの名前だ。米国年度代表馬に2度選ばれ、83戦39勝。アーリントンミリオン2勝、サンタアニタハンデキャップ2勝、ジョッキークラブゴールドカップなどを制し、1984年には9歳で2度目の年度代表馬に輝いた。
「ロマンチックウォリアーも、もうすぐ9歳です。ですから今後、勝っても負けても、すでに歴史に名を残しています。ただ、前走の走りを見ても、今の力を維持できているなら、第二のジョンヘンリーのような存在になれる可能性はあると思います」
場所も時代も違う。それでも、どちらも並外れた名王者だ。ロマンチックウォリアーの現役生活がいつ終わろうとも、同馬もまた、その域の名馬として記憶されるべきだろう。
「“レガシー”という意味では、ロマンチックウォリアーは1200mから2400mまでのレースで勝っています」
「G1を実施する4つの国・地域でG1を制覇し、3歳から勝ち始め、9歳を目前にした今も勝ち続けています。そしてもちろん、獲得賞金というレガシーもあります。すでに3700万米ドルを超え、今も増え続けている。オーストラリアの伝説的名馬ウィンクスよりも多いのです」
「この馬が残した記録を数えるため、ギネス世界記録から記録員に来てもらうべきかもしれませんね」と、ラウ氏はユーモアを交えて語った。
ロマンチックウォリアーの検査結果が現役生活に何を意味するのか、今はまだ分からない。ラウ氏にできるのは、夢がまだ終わっていないことを願いながら待つことだけだ。
しかし、もし終わりを迎えるとしても、この馬が、コーズウェイベイにいた少年の想像をはるかに超えるものを与えてくれたことを、ラウ氏は知っている。
「今はただ、この馬と過ごせる現在を一戦一戦、大切にしています」とラウ氏は言う。「たとえ明日引退したとしても、私は自分を世界で一番幸運で、世界一ハッピーな馬主だと思うでしょう。それが今の気持ちです」