トム・マーカンド騎手がこの冬、単身で来日する。すでにJRAに短期免許の申請を行っており、承認されれば、ブリーダーズカップ終了後の11月から12月にかけて日本で騎乗する予定だ。
世界のG1戦線に欠かせない “誰もが頼れる” 騎手になるべく、過去3回の来日で積み重ねた実績をさらに前進させたいと考えている。
今回はこれまでの来日と異なる。これまで3度の来日では、妻のホリー・ドイル騎手とともに日本を訪れ、時には競い合う仲として併走してきた。しかし、今冬は同行しない。ドイルは香港で2か月間の短期免許を取得し、飛行機で4〜5時間飛んだ先にあるシャティンとハッピーバレーという二つの競馬場で腕を試すことを選んだ。
とはいえ、離れて過ごすことは二人にとって珍しいことではない。トップアスリートである夫婦は、年間を通して各地を飛び回り、イギリス国内や海外の別々の場所で騎乗することが日常となっている。
「私たちは慣れています」と、マーカンドは話す。雨風が強い秋の午後、サースク競馬場の検量室外にある木製ベンチの肘掛けに腰を下ろしながら、Idol Horseの取材に語ってくれた。ドイルはその日の夜、約394キロ離れたロンドン郊外のケンプトンパーク競馬場で騎乗予定だ。
「この7〜8年、私はいつも単独でオーストラリアへ行ってきました。むしろ、日本で3度も冬を一緒に過ごせたほうが珍しく、あれほど長く同じ場所にいることには慣れていません」
「私たちがいつも一緒に生活していると皆さんは思うかもしれませんが、実際はそうではありません。だからこそ、日本で一緒に過ごせる時間をとても大切にしてきたんです。今年はそれが叶わないので残念ですが、私たちの仕事は騎手であり、それを第一に考えています。これまでもそうでした」
「この仕事でキャリアを第一に考えなければ成功はあり得ません。二人ともそのことは理解しています」
キャリアの面では、ドイルは香港で自分自身を試すことを選んだ。これまでも短期滞在で一定の結果を残してきただけに、今回は2か月間の長期騎乗でさらなる飛躍を狙う。一方、マーカンドは、日本で築き上げてきた基盤をさらに強固にするため、日本での騎乗を決意した。
マーカンドが初めて日本でレースに騎乗したのは2022年10月29日。来日わずか4戦目、蛯名正義調教師が管理するカトゥルスフェリスで初勝利を挙げた。蛯名師は現役時代、1999年のG1・凱旋門賞でエルコンドルパサーを2着に導き、世界的な名声を得た人物だ。
来日2日目には早くも2勝目を挙げ、3週目の日曜日には東京競馬場で3勝。騎乗最終日のクリスマス当日にも勝利を挙げて締めくくり、初来日で16勝をマークした。翌冬は20勝、昨年は11月上旬から今年1月下旬までの滞在で21勝を記録している。
前回来日の最終日は3勝を挙げる完璧な締めくくりとなった。その中には、トロヴァトーレでのリステッド勝ちも含まれていた。マーカンドは今、日本での重賞制覇を強く望んでいる。
「今はクオリティを追い求めています」とマーカンドは言う。
「もちろん勝ち星も重要ですが、ここ数年は幸いなことに良い数字を積み重ねることができました。日本に行く目的は、質の高い馬、血統の良い馬に騎乗したいという思いがあるからです。昨年はこれまで以上にレベルが上がったと感じています」
「最後の2週間は特に素晴らしい馬に乗せてもらいました。リステッドを2勝できましたし、質の向上を実感できて本当にうれしかったです。これが日本に行く理由なんです」

27歳を迎えて全盛期に差し掛かるマーカンドは、質のいい馬がどういうものかを知っている。ニューマーケットの名門、ウィリアム・ハガス厩舎では多くの優秀な馬に跨ってきた。とりわけ、昨年G1・愛チャンピオンステークスを圧勝し、現在は休養中のエコノミクスがその代表例だ。
さらに、アイルランドの名門エイダン・オブライエン厩舎から声がかかり、先日のG1・英セントレジャーはスカンディナヴィアで制覇。この勝利でG1勝利数は19に到達した。
また、オーストラリアでも若手時代から騎乗を重ね、『オージー・トム』という愛称を得るなど、世界各地で結果を残してきた。
「私もホリーも前を向いて常に突き進んでいます。だからこそ、いつも遠征を続けているんです。セントレジャーを勝った週、翌月曜にサースクまで行って騎乗しているのもそのためです。数日間休むようなことはしません」
「ホリーもアスコット開催の後でも同じです。私たちがどれほど突き進んでいるか、言葉では言い尽くせません。これがすべてで、G1で乗り替わりの空きが出たときに真っ先に声がかかる、『頼られる』騎手でありたいんです」
「ここ数年は運よく、ベイサイドボーイでのG1・クイーンエリザベス2世S、飛び込みで騎乗依頼が回ってきたガリレオクロームでのG1・英セントレジャー、そして土曜日のスカンディナヴィアなど、良い “代打” に巡り会うことができました」
「そして、そうした騎乗の空きが生じたときに “第一候補” 、少なくとも “早い段階の候補” でいられる位置を保つことがすべてです。そのためには勝ち続け、しかも内容の良い勝利を重ねること。だからこそ、この仕事はとても厳しいんですよね」
マーカンドは、ジョアン・モレイラ、ライアン・ムーア、ダミアン・レーン、レイチェル・キング、クリスチャン・デムーロ、オイシン・マーフィーらに並ぶ選択肢の一人に食い込み、海外遠征する日本馬の騎乗依頼を受けることを目指している。
「日本で素晴らしい馬に騎乗できるのは最高ですが、それが一年のうち占めるのはごく一部です。残りの期間は世界各地で国際レースが行われています。そうした時期に、海外遠征する日本馬の手綱を取れる段階に到達したいのです」
「この夏もいくつか打診はありましたが、スケジュールが合わず、実現できませんでした。夏場はどこも非常に忙しいので、騎乗するためにはすべての条件が揃う必要があります。海外遠征を予定する陣営は4~6か月前から遠征の計画を立てているため、かなり前からコミットしなければなりません。私の仕事柄、あちこちで多くの馬に騎乗しているので、時にはそれが困難になることがあります」
「サウジ、ドバイ、香港、カタールなどの開催には必ず参加します。そこで日本馬と組めるチャンスが訪れることを願っています。ぜひ実現させたいですね」

まずは今冬、日本での騎乗を成功させることが第一だ。JRAから短期免許が下りれば、これまで以上に勝ち星と人脈を積み重ねることになるだろう。たとえ単身での滞在であっても、目指すところは変わらない。
「『2か月も一緒にいられない』と嘆くつもりはありません。寂しさはありますが、私たちはキャリアをきちんと回すことのほうを大事にしています」
「いまの私たちの人生は競馬がすべてで、唯一の目的だと受け止めています。だからこそ別々の国へ行くのです。結局はハングリー精神に行き着きますし、それを最優先にする気持ちがなければ、たぶん上手くいかなくなってしまうと思います」
夫婦の間に競争心はない、と彼は強調する。日々のレースではより大きな機会を呼び込むために勝利を求めて非常に競争的だが、今冬のマーカンドの焦点もまさにそこにある。
「ホリーがいない日本は楽しいのか? おそらくそうではないでしょう」
「でも、私は楽しむために行くのではありません。仕事をして勝ち星を挙げるために行くんです。ホリーも同じで、勝つために、そして良い馬に乗るために仕事をしています。だから、離れて過ごすのはこの状況の副産物にすぎません」