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ホセ・オルティス騎手がゴールデンテンポで制したケンタッキーダービーは、兄のイラッド・オルティスJr.騎手との叩き合いも含めて見事だった。あの一鞍は、何度でも見返すべき騎乗だった。

今、世界最高レベルの騎手たちがアメリカを拠点にしていると私が考える理由を示す、格好の例でもある。

私が見てきた中で最高のジョッキーは、レスター・ピゴット騎手とゲイリー・スティーヴンス騎手だ。私はその2人と同じレースで競ったことがある。スティーヴンスはアメリカ出身だった。彼の話は語るに値するので、あとで戻りたい。

まずは、ホセ・オルティス騎手がこの日のチャーチルダウンズ競馬場でどんな騎乗をしたのか、そしてなぜそれが巧かったのかを見ていこう。

ゴールデンテンポは単勝オッズ24倍相当の伏兵で、中ほどの枠からのスタートだった。オルティス騎手は馬群を横切るように進路を取り、ゴールデンテンポを最後方に収めて、前の馬たちを行かせた。一時は先頭から30馬身差があった。

それでも、途中で急かして前との差を詰めようとは一度もしなかった。それをやるには、自分の判断を信じ切る強さが必要だ。周囲に何を言われても揺らがず、自分の評判を守るために安全な手を打つのではなく、その馬にとって最善の選択をしていると信じなければならない。

多くの騎手は、負けないために乗る。確率の高そうな選択を取り、批判を避け、安全に運ぶ。

前週の香港競馬、クイーンエリザベス2世カップで、マスカレードボールに騎乗したクリストフ・ルメール騎手を見てほしい。彼は安全策を取ったが、私はそれが同馬に最善のチャンスを与える騎乗だったとは思わない。

ホセは、その逆をやった。残り1000m付近で、彼はいったん外へ持ち出そうとした。上空からのドローン映像を見れば、それがはっきり分かる。すると一瞬のうちに、前方に兄イラッドの勝負服を見つけ、内へ切り替えて、その背後に収まった。

あの判断がレースの勝敗を分けた。距離ロスを避け、脚を温存し、イラッドの背中を目標に直線へ向かえる形を作った。

残り200mでその背後から持ち出すと、ゴールデンテンポには余力が十分に残っていた。

もちろん、兄のイラッドも素晴らしい騎乗をしていた。多くの専門家は、イラッドを世界最高の騎手と評価している。レネゲイドでの最後の追い方を見てほしい。残り1ハロンで、彼は右手でムチを一発、強く入れる。そして一完歩のうちに左手へ持ち替え、もう一発入れる。

あの力強さは尋常ではない。リズムを崩さず素早くムチを持ち替える技術は、あまり十分に語られていない。ジョアン・モレイラ騎手も見事にそれをやる。ただ、アメリカの騎手たちはさらに強く打てる。無駄がなく、鋭く、迫力がある。

Jose Ortiz celebrates his 2026 Dubai World Cup win aboard Magnitude
JOSE ORTIZ, MAGNITUDE / G1 Dubai World Cup // Meydan /// 2026 //// Photo by Dubai Racing Club

オルティス兄弟は年間300勝以上を挙げる。イラッドの昨季、世界記録となる賞金4000万米ドル(約60億円)超を獲得し、ホセの騎乗馬も3400万米ドルを稼いだ。勝利賞金の取り分から10%を受け取るのだから、本人たちの収入も相当なものになる。

ジェームズ・マクドナルド騎手のオーストラリアでの最高シーズンは賞金3600万豪ドルだったが、騎手の取り分は賞金の5%で、約180万豪ドルに相当する。イラッドが4000万米ドルの10%を受け取るなら、豪ドル換算でおよそ600万豪ドルだ。比べものにならない。

世界のトップジョッキーたちに、最高の騎手がどこを拠点にしているか聞けば、多くはアメリカだと答えるだろう。だが、オーストラリアや香港では、私たちはアメリカ競馬を十分に見ていない。

スタイルが違い、いつも理解できるわけではない。そのため、アメリカの騎手たちは、私たちから本来受けるべき正当な評価を得られていない。

アメリカの騎手たちが短期で香港競馬に来るところを、ぜひ見てみたい。彼らなら活躍するはずだ。ただ、金銭面の計算が成り立たない。トップクラスの騎手たちは本国で十分すぎるほど稼いでいる。さらにアメリカ国民は、世界のどこで稼いでも米国で課税される。

そのため、海外騎手にとって大きな魅力である香港の低税率も、オーストラリア人や欧州の騎手ほど彼らの助けにはならない。

1990年代、ゲイリー・スティーヴンスが香港競馬へ来て見事な騎乗を見せた時、彼は、アメリカの騎乗スタイルが香港でも通用することを証明してみせた。それだけに残念なことだ。

「これまで見た中で最高」ゲイリー・スティーブンス騎手の騎乗スタイル

私がアメリカ式の騎乗フォームに目の当たりにしたのは、1986年のことだった。

当時、私は20歳で、ロサンゼルスのハリウッドゴールドカップ開催で騎乗していた。ゲイリー・スティーヴンス騎手は当時、カリフォルニアを代表するトップジョッキーだった。私よりほんの数歳年上なだけだったが、彼は別格だった。その週、ロサンゼルスで15勝した。私はそれまで、あんな光景は見たことがなかった。

私はニュージーランド競馬とオーストラリア競馬を土台にして育った。当時、重んじられたのは、とにかくパワーだった。ミック・ディットマン騎手のように、どんな馬でも力で動かせる「豪腕」騎手が評価された。

私たちが価値を置いていたのは、力強さ、攻める姿勢、馬を動かし切る迫力だった。

スティーヴンスは、私が慣れていた意味で力強く見える騎手ではなかった。だが、彼の馬は、私には説明できないような走りを見せた。彼には、ほとんど人間離れしたバランス感覚があった。

ある日、海外で彼と一緒に乗った時のことを覚えている。私はコーナーで3頭分外を回りながらも、前に壁を作れる位置にいて、手応えも良かった。勝てると思っていた。一方の彼は、私のさらに外、4頭分外で、前に壁もなかった。彼の馬はもう終わったように見えた。

残り800メートルから、彼はその馬を押していた。私は、その馬に勝ち目はないと思った。

ところが、その馬が勝った。

戻った私はすぐに、その馬の戦績を調べた。伏兵だった。これといった実績もない。どうやって彼はその馬で勝ったのか。その疑問は私の中に残り続けた。それが、騎乗というものを見る目を変えた。

ゲイリーが一度、私に忘れられないことを言った。

「シェーン、二人の違いはこうだ。俺は追っている最中でも、背中にシャンパンのグラスを置いておける。ゴールしてもまだ残っている。君はそうじゃないんだよ」

その通りだった。アメリカ式の騎乗フォームは、それほど静かで、洗練されている。肩を使って、押して、押して、押し続ける。そして馬のリズムから外れない。見た目は楽にやっているように見えるが、彼らの体つきを見れば、ものすごく強いことが分かる。

ただ、“強さ”の種類が違うのだ。レスター・ピゴット騎手も同じだった。ゲイリーが一度、レスターについてこう言ったことがある。

「レスターだって無理だった。あの人は、ただ叩いていただけだ」

2人とも、それぞれのやり方で正しかった。馬はどちらのためにも走った。ただ、結果の出し方が違っていただけだ。

スティーヴンスは1994/95年シーズンに3カ月の短期免許で香港競馬に来て、圧巻の活躍を見せた。89鞍で20勝。勝率は22.5%だった。これは、短期免許の騎手としては驚異的な数字だ。香港では、多くの騎手が競馬場とシステムを覚えるだけで丸1シーズンを要する。彼はいきなりやって来て、そのまま席巻した。

その短期滞在で興味深かったのは、彼が時に馬を外めに置いて乗っていたことだ。香港競馬では珍しく、普通ならうまくいかない。それでもゲイリーの馬は、他の騎手の時とは違う形で懸命に走った。彼には特別な才能があった。

私はつい先週、ゲイリーと話した。彼は再び手術を受けたのち、2018年に引退した。最近は身体面で苦労が続いている。再度の脊椎固定術を受け、一時は脚や腕の感覚が鈍くなった。いまは回復に向かっている。ただ、長年の落馬で負ったケガは、やはり身体に影響を残している。あれだけのキャリアを送ったあとに年を重ねるのは、楽なことではない。

ゲイリーは本当にいい人だ。そして彼は、レスター・ピゴットと並んで、私が見てきた中で最高の騎手だった。

シェーン・ダイ、Idol Horseのコラムニスト。 オーストラリアとニュージーランドで競馬殿堂入りを果たし、1989年のメルボルンカップ(タウリフィック)、1995年のコックスプレート(オクタゴナル)では名勝負を演じた、G1・通算93勝の元レジェンドジョッキー。また、香港競馬では8年間騎乗し、通算で382勝を挙げている。

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