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ザック・パートン騎手には今週、ジ・エベレストを迎える前に、もうひとつ大きな「レース」がある。

ジ・エベレストと無関係というわけではない。そして、その中心にはカーインライジングがいる。ただし、パートンが騎乗するわけではなく、誰かが走るわけでもない。工場の中を駆け回る人はいるかもしれないが。

対戦相手は“時間”だ。土曜日までにカーインライジングのジャケット60着を製作し、梱包してランドウィック競馬場へ送り届けなければならない。

これは、パートンが大レースで活躍する有名騎手という枠を越え、ファンがより身近に感じられる存在となり、グッズ販売を通じて交流を広げていく取り組みの一環でもある。ザック・パートンとカーインライジングは、すでにそれぞれが「ブランド」と呼べる存在になっている。その力で、自分に多くを与えてくれた競馬の魅力を広めたいと考えている。

実際、パートンはここ数年、数々の記録を塗り替えてきた騎手としての成功を、ほかの活動にもつなげてきた。自身のスポーツウェアブランド「ZP」では、ゴルフシャツやキャップ、パーカーを展開しており、どれもZPのロゴ入りだ。

パートンにとってゴルフは、競馬以外で最も楽しんでいる趣味でもある。カーインライジングが世界最高のスプリンターへと上り詰めてからは、この名馬も商品に登場するようになった。

カーインライジングの姿はZPのパーカーに大きくあしらわれ、トレーディングカードにも使われている。いずれもパートンのウェブサイト、zacpurton.comで購入できる。

そこに加わったのが、カーインライジングのジャケットだ。着想を得たのは、日本競馬の色鮮やかな調教用の厩舎ジャケットだった。今世紀に入って以来、香港やドバイ、サウジアラビア、凱旋門賞やブリーダーズカップの舞台など、日本馬が遠征する先々で人々の目を引いてきた。

先週、カーインライジングがジ・エベレストに向けたバリアトライアルに臨んだ際、パートンは数着のジャケットを持って、ランドウィック競馬場を訪れた。サインを入れてファンにプレゼントし、そのうち3着は自身のSNSで行ったプレゼント企画の賞品に採用。いまやジャケットは人気を集め、ウェブサイトでの販売も好調で、在庫はほぼ売り切れている。

妻のニコール・パートンさんを傍らに、パートンはIdol Horseの取材に「ニコールによると、アメリカからも注文が来ているそうです」と語った。

「先週のバリアトライアルでカーインライジングのジャケットが好評で、抽選にも大勢の方が応募してくれました。それだけに、当たらなかった方もたくさんいました」

「それを受けて、ATC(オーストラリアンターフクラブ)から、今度の土曜日のランドウィック開催で、競馬場のギフトショップにジャケットを置いてみませんか、と声をかけてもらったんです」

「在庫はほぼなくなってしまったので、工場に急いで追加分を作ってもらおうとしています。ギフトショップに置けるよう現地へ届けるには、時間との勝負です。ただ、追加で作れるのは60着だけです。少量の限定生産なので、欲しい方は急いだほうがいいでしょう。あっという間に売り切れると思います」

香港競馬で圧倒的な存在感を示すオーストラリア出身のチャンピオンジョッキーは、利益を得ることを目的にグッズ事業を手がけているわけではないと話す。

日本のチャンピオンジョッキー、クリストフ・ルメール騎手も自らのアパレルブランドを持ち、競馬に着想を得た音楽制作へ活動を広げ、京都には競馬をテーマにしたブティック兼カフェまで構えている。

パートンにとっても、最大の動機はファンとの交流だ。

「ATCはジャケットを売って利益を出そうとしているわけではありません。ファンが買えるよう、ギフトショップに置いてほしいということです。ATCに利益は入りませんし、正直なところ、急な話なので私たちにも利益はありません」

「工場には残業などをお願いしなければなりませんから、私たちの利益も残りません。ファンのためだけです。当日、ジャケットを着てカーインライジングを応援したい方がいれば、購入できるようにしたいんです」

Zac Purton with lifelike figurines and other memorabilia
ZAC PURTON / Photo by @zacpurton (Instagram)

パートンは、競馬に携わる人々にはファンとの交流を深めるために、もっとできることがあると考えている。グッズは、そのための格好の手段だという。アジアでの成功を目にしてきた彼は、ほかの地域にも可能性があるとみている。

「多少、アジアならではの文化という面はあると思います。ぬいぐるみやおもちゃ、ちょっとした贈り物が本当に好きですから。アジアではとても人気があります」

「欧米などでは、サッカーや野球、NFL、AFL、NRLなどのチームを応援しますが、騎手や選手個人を応援するとなると、少し限られた、独特な市場なのかもしれません。ただ、サッカー選手の名前が背中に入ったユニフォームなどもありますよね。ですから、需要はあるんです」

こうした考え方や、競馬を題材にした衣料品作りに乗り出した背景には、自身の経験と、とりわけ香港でファンと交わしてきた会話や交流がある。

「ファンから、どうしてグッズを作らないのかと聞かれる時期がありました」とパートンは話す。

「競馬場でニコールにそう尋ねる方もいました。それで、まずは試しに作ってみよう、気に入ってもらえたら続ければいいし、そうでなくても大きな損はないだろう、と考えたんです」

「でも、反応はよかったです。皆さん、とても喜んでくれています。いつも注文が入ります」

最近、パートンは靴箱を開け、中からナイキの「エアフォース1」を取り出す動画を自身のインスタグラムに投稿した。ただのナイキのスニーカーではない。カーインライジングの勝負服を彩る水色、オレンジ、黄色でペイントを施したものだった。

製作して送ってくれたのは、香港の若いアーティストと競馬ファンのグループ、TKH Studioだ。

彼らはナイキの靴をカスタマイズするだけでなく、パートンそっくりのフィギュアも作っている。ダグラス・ホワイトの記録を抜き、香港競馬の歴代最多勝騎手となった1814勝目を記念したものだ。

手描きの装飾を施した騎乗用ゴーグルや、カーインライジングなどの勝負服の色に合わせてカスタマイズしたラブブやジモモの人形も手がけてきた。

「彼らはもう10年以上も前から、私のためにいろいろなものを作ってくれています」とパートンは話す。

「私がいちばん好きな騎手だと言ってくれて、何かの節目を迎えたり、記録を更新したりしたときに、贈り物をしてくれるんです。ポスターだったり、ゴーグルだったり、靴だったり、本当にさまざまなものです」

TKH Studioのメンバーにとってパートンは、K-POPやカントポップ(広東語のポップス)のファンが憧れるアイドルのような存在だ。贈り物を届けることも、その文化の一部である。

「あの靴は、カーインライジングをテーマに作りたいと言ってくれたんです。私のためにそうしたいと思ってくれるファンで、自分たちで作り、費用も自分たちで負担して、プレゼントとして届けてくれます」

実は、彼らがパートンに初めて贈ったのも、カスタマイズしたナイキのスニーカーだった。交わした約束を守り、パートンがリーディングジョッキーのタイトルを獲得するたびに、新たな1足を作り続けている。

TKH Studioのメンバーの1人が競馬ファンになったのは、香港で競馬場への入場が認められる18歳のときだった。

親戚にシャティン競馬場とハッピーバレー競馬場へ連れていってもらい、やがて常連になった。パートンのために何かを作ろうと初めて思ったのは、彼がリーディングに輝いたシーズンの最終日に、4勝を挙げる姿を見たときだった。

そのメンバーはインスタグラムを通じてパートンに連絡し、贈り物をしたいと申し出た。返信したニコールさんは、費用はいくらかかるのかと尋ねた。返ってきた答えは、無料で、ファンからのプレゼントだというものだった。

TKH Studioが伝えたいのは、競馬場には馬券を買うこと以外にも、はるかに多くの楽しみがあるということだ。

メンバーの一人であるキース・ファン氏は、「ザックは私たちを自宅に招いてくれました。そこで、私たちが贈ったものを全部、飾り棚に保管してくれているのを見たんです。私たちのことを、最初のファンだと言ってくれました」とIdol Horseに話した。

「競馬場はギャンブルだけをする場所ではありません。スターを追いかける場所でもあります。ザックは競馬界のスターですが、競馬場ではポップスターのような存在でもあるんです」

Zac Purton with brothers from TKH Studio
KEITH FUNG, ZAC PURTON, TOMMY FUNG / Photo by Idol Horse
Studio TKH crew at Happy Valley
KEITH FUNG, TOMMY FUNG, HILLARY XIAO / Photo by Idol Horse

彼らの長期的な目標は、TKHを、香港ジョッキークラブ(HKJC)の競馬場の土産物店で売られているものにとどまらない競馬グッズを作るスタジオへ育てることだ。特に、若いファンを競馬へ呼び込むことを重視している。参加して作品を作りたい競馬ファンなら、誰でも歓迎するという。

「彼らにはとても才能があります。靴について聞かれることも多いので、事業にしたらいいと何度も言っているんです」とパートンは話す。

「あの靴が欲しいと、お金を払うと言ってくれた方もいます。ただ、もちろん売り物ではありません。世界に1足しかないものですし、あの若者たちが私にくれた贈り物ですから、売るつもりはありません」

彼らがパートンに贈ってきた品々には、カスタマイズするために多くの手間がかかっている。ひとつ仕上げるのに何カ月も必要で、製作そのものが一種の賭けでもある。

「ギャンブルのようなものです。シーズンが終わる半年前には、プレゼントを作り始めなければなりませんから」とメンバーのファン氏は話す。こうした活動を続けるのは、パートンにとって意味のあるものを作りたいからだという。

「絵を贈るだけでは普通すぎます。エアフォース1のように、本人が本当に気に入ってくれるものにアートを施して、特別なものにしたかったんです」

「ザック(パートン騎手)は賞金をかなり稼いでいて、どんな時計だって持っています。高級ブランドの品を贈っても、意味がありません。彼が持っていないのは、手作りのものなんです」

人と人とのつながり、心の通ったファンとの交流をパートンが理解していることは、ランドウィックのバリアトライアルで行ったカーインライジングのジャケットのプレゼントからもうかがえた。競馬全体にも、こうした取り組みがもっと必要だと考えている。

「一般の方々ともつながり、このスポーツにもう少し関心を持ってもらうために、私たちにできることは、まだまだあると思います」

「競馬は、ときには少し単調で、代わり映えがしないと感じられることもあります。新鮮で、わくわくできて、面白いものにするために、私たちはもっと努力するべきなのでしょう」

単調だとか、地味だといった言葉は、ZPブランドが作った目を引くカーインライジングのジャケットには、まったく当てはまらない。ほかのグッズと同じく、これもパートン自身が求める品質基準を満たさなければならない。

「ジャケットでは、ほかにはない、一風変わったもの、はっきりと目立つものを作ろうと考えました。しかも、カーインライジングらしさが伝わるものです」

「それなら、勝負服のデザインをある程度再現し、そこに細かな工夫を加えるのがいちばんでした。いい仕上がりになりました。ジャケットの品質はとてもいいですし、それは大事なことでした。品質が伴わなければ、作っても意味がありません。注文する方は、実際に着たいと思っているわけですから」

「着心地がよく、見た目もよく、喜んでもらえるものにしたかったんです。実際、皆さんに喜んでいただいています」

「私が認めなければ、何も商品化されません。すべて把握しています」

アイデアの大半は、パートンとニコールさんが出している。ほかから提案を受けることもあり、それをデザイナーに形にしてもらう。

「もちろん、いいかもしれないと思ったのに、実物を見て『ああ、これはだめだ』となったものも、いくつもあります」

「逆に、悪くはないけれど、皆さんが気に入るかどうか見てみようと思ったものが、気に入ってもらえて、予想以上に人気になったこともあります」

「誰にでも自分のスタイルや好みがありますし、ひとつの商品がすべての人に合うわけではありません。でも、いろいろな方の好みに合うものがそろっていれば、それでいいと思います」

競馬も、誰もが好きになるわけではない。かつては世界で最も多くの人が観戦するスポーツだったのかもしれないが、いまや大半の国で、人々の関心は低下し続けている。新たなファンが必要であり、いまいるファンとの交流も、もっと深めなければならない。

パートンは、自身の取り組みに、自分とカーインライジングへの注目の高まりが重なることで、その一助になればと願っている。

「普段から競馬を楽しんでいる方々はもちろん、もっと幅広い方々とも交流したいんです。ジ・エベレストのような日には、競馬場へ足を運ぶのはその日だけかもしれないという方も大勢いらっしゃいます」

「競馬場で楽しく過ごした方に、ジャケットをお土産や思い出の品として持ち帰ってもらえれば、競馬の物語が伝わり、もう少し関心を持ってもらうきっかけになると思います」

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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