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ダミアン・レーン騎手が、外国人騎手として3人目となる日本中央競馬会(JRA)の通年免許取得へ向け、大きく前進を果たした。今年受験したJRAの騎手免許試験で、一次試験を突破した。

オーストラリア出身のレーンは先月、日本で幅広い知識を問う試験を受け、金曜日に合格の通知を受けた。試験は英語で行われ、競走のルール、日本の競馬関係法規や歴史、JRAの諸手続きなどが出題されたほか、日本語の口頭試験も含まれていた。

ただし、一次試験合格は免許取得が保証されたわけではない。来年1月に行われる二次試験では、JRAの担当者による日本語での最終面接を突破する必要があり、その後に免許交付の可否が決まる。

二次試験を経て、試験合格が認められれば、これまでクリストフ・ルメール騎手とミルコ・デムーロ騎手の2人だけだった、JRAで年間を通じて騎乗できる外国出身騎手の仲間入りを果たす。

一次試験に合格したレーンは、Idol Horseの取材に「まず、試験を受ける機会をいただけたことに感謝しています。そして、この段階を突破できたことを誇りに思います」と喜びの声を語った。

「改めて、JRAには心から感謝しています。ただ、まだ一次試験にすぎず、免許取得が保証されたわけではありません。1月の次の段階も突破しなければなりません」

通年免許の取得が認められた場合、2027年3月1日からJRAで騎乗できる見通しだという。

Jockeys Mirco Demuro and Christophe Lemaire display their full-time JRA licences in Tokyo, 2015
MIRCO DEMURO (L), CHRISTOPHE LEMAIRE / JRA Headquarters, Tokyo // 2015 /// Photo by The Asahi Shimbun

レーンは西オーストラリア州バンバリー出身の32歳。2019年4月の日本初騎乗以来、来日する外国人騎手の中でも屈指の実績を残してきた。日本競馬で通年騎乗したいという思いは、訪れるたびに強くなっていったという。

「最初に日本競馬で騎乗したいと思ったのは、自分に挑戦し、学び続け、より良い騎手になるためでした」

「ですが、すぐに日本のレースや馬の質、そして日本競馬を取り巻くすべてに魅了されました。その後、日本という国も、そこに暮らす人々も大好きになりました」

最近の来日時は、妻のボニーさんとともに、間もなく2歳になる息子のチャーリー君も連れてきている。JRAの競馬は週末に行われるため、豪州・ヴィクトリア州のトップジョッキーが送る1週間と比べ、騎乗日程には余裕がある。

「妻も私も、日本の文化や人々、食べ物が大好きです。最近は息子も一緒に来ていますが、すんなりなじんでくれています。日本での暮らしは、私たちにとって魅力的です。レースが週2日なら、家族3人で過ごす時間をもっと持てます」

外国人騎手は短期免許の交付を受けることでJRAのレースに騎乗できるが、取得には成績による資格要件を満たす必要があり、期間も1年間につき、3か月までに限られる。

レーンは2019年からこの制度を利用してきた。通年免許にはこうした制限がない一方、JRAの免許試験に合格しなければならない。ルメールとミルコ・デムーロは2015年、外国人騎手として初めてこの試験を突破した。

この試験は、多くの騎手にとって高い壁となってきた。ジョアン・モレイラ騎手は2018年に一次試験で不合格となり、フランスのミカエル・ミシェル騎手も2022年と2023年に2年続けて不合格。デムーロも一度は不合格となり、2度目の挑戦で合格している。

「なぜこのような試験制度になっているのかは理解しています」とレーンは言う。「JRAで騎乗できることは特別な資格であるべきですし、それを認められる前に、できる限り競馬について理解しておくべきだと思います」

「試験は競馬のさまざまな側面に及ぶ、幅広い内容です。準備には本当に多くの時間と努力が必要です」

ルメールは、教室で競馬学校の生徒と並んで筆記試験を受けた当時を振り返り、合格を知らされた時には安堵のあまり涙があふれたと語っている。フランス出身のルメールは、その後、JRAのリーディングジョッキーに8回輝いている。

日本でのレーンの数字は、来日騎手の中でも屈指のものだ。2019年の初来日時には38勝、勝率30.2%を記録。これまでJRAでは925戦213勝、勝率23%を残している。

JRAでの通算100勝には427戦目で到達し、これを上回るペースで達成したのは、あのジョアン・モレイラ騎手だけだ。

JRAのG1レースは、これまで7勝を挙げている。G1初制覇は、日本で騎乗を始めて3週目にノームコアで制した2019年のヴィクトリアマイルだった。

その6週間後には、矢作芳人調教師が管理する牝馬、リスグラシューで宝塚記念を制覇。同年10月には同馬とムーニーバレー競馬場のコックスプレートも勝った。その後、JRAから特例で1日限りの免許を交付され、中山競馬場の有馬記念でも同馬に騎乗。リスグラシューは引退レースを5馬身差の勝利で飾った。

その後も、2022年のマイルチャンピオンシップをセリフォス、2023年の日本ダービーをタスティエーラ、2025年の天皇賞春をヘデントール、そして今年のNHKマイルカップをロデオドライブで制した。日本での重賞勝利は、通算20勝に達している。

日本の厩舎が海外へ遠征する際にも、レーンは頼りになる存在となった。コックスプレートに加え、2019年のコーフィールドカップをメールドグラース、2022年の香港ヴァーズをウインマリリン、2025年にシャティン競馬場で行われたクイーンエリザベス2世カップをタスティエーラで制している。

レーンはオーストラリア競馬でもトップジョッキーの一人。2023/2024年シーズンにはメトロ開催で88勝を挙げ、メルボルンのリーディングジョッキーを獲得。2019年にカイアミシで制したゴールデンスリッパーステークスを含め、G1勝利数は通算35勝を超えている。

ただ、今回の受験によって、この先数週間の優先事項が変わったわけではないと話す。

レーンは「今は引き続き、オーストラリアの競馬シーズンでも非常に重要な時期に集中しています」と語る。

「試験の準備には多くの時間と努力を費やしましたが、騎乗への集中がそがれたわけではありません。今、意識を向けているのはオーストラリアのスプリングカーニバルです」

「これから素晴らしい馬に騎乗する機会がたくさんありますし、ここには素晴らしい支援者の方々もいます」

昨年、レーンはIdol Horseの取材に対し、JRAの通年免許取得を目指すことは「十分にあり得る」と話していた。ただ、そのためには入念な準備と覚悟が必要で、簡単に決められることではないとも述べていた。

日本の競馬ファンと、その馬に対するひたむきな愛情も、日本競馬界に魅了された大きな理由だったという。

「日本と日本競馬を好きになった理由の一つは、ファンの皆さんと、その馬への応援でした」

「ファンの関心は馬そのものに向いていて、私もそこに共感しています。私は競馬が好きですが、馬も大好きです。日本の皆さんも同じなのだと感じます」

今後は1月の面接に向けた準備にも力を注ぐと、レーンは話した。

「本当に胸が高鳴る時期です。まだこれから乗り越えるべきことはありますが、自分自身への挑戦を楽しみにしています。JRAで騎乗したいという思いは、年を重ねるごとに強くなってきました。次の段階に向けて、全力を尽くします」

マイケル・コックス、Idol Horseの編集長。オーストラリアのニューカッスルやハンターバレー地域でハーネスレース(繋駕速歩競走)に携わる一家に生まれ、競馬記者として19年以上の活動経験を持っている。香港競馬の取材に定評があり、これまで寄稿したメディアにはサウス・チャイナ・モーニング・ポスト、ジ・エイジ、ヘラルド・サン、AAP通信、アジアン・レーシング・レポート、イラワラ・マーキュリーなどが含まれる。

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