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「誰もが大金のためにやっているわけじゃない」ジョアン・モレイラ騎手がリオで語った、ブラジル競馬の“現在地”

ジョアン・モレイラ騎手がブラジル国内の大レースを制したとき、その1着賞金は香港競馬の一般戦と大きく変わらなかった。では、なぜブラジル競馬で乗るのか。モレイラが、祖国の競馬を支える人々と情熱を語る。

「誰もが大金のためにやっているわけじゃない」ジョアン・モレイラ騎手がリオで語った、ブラジル競馬の“現在地”

ジョアン・モレイラ騎手がブラジル国内の大レースを制したとき、その1着賞金は香港競馬の一般戦と大きく変わらなかった。では、なぜブラジル競馬で乗るのか。モレイラが、祖国の競馬を支える人々と情熱を語る。

ジョアン・モレイラ騎手は、コパカバーナの街角にあるジュース店の席に着き、カフェオレとトーストを前にしていた。陽光を浴びる通りに、傘のような樹形のアメンドエイラの木が点在し、モザイク模様の歩道に淡く揺れる影を落とす。

周囲では地元の人々が、ガラナをまぶしたアサイーボウルを前にくつろいでいる。今日も晴れた日曜日。急ぐ者はいない。暦の上では真冬だが、それも名ばかりだ。人々は短パンにTシャツ姿で、最高気温は27度まで上がる。

その前夜、モレイラはG1を勝っていた。2000mで争われるブラジル最高峰のレースだ。1着賞金は22万7200レアル、約34万7870香港ドル(約700万円)だった。

一方、昨シーズンの香港競馬では、わずか193鞍の騎乗で、モレイラの騎乗馬が4030万香港ドル(約8億円)を稼いでいる。ハッピーバレー競馬場で好調な一夜を過ごせば、ブラジル最大のレースを上回る賞金を手にできる。

あと1時間もすれば、モレイラは車で街を横切り、ガベア競馬場へ戻って再び騎乗する。今度は数百人の観客を前に、香港の騎手がレース後に取る夕食の代金にも足りない賞金を目指して乗るのだ。

では、なぜここにいるのか。

モレイラは、このスポーツの「魂」などという話を持ち出さない。語るのは馬主のことだ。パラナ州でガソリンスタンドを営むその男のために、何よりも良い仕事をしたい。それがすべてだ。ただし、ここにいる誰も金のためにやっているわけではない、とモレイラは言う。

その言葉を信じるには、前夜のあの場にいる必要があった。

Joao Moreira winning aboard Summer do Iguassu
JOAO MOREIRA, SUMMER DO IGUASSU / G1 Copa ABCPCC Clássica // Gavea /// 2026 //// Photo by Jockey Club Brasileiro

ガベア競馬場は、衰退している競馬場には見えない。誰かが海辺に置き去りにした宮殿のようだ。

競馬場の開場と同じ年に建てられたスタンドには、100年の歴史がある。当時流行していたフランス様式の建物で、大理石の階段やモザイクの床、柔らかな緑灰色に色褪せた錬鉄には、かつての繁栄の面影が残る。幾列も並ぶ木製の長椅子は、長年にわたって競馬ファンが座り続け、滑らかに磨かれている。

遥か高いコルコバードの丘では、コルコバードのキリスト像が競馬場に背を向け、湾と山の向こうの絵はがきのような街へ両腕を広げている。競馬場はその背後、像の影に横たわる。猫たちは小さな地主のような顔で、柵や花壇の間を縫って歩き、温かな石の上でまどろんでいる。

大一番の夜には、スタンドが埋まる。コパ・ドス・クリアドーレスは、生産者の祭典であり、ブラジル版ブリーダーズカップともいうべき開催だ。重賞・リステッド競走が7レース組まれ、うち3レースがG1。門は開け放たれ、入場は無料だ。古いスタンドの裏では、緑の広がるパドックを一周するポニー乗馬を待つ親子の列が、200m先まで延びている。

この地の競馬は長く苦しい時代を経験してきた。それでも今夜の観客は若く、場内には希望が漂う。そして人々の視線は今も、何より馬たちに注がれている。

この夜最高のレースを演じたのは、本来なら競馬場にたどり着くことさえなかったはずの小柄な牝馬だった。モレイラは「最高の馬には、いつだって物語があります」と言う。

サマードイグアスは、ほとんどただ同然で譲られた馬だった。元の馬主はサマードイグアスの母馬に価値がないと見切って手放し、モレイラの契約先の馬主がその母馬を引き取った。

牧場で生まれたその仔馬は排水溝に落ち、抜け出せなくなって重傷を負ったが、ぎりぎりのところで命は救われた。新任の獣医師は、治療に取りかかれるようになるまで、何が起きているのかを突き止めるだけで1か月を費やした。

サマードイグアスは、それ以来、ずっと闘い続けてきた。そして照明に照らされた直線では、勝ち目はないように見えた。外からライバルが勢いよく迫り、もはや勝負あったかと思われた。

だが、最後の一完歩で必死に脚を伸ばすと、その内にある何かが敗北を拒んだ。そして、まさに間一髪のところでゴール板が現れた。実況を務めるチアゴ・ゲデス氏の声が夜の競馬場に響き渡り、驚きに裏返った。

モレイラが馬から下りると、平静さは消えていた。頬は涙に濡れている。モレイラは調教師を長い間抱き締めた。飾り気のないTシャツ姿の小柄な男で、ジャケットも着ておらず、向けられたカメラにどうすればいいのかも分からない。調教師もモレイラを抱き締め返した。モレイラは、その男を指さした。

「競馬界で、この人ほど働く人を私は知りません」

その人物こそ、アントニオ・マルコス・オルドニ調教師だった。

Joao Moreira and trainer Antônio Marcos Oldoni
JOAO MOREIRA, ANTONIO MARCUS OLDONI / G1 Copa ABCPCC Clássica // Gavea /// 2026 //// Photo by Idol Horse
Joao Moreira and trainer Antônio Marcos Oldoni
JOAO MOREIRA, ANTONIO MARCUS OLDONI / G1 Copa ABCPCC Clássica // Gavea /// 2026 //// Photo by Idol Horse

その夜遅く、オルドニ師が自身初のチャンピオントレーナーに選ばれ、表彰式でその名が呼ばれたとき、本人は会場にいなかった。そういう場へ出かける人ではない。ジャケットを着なければならない場所よりも、厩舎にいる方が幸せなのだ。受賞が発表されたころ、オルドニ師は自宅で眠っていたらしい。

オルドニ師は馬に携わって30年以上になる。その大半を助手として過ごした。サラブレッドに携わる前は、内陸部で『カンシャ・レタ』と呼ばれる、クォーターホースの直線競馬の世界にいた。これ以上ないほど地道な道からの出発だった。

調教師になったのは、わずか5年ほど前のこと。長年の師であるA・B・ペレイラ氏が新型コロナウイルス感染症で亡くなり、厩舎を引き継いだ。ひとりの馬主のために30頭から40頭を管理している。全国の数字で見れば、無名の存在だ。

だからこそ、この1年の出来事は途方もない。ひとつの小厩舎がG1を8勝し、厩舎の看板馬、オバタイェにモレイラが騎乗して、大陸最大のレースであるラテンアメリカ大賞を制覇。さらにアルゼンチンのカルロスペレグリーニ大賞も勝った。オルドニ師は、そのすべてをクリチバを拠点に成し遂げた。

これがどれほど異例なのかを実感するには、地図が必要になる。リオのガベア競馬場は、今なお残るブラジル競馬の中心地だ。美しさを保ち、先行きに対する期待も少しずつ戻りつつある。晴れ舞台の夜には今も1万人、普段の日曜日にも1000人ほどが訪れる。

リオより豊かで、仕事を求める者が移り住む街サンパウロでは、競馬が朽ちてきた。シダーデジャルディン競馬場のスタンドは長らく閑散としており、その下の土地は、競馬場として使うよりも不動産としての価値が高かった。現代競馬で最も悲しく、そして最もありふれた物語だ。

だが今、サンパウロにもかすかな光が差している。新たな資金、大手銀行との提携、活力とアイデアにあふれ、賞金を再び支払おうとする若い新経営陣の話がある。ここ数か月で希望が生まれた。新経営陣は門を開き、休暇の季節に家族連れを呼び戻した。7月には3000人を超える観客が訪れた。

そして、ブラジルのチャンピオントレーナーが拠点を置くのは、そこからさらに南に位置する街、クリチバだ。パラナジョッキークラブが運営し、全国の地図ではほとんど目にも留まらないタルマン競馬場が、その拠点だ。

コーヒーを前にした話へ戻ると、モレイラはオルドニ師についてこう話す。「あの人ほど献身的な人はいません」。オルドニ師は、馬を登録するためのジョッキークラブのウェブサイトさえ満足に扱えない。書類仕事には手を焼いている。それでも30年にわたり毎日厩舎に立ち、厩舎のすべての馬の勝負根性と気性を把握し、それぞれの血統表まで頭に入っている。

馬を愛するがゆえに、その愛が重荷にもなる。一頭を手放し、新しい馬を迎えるべき時が来ても、それができない。手放すくらいなら、80頭を調教する方を選ぶ。だから時にはモレイラが、もう勝てないからこの馬は手放そう、と伝える役を担わなければならない。

馬主のパウロ・ペランダ氏は、亡き父の燃料事業を引き継ぎ、約40店のガソリンスタンドを抱えるまでに成長させた。州内で三本の指に入る大手事業者だ。約300頭の馬を所有する。数字だけを見れば、正気の沙汰とは思えない。

モレイラは言う。「ただ、好きなんです。競馬が大好きなんですよ。馬を持つ経済的な理由なんてありません。ビジネスとして見れば、100パーセント損をします。でも、そんなことは気にしていません。父親が生産者で、本人も生産者、そして息子も生産者になるでしょう」

ペランダ氏が何より好むのは、前夜のような華やかなG1の夜ですらないという。地元で昔から行われてきた直線のマッチレースだ。2頭が一直線に走るレースに、その興奮だけを求めて、1回100万レアル(約3000万円)を出す。

競馬への愛のためにすべてを行い、見返りを何ひとつ求めない。まして騎手には何も要求しない。騎乗に疑問を呈することも、何が悪かったのかと電話で問いただすこともないとモレイラは言う。

「私に言うのは、いつも『ベストを尽くしてくれ』、それだけです」

幸運に恵まれ、慎重に運営する馬主でさえ、投じた金額の30%ほどを回収できればいい方だとモレイラは言う。1、2頭を走らせる一部の馬主は、収支を合わせられるかもしれない。良い馬を引き当て、それを売ることができれば、の話だ。そして買い手はやって来る。

賞金が乏しく、苦境にある国や地域には、競馬を静かに内側から蝕む共通の問題がある。かつて強大だったニュージーランド競馬や南アフリカ競馬の競馬産業も例外ではない。

ブラジルで生産された最良の3歳馬は、4歳になる前に売られていく。行き先は香港競馬が最も多い。高額賞金を背景に、香港の買い手が断りがたいほどの購入額を提示するからだ。

ブラジル大賞を制したズッカベイビーでさえ、土曜日の出走予定馬に名を連ねていたものの、実際には出走しなかった。すでに売却されていたのだ。

生産者・馬主協会を率いるマイラ・フレデリコ氏は、最近のインタビューで「こちらには賞金がありません」と述べ、「だから良い馬が出れば、売るしかないのです」と事情を説明する。

それが、この国の競馬が直面する闘いだ。それでも、フレデリコ氏のように競馬運営に奔走する人々は、競馬場でできることから巻き返しを図っている。出発点は、人々を競馬場へ呼び戻すことだ。

フレデリコ氏はかつての競馬について、「以前はエリートのためのものでした」と説明する。閉鎖的で、私的なクラブのようだった。まさにそれが競馬を空洞化させ、人々の足は競馬場から遠のいた。

だから今は、ポニー乗馬があり、門は開かれ、屋台が並び、子どもを連れて来る理由がある。年に2回の、正装する特別な開催日を除けば、入場は無料だ。土曜日には1万人がやって来た。

モレイラが一度も勝っていないレースが、ひとつだけある。サンパウロ大賞だ。

ブラジル国内で成し得ることのほぼすべてを成し遂げ、国外でも数々の実績を積み上げてきたモレイラにとって、それは輝かしい経歴に最後に残された大きな空白である。

昨年は、ケンタッキーダービーで騎乗した後に夜通し飛行機でサンパウロへ直行し、このタイトルを追った。それほど欲しかったが、またしても手は届かなかった。

今のモレイラは、ひとつの厩舎と専属契約を結んで騎乗している。エージェントは置かず、他厩舎から広く依頼を受けることもない。その厩舎の中心は、スプリンターと若駒だ。モレイラがサンパウロで最も勝ちたいレースを制せるほどの馬は、挑戦できる年齢になる前に、まさに香港競馬へ売られていく馬でもある。

今では、騎乗数もかつてに比べて大幅に減った。その理由を、モレイラは率直に話す。クリチバの自宅には幼い子どものいる家族がいて、世界中を飛び回って騎乗馬を追うより、一緒に過ごしたい。そして、激しく動き、深く身をかがめる騎乗スタイルによって、股関節が骨同士で擦れるほど傷んでいるという、騎手の身体の現実もある。

モレイラは「いつまでも乗り続けることはできません」と言う。しかし、悲しげな様子ではない。大半のことを語るときと同じように、ただ事実として淡々と口にする。それは引退への秒読みというより、今、自分にとって本当に大切なものを選ぶ理由になっている。馬主のために力を尽くすことだ。

それほど遠くない昔、モレイラは世界で最も賞金が高い競馬界の中心にいた。この世界では、馬も、それに関わる人も、すべてがその金の方へ傾いていく。モレイラは、反対方向へ進む数少ない存在のひとりだ。自分が何を断っているのか、その重みを正確に知っている。かつて、その手に収めていたのだから。

それでもモレイラは言う。「世界のどこであっても、G1を勝つのは難しいことです」

モレイラはコーヒーを飲み終える。街角が目を覚まし始めている。地元の人が「世界で最も魅力的な競馬場」と呼んだガベア競馬場までは、Uberですぐの距離だ。澄み切った青空の下、海辺の宮殿へ戻れば、今日もまたすべてが始まる。

第1レースの賞金総額は約2万4000香港ドル(約50万円)。レース全体で、シャティン競馬場のクラス5における5着賞金にも満たない。

前日、私はフレデリコ氏に、こんな日にリオを訪れた人は何をすべきかと尋ねた。「今は冬です」と彼女は答えた。だが、リオに冬はない。

「日曜日は競馬場へ来てください」

マイケル・コックス、Idol Horseの編集長。オーストラリアのニューカッスルやハンターバレー地域でハーネスレース(繋駕速歩競走)に携わる一家に生まれ、競馬記者として19年以上の活動経験を持っている。香港競馬の取材に定評があり、これまで寄稿したメディアにはサウス・チャイナ・モーニング・ポスト、ジ・エイジ、ヘラルド・サン、AAP通信、アジアン・レーシング・レポート、イラワラ・マーキュリーなどが含まれる。

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