クリストフ・ルメール騎手は、20年前のあの日をよく覚えている。
2006年、社台レースホースの黄色地に黒縦縞の勝負服をまとい、日本から参戦した有力馬とともに、アスコット競馬場の本馬場に足を踏み入れた。G1・キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスで、欧州のトップホースたちに勝負を挑んだ日のことだ。芝12ハロンの名競走を日本馬として初めて制し、歴史を作るための挑戦だった。
しかしあの日、ルメール、馬主の社台レースホース、そしてハーツクライは、日本馬初制覇の夢を果たせなかった。しかしこの土曜日、ルメールは同じ勝負服を着用し、今度はマスカレードボールとともに、20年前に果たせなかった日本馬初制覇へ再び挑む。
「競馬を愛する者として、これは見たいと思うレースです」
ルメールはIdol Horseの取材にそう語る。マスカレードボールとフランスの世界王者・カランダガンとの再戦を見据える今、英国競馬界を代表する定量戦を日本馬が初めて制するかに見えた、20年前の暑い夏の日を振り返った。
「20年前のキングジョージでは、ハーツクライ、エレクトロキューショニスト、ハリケーンランという3頭の強豪が、素晴らしい競り合いを見せました。今回もまた、あのようなレースを期待したいですね」
「ただし、今度はさらに良い結果を掴み取れることを願っています」
ルメールは新たな歴史を築くことも、大レースを勝利することも熟知する、歴戦のジョッキーだ。
2015年、ルメールはミルコ・デムーロ騎手とともに、外国人として初めてJRAの通年騎手免許を取得した。外国人の取得者は、現在もこの2人だけだ。47歳となった今、日本で何度もリーディングジョッキーに輝き、その勝利は欧州のクラシック、ブリーダーズカップ、ドバイの主要競走、日本競馬を代表する大レースにまで及ぶ。

しかし、ハーツクライに騎乗した当時はまだ27歳。トップジョッキーとして成長の途上にあった。
ルメールとハーツクライは、前年12月の中山競馬場で行われたG1・有馬記念でディープインパクトを破り、翌年3月のG1・ドバイシーマクラシックに遠征した際はコリアーヒルに圧勝した。
そして、英国王室ゆかりのアスコット競馬場で対峙したのが、前年のG1・仏ダービーで2着に入り、G1・愛ダービーとG1・凱旋門賞を制したクールモアのハリケーンランと、G1・英インターナショナルステークス、G1・ドバイワールドカップの勝ち馬であるゴドルフィンのエレクトロキューショニストだった。
「本当に素晴らしい競り合いでした」とルメールは当時を振り返る。
「もちろん、勝てなかったことは残念でした。直線半ばでは勝てる位置にいましたが、最後の200メートルで苦しくなり、人気を集めていたハリケーンランとエレクトロキューショニストという、とてつもなく強い2頭に続く3着でした」
「3着でも素晴らしい走りでしたが、もちろん、私たちはもっと良い結果を期待していました。ただ、ドバイシーマクラシックから長い間隔を空けての出走でしたから、最後の最後で、仕上がりというべきか、最後の粘りにわずかな不足があったのかもしれません。それでも、何も不満はありません。素晴らしい走りでした」
今回のマスカレードボールは、アスコットに挑んだ当時のハーツクライとは、年齢もキャリアも異なる。
当時5歳だったハーツクライに対し、マスカレードボールは現在4歳。3歳シーズンはレースを重ねるごとに力をつけ、日本ダービーでは僅差の2着に入った。秋に本格化すると、G1・天皇賞秋を制覇。その後のG1・ジャパンカップでは、カランダガンにアタマ差まで迫った。
今回のキングジョージは、同じ日本を代表して参戦するヴェルテンベルクを始め、ベンヴェヌートチェッリーニ、ミニーホーク、カルパナ、ランボーン、ゴリアットといった一流馬を含む、10頭が出走する見込みだ。
それでも中心視されているのは、マスカレードボールが以前に対戦した、キングジョージ前年王者のカランダガンであることに疑いはない。ルメールは騎乗馬の能力に自信を持つ一方、歴史を塗り替えることが容易ではないことも理解している。
「昨年のジャパンカップでは3歳馬だったマスカレードボールは、年上の古馬で、遥かに経験豊富なカランダガンを相手に非常によく戦いました。今年もカランダガンや他の年長馬を相手にも、十分に渡り合える馬だと思います」
「ただ一つ違うのは、今回はアウェイでの戦いになることです。ジャパンカップではホームで戦える利点がありましたから、今回の海外遠征はマスカレードボールにとって大きな挑戦になります」
「一方のカランダガンはアスコット競馬場での経験があり、良馬場では好成績を残しています。今回はカランダガンに有利な材料がそろっていますから、マスカレードボールにとって非常に厳しい戦いになります」
「それでも、私たちはマスカレードボールを信頼しています。とても真面目な馬ですし、高い能力を持っています」

マスカレードボールは、当時のハーツクライほど、長い休み明けで臨むわけではない。
今回、日本の期待を背負うマスカレードボールは、東京競馬場でカランダガンと激闘を繰り広げた後、4月下旬にシャティン競馬場のG1・クイーンエリザベス2世カップへ遠征。香港競馬界が誇る歴戦の名馬、ロマンチックウォリアーに次ぐ2着に入っている。
一方、このレースでは、ルメールの騎乗が「慎重すぎた」と一部から批判された。芝2000メートルの8頭立てで、マスカレードボールは最後方に控え、直線で鋭く追い上げた。
ルメールはこの香港遠征を振り返り、「王者ロマンチックウォリアーに敗れましたが、あのレースは2000mでした。マスカレードボールの距離適性としては、もっと長い距離の方が合っていると思います」と説明する。
「まず、この馬はゲートが速い馬ではありません。実際、スタートはあまり上手ではなく、ゲート内で体勢を崩したり、動いたりする傾向があります。香港でもスタートのタイミングが良くありませんでした」
「さらに、香港の2000m戦は、最初のコーナーまでが非常に短いという特徴があります。長期休養明けの一戦でもありましたから、序盤から馬にプレッシャーをかけ、早い段階で体力を使わせるわけにはいきませんでした」
ルメール、手塚貴久調教師、そして馬主の社台レースホースは勝利を求めて香港へ向かった。しかし同時に、本来の大目標がその先のアスコットにあること、そしてロマンチックウォリアーと地元香港で対戦することも理解していた。
「香港でロマンチックウォリアーの2着に入り、香港ヴァーズを勝ったソジーに先着したことは、決して恥じるような結果ではありません。この2頭の間でゴールしたのですから、恥じることは何もありません」
「競走馬の現役生活は長いものですから、馬自身を尊重しなければなりません」
「レースが終わった後なら、『あと2、3馬身前で運んでいれば勝てた』と簡単に言えます。しかし、相手はロマンチックウォリアーという、とてつもなく強いトップホースです。さらに、凱旋門賞で3着と4着に入ったソジーもいました」
「特にマスカレードボールのような長期休養明けでは、序盤からあまり消耗させるわけにはいきません。だから私は後方に控え、最後まで待ってから、持てる力を出すよう促しました」
「残り150mで手前を替えると、素晴らしい加速を見せてくれました。精神面の成長という意味でも、あの経験は次のレースでさらに強くなるための助けになると思います」

2025年のシーズンを通して、マスカレードボールは高い能力を示しながらも、まだ成長の途上にあった。ルメールは、ドゥラメンテ産駒の同馬が香港遠征までに成熟し、その経験からさらに多くを学んだと感じている。
「香港遠征での道中の走りと最後の伸びを見て、以前より強くなり、成熟したと感じました」とルメールは語る。
「例えば、ジャパンカップでは外へ持ち出した際、少し内へモタれるところがありました。しかし香港では、まっすぐに走り、自分がすべきことにしっかり集中していました。そこは成長した部分の一つです」
「2歳、3歳時に少し成長が遅かった馬は、年を重ね、レースを経験するたびに、肉体的にも精神的にも良くなっていきます。この春夏の終わりにピークを迎えなければ、秋には迎えるでしょう。最高の状態にあるマスカレードボールに乗ることを、とても楽しみにしています」
ルメールは、1マイル半(2400m)の距離にも不安を感じていない。天候が崩れず、馬場が良馬場かそれより速い状態であれば、レース中に「長い脚を使える」マスカレードボールの持ち味が有利に働くと考えている。
「マスカレードボールは乗りやすい馬です。ゲートをうまく出られれば、馬が楽に走れる位置で運びたいと思います」
「調整過程に問題がなく、万全の状態で臨めれば、十分に勝負になるはずです。最高の状態で出走できること、そして香港での一戦が、仕上がりだけでなく、スピードとスタミナの面でも上積みをもたらしていることを願っています」
「香港ではスタミナはありましたが、序盤から流れに乗れる位置につけ、コーナーへ向かうところでもう一段ギアを上げるためのスピードが、少し足りなかったのかもしれません。ジャパンカップからキングジョージへ向かうローテーションは、計画通りに進みました。土曜日に最高の状態で出走できることを願っています」
マスカレードボールが最高の状態で臨めれば、社台レースホースの会員と、キングジョージ参戦を発案した社台ファーム総帥・吉田照哉氏は、アスコットの直線半ばで同馬が勝利を争う姿を目にすることだろう。
「キングジョージは特別なレースです」とルメールは続ける。
「歴代の勝ち馬を振り返れば、本当に素晴らしい馬たちが並んでいます。伝説的な名馬が、このレースを勝ってきました」
ルメールがマスカレードボールを勝利へ導けば、ハーツクライが果たせなかった日本馬初のキングジョージ制覇が実現する。
その時、吉田照哉氏と社台レースホースの会員たちが目にするのは、新たな伝説が生まれる瞬間だ。