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エイダン・オブライエン調教師は見解を示した。賛成ではない。一方、フランシス=アンリ・グラファール調教師も意見を述べた。こちらは賛成だ。フランス競馬の名伯楽、アンドレ・ファーブル調教師は反対の立場を表明している。

フランスギャロは今週、理事会がフランス競馬を代表する馬齢重量戦、G1・凱旋門賞に騸馬の出走を認める案を承認したと発表した。この発表は波紋を広げ、競馬界の意見を二分している。

その反応は理解できる。凱旋門賞は広く愛され大切にされてきたレースであり、「壊れていないものを直す必要はない」と考える人もいるだろう。凱旋門賞は壊れているレースではない。多くの年で、欧州、そしてしばしば日本から、2400m路線のトップクラスの牡馬、牝馬が集まる。ダービー馬、オークス馬、キングジョージの勝ち馬、ジャパンカップ、有馬記念、宝塚記念で輝いた馬たちである。

それでも、どれほど偉大なものでも、改革すべき時は来る。凱旋門賞は、さらに良くなるポテンシャルがある。周囲の世界の変化に、より合ったレースになれるはずだ。今の競馬界は、カランダガン、ロマンチックウォリアー、カーインライジングという世界屈指の3大王者が、いずれも騸馬という情勢にある。

血統を守る、種牡馬を作る、といったあらゆる見解や議論をひとまず脇に置けば、もちろんそれらは深く根を張り、大方は善意に基づく考え方なのだろうが、結局はひとつの問いに行き着くはずだ。

競馬は、最強馬同士が競い合う現代スポーツなのか。それとも、裕福な生産者の利益のために守られた、半ば農業の延長のような営みなのか。

グローバル化の時代にあって、香港ジョッキークラブ(HKJC)のワールドプールが欧州競馬の財源を下支えしている現状を踏まえれば、競馬が繁栄し、さらには生き残るためには、何よりもまず「スポーツ」として見られなければならない。

スポーツとは競争である。スポーツファンが見たいのは、王者同士の激突だ。競馬はスポーツであり、スポーツとして振る舞う必要がある。そう考えた時、世界最高の馬齢重量・2400m戦を掲げるレースが、トップホースに必ずしも出走を認めないままでは、本当に「最高」と言えるのだろうか。

凱旋門賞に騸馬を出走させるべきだという議論は、以前からあった。10年以上前には、シリュスデゼーグルがこの規則による明白な犠牲者となった。それでも、この議題がここ数年で最優先に浮上したのは、とりわけ2頭の存在があったからだ。

その1頭目が、2024年にアスコット競馬場のG1・キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを勝ったゴリアットである。このレースは、英国における真夏の凱旋門賞とも言うべき存在で、騸馬の出走を認めている。

ゴリアットの馬主ジョン・スチュワート氏は、自身の騸馬が10月にロンシャンで行われる大一番に出走できないと知ると、SNS上で自身の見解をはっきりと明らかにしている。

そして、ゴリアットに続いて現れたのがカランダガンだった。

アガ・カーン・スタッズの自家生産馬であるカランダガンは、昨年、凱旋門賞を迎える前から欧州最強であることを示していた。それにもかかわらず、若い頃にあまりに扱いが難しく、どこかの時点で関係者が賢明にも去勢を決めていたため、パリでその力を示す道を閉ざされた。

そこで同馬は東京のジャパンカップへ向かい、本拠地で待ち受ける日本勢をアウェーで破った。カランダガンは公式レーティングで世界最高評価を受け、その実績を広く称賛された。

フランスの馬が頂点に立ちながら、フランス競馬最大のレースから締め出される。フランスギャロにとって、それは受け入れがたい皮肉だったはずだ。

Goliath and Christophe Soumillon win the King George VI
GOLIATH, CHRISTOPHE SOUMILLON / G1 King George VI And Queen Elizabeth Stakes // Ascot /// 2024 //// Photo by Steven Paston
Goliath's majority owner John Stewart
JOHN STEWART / Tokyo // 2024 /// Photo by Idol Horse

ただし、フランス競馬の統括機関がこの動きを急いだわけでも、軽く扱ったわけでもない。関係者によれば、理事会は昨年や一昨年、ゴリアットやカランダガンを出走させるべきだという圧力に押されて決定を下すことがないよう意識していたという。必要だったのは、安易で性急な判断ではなかった。

騸馬の出走を認めることへの大きな反対論は、主に2つある。第一に、凱旋門賞の機能のひとつは血統を発展させることだが、去勢された騸馬は血統に何も貢献しないという考え方である。

第二に、去勢は馬の生物学的な状態を変え、ホルモンに影響する。騸馬は馬体が締まり、牡馬より調教しやすいため、何らかの利点を得ていると見なされるという主張だ。

しかし実際には、凱旋門賞で有力馬になれるほどの騸馬が現れることは多くない。しかも、このレースを席巻してきた生産界の大手牧場が、生物学的な利点を探るために、良血牡馬を次々と去勢し始めるとは到底考えにくい。

そして、凱旋門賞が種牡馬を生み、血統を守るために騸馬を排除しなければならないという主張は、かなり説得力を欠いている。率直に言えば、歴代勝ち馬の一覧を見ても、種牡馬として血統地図を塗り替えた馬は多くない。

なおさら奇妙なのは、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、ジャパンカップ、ブリーダーズカップターフ、コックスプレート、ブリーダーズカップクラシック、香港カップ、チャンピオンステークス、アイリッシュチャンピオンステークスなど、国際的に認知された中距離のチャンピオン決定戦が、いずれも騸馬の出走を認めていることだ。

3歳クラシックが騸馬を除外するのは正しい。欧州の2歳G1も同様である。これらは、将来につなぐべき最良の血統を見出し、継承していく目的を担うレースだからだ。では、なぜ凱旋門賞まで騸馬を除外する必要があるのか。実際、その必要はないだろう。

この点、凱旋門賞は旧弊な価値観の象徴のような存在になってしまった。閉鎖的な紳士クラブのような、エリート主義的な発想に閉じ込められているように見える。

1920年にこのレースが創設された当時には、時代に合っていた考え方である。その発想は欧州競馬の中枢から本当の意味で取り除かれたことがない。たとえば、特に英国の多くの競馬場に見られる、階級意識を映したようなエリア分けには、それがあまりに分かりやすく表れている。

フランスギャロは、その理屈の誤りを認識し、この罠から抜け出そうとしている。その姿勢は称賛されるべきだ。

この数年、カランダガン、ゴリアット、そしてもう1頭の一流騸馬であるレベルスロマンスが凱旋門賞に出走していれば、レースの価値は高まりこそすれ、損なわれることはなかった。あとは、欧州パターン委員会がゴーサインを出すかどうかである。

競馬は、いくつもの面で難局にある。多くのスポーツが注目を奪い合う中で、競馬は地位を取り戻し、守っていかなければならない。さらに賭けの分野では、スポーツベッティングや違法市場との厳しい競争にもさらされている。

そのためには、競馬は自らのヒーローを前面に押し出し、開かれた馬齢重量戦すべてで、トップホース同士をぶつけなければならない。そこには当然、騸馬も含まれる。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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