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香港競馬という熾烈な競争が日夜繰り広げられる厳しい世界において、畏敬の念を抱かざるを得ない“ビッグネーム”がいくつか存在する。

長らく至高の存在として君臨してきたのが、サイレントウィットネスだ。シャティン競馬場に銅像が建立されている唯一の馬である。そして、セイクリッドキングダムもまた、それに匹敵するほどの尊敬を集めている。香港の競馬ファンは、スプリンターをこよなく愛しているのだ。

長年にわたり、この2頭のうち「どちらが最強か」、全盛期に戦っていたらどちらが勝っていたかという、不毛な議論が交わされてきた。最強馬論争に結論を出すのは不可能だが、どのスポーツにおいても自然と湧き上がる議論の類だろう。

この2頭は、香港スプリント界に君臨した“ツートップ”だった。

しかし今、王は3頭になった。カーインライジングは、これらの二大巨頭に肩を並べる高みに到達し、かつての王者たちをよく知る者たちでさえ、この“新たな王”を称賛している。

カーインライジングはすでに、シャティン1200mのセイクリッドキングダムが保持していたコースレコードを破り、さらにその後、自らの記録をもう一度更新してみせた。また、サイレントウィットネスが持つ『17連勝』という国内記録まで、あと2連勝まで迫っている。

トニー・クルーズ調教師は名騎手から名調教師へと転身し、この60年間に渡って、香港競馬のあらゆる場面の目撃者となってきた。かつてサイレントウィットネスを管理し、その後は打倒セイクリッドキングダムの戦いに挑み、そして今はカーインライジングを相手に同じ戦いを挑んでいる。

「1200mに関して言えば、カーインライジングこそがそうなるでしょう」

クルーズはシャティン競馬場のサンドヤードの脇で、自転車のハンドルに寄りかかりながら、Idol Horseの取材に対して語った。

そのすぐ近くで、自転車を停めて話し始めた男がいた。サイレントウィットネスの全29戦で手綱を取ったジョッキー、元騎手のフェリックス・コーツィーだ。カーインライジングの実力に話に及ぶと、興奮気味に顔を綻ばせた。

「カーインライジングは素晴らしいですよ」とコーツィーは言う。「走っている時のパワーが見て取れますし、本当に信じられない馬です」

Tony Cruz and Silent Witness
TONY CRUZ (R), FELIX COETZEE, SILENT WITNESS / Sha Tin // 2002 /// Photo by Kenneth Chan
Champion sprinter Sacred Kingdom
SACRED KINGDOM / Sha Tin // Photo by Kenneth Chan

リッキー・イウ調教師は、クルーズ師と負けないほどの長い時間を、香港競馬界で過ごしてきたトレーナーだ。彼はかねてから、そして隠すことなくこう主張してきた。自らが管理したセイクリッドキングダムならば、サイレントウィットネスを倒せたはずだと。

しかし、カーインライジングについてはどうだろうか。

Idol Horseの取材にイウ師は、「セイクリッドキングダムの頃からずっと、みんな比較しようとするんです。セイクリッドキングダムと比べたらどうなんだ、って。でも私はいつも『無理だ』と言っています」と語った。

「若手のスプリンターがクラス3の条件戦から現れて、クラス2に上がり、クラス1まで行ってレーティングも大台の100を超える。そうなると必然的に『セイクリッドキングダムと比べてどうか』という話になる。でも、そんなチャンスはない、まったくありません」

「セイクリッドキングダムがどれだけ強かったか、みんな理解していないんです。あれから長い年月が経ちましたが、これまでこの馬と比べられるような馬はいませんでした。カーインライジングが現れるまでは」と語ると、彼はいったん言葉を切った。

「カーインライジングはセイクリッドキングダムを超える存在です。カーインライジングが現れるまで、彼と比べられる馬はいませんでしたが、その馬がレコードを破った。それに加えて、自分のレコードを更新し続けている。楽々と勝ち切る、その勝ちっぷりは本当に圧倒的です」

クルーズ師も同様の見解を持っているが、完全に同意しているわけではない。その違いは距離にある。

「サイレントウィットネスは1000mでは無敵でした」とクルーズ師は言う。「天性のスピードタイプで、とてもパワフルで筋肉質の馬でした。馬体重の数字だけを見ても、カーインライジングより大型馬だったのは明らかです」

「道中のスピード能力からして段違いだったんです。競りかけようとした馬はいましたが、みんな最後にはバテてしまった。だからこそ、1000mならサイレントウィットネスは負け知らずだと思います」

「でも1200mなら、カーインライジングがベストでしょう。1200mではカーインライジングがナンバーワンだと思っています」

そして、カーインライジングに騎乗する特権を持つのがザック・パートン騎手だ。ビューティージェネレーションという名マイラーに続いて、香港競馬を代表するチャンピオンホースの鞍上をまたもや手にした。

「サイレントウィットネスが現役だった頃、自分は香港競馬にいなかったので、どんな馬だったのかを正しく語るのは難しいんです」とパートンは話す。

「ですがセイクリッドキングダムは、強い日は本当にすごかった。いくつか条件が揃う必要はありました。後方でじっくり構えるタイプで、ペースが流れることが必要でしたし、展開の“運”にも恵まれないといけない馬でした」

「本当にとんでもない馬でした。直線で前の馬たちを飲み込んでいくときは、まるで空中を軽々と跳んでいるかのようで、脚元がほとんど地面に付いていないように見えました。あっという間に差し切ってしまう、その走りは見ていて本当に圧巻でした」

だが、カーインライジングは異なるタイプだとパートンは言う。その違いを強調するだけの、現実的な感覚も持ち合わせている。

「カーインライジングは、とにかく“爆発力”です」とパートンは力説する。

「パワーと、スピードがすべてです。自分から良い位置を取りに行けるので、展開の“運”すらも自分で決めてしまう。それも楽々とやっていますからね」

「とはいえ、比較するのは難しいです。時代も違えば、相手も違う。それぞれの時代の名馬として、みんな認められるべきだと思います」

デヴィッド・ヘイズ調教師は、カーインライジングをさらなる大舞台へと導く旅路の途上にいる。すでに十分な実績は積み重ねてきた。香港国内ではG1・4勝、その中には昨年の香港スプリントも含まれ、さらに10月には、シドニーでG1・ジ・エベレストも制している。

「サイレントウィットネスとセイクリッドキングダム、そしてブラックキャビアのような馬たちは、対戦相手として本当に憧れでした」とヘイズ師は言う。

「それぞれの時代で、彼らは信じられないほど“無敵”の存在だったと思います。今のカーインライジングも同じような立場にいると感じています」

「比較するのは信じられないくらい難しいです。ただ、うちの馬がそういう馬たちと比べられるようになったこと自体が嬉しいですね。鍵になるのは『どれだけ強いか』ではなく、『どれだけ長く頂点で走り続けられるか』だと思います」

「もう1年か2年、トップレベルで走り続けることができれば、ブラックキャビアやサイレントウィットネスと同じような“歴代の名馬”として評価されるはずです」

「カーインライジングはサイレントウィットネスの香港競馬の国内記録に近づいていて、あと2勝というところです。距離が1000mなら、トニー(クルーズ師)の言うとおり、サイレントウィットネスに勝てる馬はいないと思います。本当に強い馬でしたからね」

「でも1200mなら、カーインライジングも同じレベルにいると思います」

“歴代最強”への次の目印になるのが、香港スプリント2連覇だ。その先は、香港での国内G1を経て、再びシドニー遠征への道が続いていく。

「来年もジ・エベレストに向かう予定ですし、勝ち続けることができれば、史上屈指の名スプリンターとして評価されると私は確信しています」とヘイズ師は語る。「自分の中では、すでに史上最高の一頭ですけどね」

セイクリッドキングダムのイウ師は、さらに踏み込んだ言葉を残した。

「カーインライジングは史上最高のスプリンターですよ」

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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