ここ最近、ザック・パートン騎手は、もしカーインライジングに“真の脅威”が現れた時に備え、下調べを始めている。
世界中の競馬ファンが今この話を聞けば、思わず笑ってしまうのも無理はない。
いったい誰が、カーインライジングに正面から挑むというのか。
それでもパートンは先手を取りたい。トップジョッキーの常として、豪州競馬で台頭してきたスプリンターの分析を始めている。
先月、フレミントン競馬場で行われたG1・ライトニングステークス(1000m)をチェックし、ゴドルフィンが擁する3歳世代のスター、テンティリスに目を向けた。
パートンが見たかったのは、テンティリスがフレミントンの直線を60秒を切るような勢いで駆け抜けて勝ったこと、その一点だけではない。
テンティリスが馬場入りする時の様子、パドックでの表情、ダミアン・レーン騎手が跨った瞬間の反応、ゲートへ向かうキャンターでどれほど余計なエネルギーを使っているか。すべてを見たかった。
まるで、プレミアリーグの名監督やNBAのコーチが、対戦相手の映像を何度も見返すように、細部まで目を凝らした。
パートンはテンティリスという“対抗馬”について、Idol Horseの取材にこう語る。
「とても静かでした。陣営が念のため慎重に扱っていたのだと思います。私はずっと目を凝らして見ていましたが、子羊のようにおとなしく歩いていましたね」
「ゲートへ向かう時も落ち着いていましたし、ゲート裏でも静かに立っていました。それからリップチェーン(口元にかけるチェーン)を付けました。向こうのルールでは、リップチェーンを付けたら騎手は下りなければならないそうです」
実際その通りで、豪州競馬の規定では、テンティリスをゲートに収める際、レーンは下馬を求められた。
「乳牛のようにどっしりしていて、それから自分でゲートの中へ歩いて入りました」
「フレミントンでテンティリスがやったことは、普通の馬にはできません。あれは本当に見事でした。1000m戦で、ゲートを出て、残り200mでもまだ最後方。それでも数完歩で一気に突き放してしまった」
では、“カーインライジング VS テンティリス”は現実味を帯びてくるのか。
レコードを次々と塗り替え、いまやサイレントウィットネスの驚異的な17連勝も上回った香港王者のカーインライジングは、今年後半、賞金総額2,000万豪ドルのジ・エベレストで王座を守るため豪州へ向かう。その時、本当に対抗馬がいるのか。


豪州競馬のブックメーカーはすでに、芝の世界最高賞金レースであるジ・エベレストのオッズで、カーインライジングに次ぐ2番手評価にテンティリスを据えようと動いている。理由は明白だ。
テンティリスの2歳シーズンは圧巻だった。軽い頓挫の影響で、賞金総額500万豪ドルのゴールデンスリッパーを回避したことだけが水を差したが、テンティリスは同世代の中心的スプリンターとして頭角を現した。
今週土曜のフレミントンでは、G1・ライトニングステークスからG1・ニューマーケットハンデキャップへと連勝を狙う。成功すれば、豪州でのG1・3勝目となる。
主戦騎手のマーク・ザーラ騎手は骨折で戦列を離れていたが、復帰してふたたび騎乗する見通しだ。一方で、レーンはテンティリスがどれほどの推進力を秘めているかを身をもって知っている。
前走で鞍上を務めたダミアン・レーン騎手は次のように語る。
「良いスプリンターに必要なのは、速いラップを持続できることだと思います。ただ彼のすごさは、それを持続できるだけではなく、最後もさらに速いラップでまとめられるところでしょう」
「テンティリスの特徴は、残り400mからゴールまでの力強さです。他の馬が苦しくなるところで、彼は速いラップを刻む。最後はまとめて差し切ることができる。それが彼の持ち味になっています」
キャリアの浅い若駒にしては、テンティリスはフレミントンの直線コースを走る経験がすでに多い。
多頭数が一斉に直線を駆ける光景は迫力満点だ。ただ、慣れていない若い馬は、道しるべがないと、直線特有の隊列や進路取りの中で迷いが生じやすい。オーストラリアの競走馬は多くが競馬場で調教され、コーナーを回る競馬を前提に教育されているからだ。
テンティリスは、フレミントンの直線でこれまで4戦し、3勝を挙げている。
ゴドルフィン・オーストラリアのトップ、アンディ・マキヴ氏はこう説明する。
「ハミを取ってすっと加速し、コーナーでも前へ行ける馬は、直線に向いた時点で8馬身、9馬身、10馬身といった差を付けていることがよくあります」
「でも直線競馬だと、そういう馬でもリードは3馬身ほどに縮まることが多い。12頭立てなら、4頭、4頭、その後ろに4頭という並びになった時、最後方でも先頭から3馬身程度ということも起きます」
「だからテンティリスのように、鋭い末脚を持つ馬なら、あっという間に先頭に迫れるわけです」
テンティリスほどの牡馬なら、わずか1分ほどのレースで、将来の種牡馬価値を決定づけることもある。だが現実には、こうした馬が生まれるまでに10年以上の計画と準備が積み重なっている。
流れが変わったのは、現役時代に好成績を残し、2008年を最後に繁殖入りしたディヴァインマドンナが、7頭の産駒のうち6番仔、ディエティを産んでからだった。そこから、ゴドルフィンの未来を形作る血統が動き出した。
ディエティは、ゴドルフィンの屋台骨となっていた主力種牡馬のストリートボスと交配され、その2番仔としてテンティリスが生まれた。
先述のマキヴ氏は「当歳時から見栄えが良く、素晴らしい1歳馬でした。父の良いところを色濃く受け継いでいましたし、ストリートボスの生まれ変わりのように見えました」と、幼少期のテンティリスを振り返る。
「ディヴァインマドンナの繁殖生活は、少しの成功と、たくさんの苦労の積み重ねです。10年、15年がかりの話で、一朝一夕にできるものではありません」
ゴドルフィンは、テンティリスを2026年に海外遠征させる構想をいったん見送っている。
モハメド殿下が率いるこの世界規模のグループは近年、スター級の若い牡馬で大舞台に挑む姿勢を鮮明にしてきた。その象徴が豪州のアナモーで、4歳シーズンにG1を6勝し、G1・コックスプレートも制している。
マキヴ氏によれば、テンティリスが中東や英国を転戦するのは2027年になる可能性が高いという。
とはいえ現時点でも、ゴドルフィンは豪州競馬の3歳世代が充実している。テンティリスに加え、テンプテッド、アッティカ、オブザーヴァー、バイヴァクトが揃う。いずれもG1勝ち馬で、多くは種牡馬価値を押し上げるレースでの勝利だ。テンティリスがその筆頭かもしれない。
競馬に絶対はない。それでも、フリードマン父子のもとでテンティリスがここまで見せてきたレースぶりを踏まえれば、ジ・エベレストで直線に向きロイヤルランドウィックの坂を上り始める局面、テンティリスは直線でカーインライジングを数馬身追いかける形になりそうだ。
そこから差し切れるのか。そもそも、カーインライジングを捕まえられる馬はいるのか。
カーインライジングのザック・パートン騎手は言う。
「豪州競馬の短距離戦を勝つたびに、みんな世界一のスプリンターだと言いたがります。当然のことです。その時点でレーティングが一番高い馬に声がかかる。それが豪州競馬であり、世界の競馬の常です」
「もし10月にランドウィックで、両馬が揃うとしたら。私たち双方にとって都合が良い展開です」
