中内田充正調教師は、土曜日のG1・ブリーダーズカップマイルにアルジーヌを送り出す。不測の事態がない限り、フランキー・デットーリ騎手の北米での “最後の騎乗” となるが、この生ける伝説に最後の指示を出すつもりはない。
「すべてフランキーに任せます。フランキー・デットーリですから、何をすべきか分かっています」と、中内田師は笑顔で語った。
中内田師は木曜朝、日本からデルマーに到着したばかりだが、坂を上ってアルジーヌが滞在する検疫厩舎へ向かった。その前日の朝、デットーリが同馬に騎乗した様子は見ていない。イタリア出身の世界的名手が土曜を最後に北米での騎乗を終え、南米での数鞍を最後に完全引退するとSNSで公表する数時間前に行われた、控えめな調教だった。
世界で最も知名度の高い騎手にとっては不可能に近いことだが、デットーリは可能な限り、目立たぬように振る舞っていた。水曜、ダートコースの厩舎側ゲート付近でアルジーヌの到着を待ったのだ。
警備担当と軽く言葉を交わすと、厩舎列の静かな日陰の角へ身を寄せ、中内田師のチームが到着して彼を跨らせる直前まで待機した。数分後、アルジーヌと戻ると、馬場ゲートのすぐ内側の同じ場所で下馬し、中内田厩舎のスタッフとともに歩いた。
デットーリは歩きながら話しかけ、準備を完璧にするためアルジーヌの直近3戦の映像を送ってほしいと頼んだ。その足で検疫厩舎脇のJRAルームへ向かい、バッグを受け取り、騎乗ヘルメットを野球帽に替えた。
出発の支度を整えたデットーリは、「良かったですよ。今朝は感触をつかむのが目的でした。調教師からは速すぎないように、と言われていました」とIdol Horseに語った。
「まだレース映像は見ていないので、今お願いして送ってもらうところです。ダミアン(レーン)とも話しましたが、とても素直なタイプだと言っていました。足取りが軽く感じられましたし、デルマーのようなコースではそれが必要です。映像を見て、すべて整理します」
デットーリは肩にバッグを提げ、赤いジープ・ラングラー(サハラ)に乗るドライバーと言葉を交わすと、記者団の前で「失礼」と手を振って足早に立ち去った。
木曜朝、デットーリの姿はデルマーにはなかったが、中内田師はIdol Horseの取材に対し、デットーリの騎手人生で小さくも重要な一頁となるこの挑戦に向け、アルジーヌの仕上がりに「間違いなく」満足していると語った。
「春からこのレースを目標にしてきました。8月のレースはここへの前哨戦で、勝つことができました。その後の反動もなく、ここまで順調に来ています」
父のロードカナロアと同じく、ロードホースクラブの所有馬である5歳牝馬のアルジーヌは、これまで14戦7勝、いずれもマイルまたは1800mのレースで勝ち星を挙げている。
今年に入ってからはまだ3走のみで、4月のG2・阪神牝馬Sは2着、5月のG1・ヴィクトリアマイルではレーン騎手を背にアスコリピチェーノと僅差の4着、そして8月上旬札幌のG3・クイーンSでは勝利を収めている。
相馬眼に優れ、的確なレース選択と高い勝率で知られる中内田師は、アルジーヌがいま全盛期にあると見定めている。昨年2着馬のヨハネス、3着馬のノータブルスピーチに加え、サーラン、フォーミダブルマン、レトリカルらが顔を揃える一戦では、そのピークの力が求められる。
「昨年末あたりから馬がかなり良くなってきており、期待どおりの歩みを続けています。5歳となった現在は完成度が一段と高まり、海外遠征に踏み切れました」
「アルジーヌ自身のキャリアも終盤です。この後、日本でもう一走あるかもしれませんが、競走生活の最終盤に差しかかっています」
デットーリと同じく、アルジーヌにとっても、G1・BCマイルは引退を目前にした一戦だ。もし勝利をつかめば、決して忘れられない、華やかで感極まる瞬間となるだろう。

 
                             
     
     
                                    