ミカエル・ミシェル騎手というジョッキーは、そう簡単にくじける騎手ではない。フランス出身のミシェルは、南アフリカ最大のレースであるG1・ダーバンジュライでの騎乗予定についてIdol Horseの取材に応じた直後、再びメッセージを送ってきた。
騎乗予定だったダーバンジュライの本命馬、スターメジャーが、出走を取り消したという知らせだった。
どんな騎手にとっても痛手だろう。31歳のミシェルにとって、スターメジャーは夢を運んできた馬だった。長年の目標だったG1制覇を実現させてくれた存在であり、その勝利にたどり着くまでには、集中した努力、浮き沈み、そして海と大陸を越える数万マイルに及ぶ移動があった。
だが、落胆するような出来事があっても、ミシェルはただ打ちのめされるタイプではない。粘り強さ、覚悟、自分を信じる力。それが彼女の持ち味であり、そのすべてを支えているのが、前向きさだ。返ってきた反応も、やはり前を向いたものだった。スターメジャーの回復が早ければ、7月下旬には再びレースに出られるかもしれないという。
スターメジャーが発熱からどれだけ早く回復できるかは、しばらく様子を見る必要がある。一方のミシェルは、すぐに気持ちを切り替えた。前向きな姿勢が道を開くこともある。彼女は土壇場で、マイク&マシュー・デコック厩舎の牝馬、キュリアスガールへの騎乗依頼を得た。
これでミシェルのダーバンジュライ参戦は再び決まった。目の前の障害を乗り越えた形である。これまでも、もっと大きな壁に直面するたび、彼女はそうしてきた。
ミシェルは、難関として知られるJRA通年免許試験に3度挑み、いずれも不合格となった。そのたびに希望は打ち砕かれたが、夢そのものが折れることはない。そう、彼女は諦めていない。
むしろ昨年の不合格こそが、これまでで最大の成功につながるきっかけになった。昨年11月から南アフリカ競馬で騎乗し、当初は5週間の予定だった短期滞在が好調ぶりとともに延び、その流れの中でスターメジャーと出会ったのだ。
スターメジャーでG1・デイリーニューズ2000を制したことにより、ミシェルは念願だったJRA短期免許の取得要件を満たした。8月から10月にかけて、ミカエル・ミシェルは夢見てきたJRAでの短期騎乗を実現させたいと考えている。


ミシェルはIdol Horseの取材に、「今、準備を進めています」と日本での騎乗プランについて明かす。
「南アフリカでは7月26日のゴールドカップデーまで騎乗して、その後フランスに戻ります。8月中旬から10月中旬までの期間、日本で騎乗できるように動いています。JRAの短期免許を申請できる資格を得ることができました。G1を勝てたのは大きかったです」
「ですから、フランスで数週間休んで、それから日本へ行き、10月に南アフリカへ戻る予定です」
実現すれば、ミシェルにとってJRA短期免許でまとまった期間騎乗する初めての機会となる。これまでのJRAでの騎乗経験は、2019年のワールドオールスタージョッキーズでの1勝を含めた4鞍、2024年末に地方競馬所属馬に騎乗した2日間の2鞍に限られていた。
地方競馬はミシェルを歓迎し、ミシェルもまた、日本競馬を深く愛してきた。短期免許で地方競馬のダートコースに騎乗し、フランスを思わせる青と白の山形模様に赤い袖の勝負服をまとって、多くのファンを引きつけてきた。
2020年に初めて地方競馬の短期免許で騎乗した際、その人気は確かなものになった。川崎競馬場を拠点に騎乗したミシェルは、川崎、そして近隣にある大井競馬場の舞台でも、すぐにファンの心をつかんだ。南関東地区で招待された海外騎手としては地方競馬記録となる30勝をマーク。その後も2024年に17勝、2025年に10勝を積み重ねている。
「日本のすべてが好きです」と彼女は言う。「もちろん、簡単ではない時もあります。人にはそれぞれの考え方がありますし、こちらが合わせなければならないこともあります。でも、私にとって日本はとても落ち着ける場所です」
「同時に東京は大都市なので、やれることもたくさんあります。とても清潔で、食べ物はおいしく、レースも素晴らしい。だから日本のすべてが好きなんです。競馬だけではなく、人々のことも心から好きです」
もちろん、その人々には競馬場のファンも含まれる。とりわけ大井競馬場は、東京シティ競馬のトゥインクルレースと仕事帰りの観客が作り出す、特別な体験の場だ。
「大井は地方競馬で一番大きな競馬場なので、私にとってはJRAと地方競馬の中間のような存在です」
「本当に好きです。人々はとても親切ですし、毎日のように多くの人で埋まるのは素晴らしいことです。地方競馬のレースに行けば、たくさんの人が見に来てくれる。関心を持ち続けてもらうために、本当に素晴らしい仕事をしていると思います」
ミシェル自身も、JRA試験に挑み続ける姿勢でファンを引きつけてきた。JRA通年免許を取得するには、外国人であれ日本人であれ、騎手は難しい試験を突破しなければならない。
外国出身のジョッキーで試験に合格して通年免許を得たのは、2015年の試験で合格したクリストフ・ルメール騎手とミルコ・デムーロ騎手の2名だけである。不合格となった騎手の中では、ブラジルの名手、ジョアン・モレイラが最も有名だ。
「難しい関門と感じています。たくさん勉強しなければなりませんし、英語は私の母語ではありません。正直に言うと、最初に試験を受けた年は完全に失敗しました。英語がひどかったんです」と、ミシェルは通年免許試験について率直に明かす。
「それも理由の一つです。でも、英語を上達させ、この試験に合格するためにも、私は世界各地で騎乗してきました。ただ、本当に大変だと感じます。勉強しなければならないことがたくさんありますが、騎手として十分な勉強時間を見つけるのは難しい時があります」
「朝は早く起きて調教に乗り、急いでシャワーを浴びて、朝食を取って、レースに騎乗。それから家に帰る。フランスにいる時などは帰りが遅くなることもありますし、移動も多い。私にとって時間を見つけるのは大変です。学校にいて、一つのことだけを勉強すればいいというわけではありません」
「騎手でいることに100%を注いでいますし、自分たちの生活もあります。だから、その両方をやるのは難しいんです」
勉強には日本語の習得も含まれる。ミシェルは今も日本語の勉強にも取り組んでいる。
「やることが本当に多いんです。昨年は設問の出され方も変わって、試験の形式全体が変わりました。なので昨年は、6人か7人ほどの騎手が挑戦しました。全員が不合格でした。それでも、私にとって最大の目標の一つです。まさに夢なんです」


ただ、その夢は現在、小休止となっている。ミシェルは今年後半、JRA通年免許の4度目の挑戦には挑まない予定だ。
南アフリカで成功を収めることに集中してきた今年は、必要だと分かっているほど徹底して勉強と準備に時間を割けなかったと感じている。南アフリカ競馬ではここまで40勝を挙げている。
「昨年は日本と南アフリカの間を移動していたので、十分に勉強できませんでした。だから、今受けるのは中途半端になってしまうと思います」とミシェルは説明。「この2年はかなり近づいていた感覚があります。自分でもかなりできたと思います。だから、もう一度受けて、また落ちるということはしたくありません」
「次に受ける時は、合格します。十分に勉強して、必ず通るようにしたい。そして免許を手にしたいんです。だから、もしかしたら来年かもしれません。今年はそこに十分集中できていませんでした」
「クリストフとミルコは試験に合格しましたが、彼らはその前に10年間、JRAで騎乗していました。仕組みを理解し、ルールを理解し、日本語も学ぶための経験がありました。私はそこまでの経験がありません。まだ足りないんです。だから、JRAの短期免許を得ることが助けになればと思っています」
ミシェルが馬に魅せられたのは11歳の時だった。その後、競馬についてほとんど知らないまま、シャンティイにあるフランスギャロ運営の騎手学校、AFASECに入ったが、すぐに夢中になった。
2018年にはフランスの女性騎手リーディングとなっただけでなく、その年に72勝を挙げ、見習騎手リーディングにも輝いた。それ以降、彼女は海外へ視野を広げ、各地で騎乗を重ねながら、トップレベルへ進むきっかけを探し続けてきた。
2022年と2023年の米国での騎乗では、それぞれ7勝、11勝を挙げた。オーストラリア競馬にも挑戦し、2024年1月には6カ月の滞在予定でメルボルンに入った。そのオーストラリアでの経験が、南アフリカへとつながった。ミシェルはマシュー・デコック調教師と関係を築き、同師が南アフリカへ戻ったことで、昨年末にミシェルが南アフリカへ渡る縁が生まれた。
旅を続けるミシェルを支えているのが、夫のフレッド・スパヌ氏だ。スパヌは現役時代、ラフドゥード、ニュークリアディベイト、サトワクイーンなどにも騎乗して勝利を挙げた。しかし元騎手である彼が馬上を離れてからから、すでに“6〜7年”になる。現在の中心は、妻が夢を実現する手助けをすることだ。
「彼は以前、私のエージェントでした。それから私たちは恋に落ちました。今は私の目標を追うために、世界中を一緒に旅しています。コーチとして、それは彼の目標でもあります」とミシェルは言う。
「彼のことを『自分の影』と呼んでいます。いつも私の後ろにいてくれます。毎朝、調教コースにも一緒に来てくれて、私の身体面や精神面の状態など、すべてを見てくれます。馬を見る目もとても優れています。私が朝に乗った馬について、『これはものすごくいい馬だ』ということもあります。だから、私たちは良いチームなんです」
「今でも私に対してはかなり厳しいです。騎乗ミスをすれば、はっきり言います。良い騎乗をしても、甘くはなりません。もっと上を求めているからです。とても大きな支えです。旅を続けるのは大変な時もありますから。もし一人だったら、ここまで遠征をしていたかどうか分かりません。厳しかったと思います」
その大変さの一部は孤独だろう。だが、それだけではない。拒絶や疑いの目と一人で向き合うことも、大きな負担になる。
「新しい国へ行くたびに、毎回また一から始めなければなりません」とミシェルは言う。「時には、見習騎手のように扱われることもあります。私のことを知らないからです。名前は聞いたことがあっても、実際に乗っているところは見ていない。だから自分の目で確かめる必要があるんです」
「自分の中に自信はあっても、周りはすぐには信じてくれません。100%信頼する前に、もっと見たいと思うものです。そうやって世界を渡り歩くのは大変でもありますが、同時に、自分をとても強くしてくれます」
一方で、前向きに捉えられる面もある。ミシェルは世界各地で、さまざまな競馬場、馬場、騎乗スタイル、レース展開に触れ、そこから学んできた。そのすべてが、新しい場所に着いてもすぐに適応できるという自信につながっている。
「初めての競馬場でも、自信を持って乗れます」と彼女は自信を持って言う。「知らないコースでレースに乗っても怖くありません。その特徴をつかむのに、10回も乗る必要はありません。世界中のいろいろな場所で乗ってきましたから」
今夏の後半にJRAで騎乗することになれば、そうした経験が力になることをミシェルは願っている。スポーツ、とりわけエリートレベルの世界では、選手は自分の価値を示し続けなければならない。よく言われるように、評価は直近のレースで決まってしまう。
ミシェルはそのことをよく理解している。同時に、いまの自分がG1ジョッキーであるという確かな自信も胸にある。その現実は、彼女に「安堵」と、自分の力を証明できたという感覚をもたらした。
「夫と私は、自分が自信を得られる場所を探すために、本当に多くのものを犠牲にして旅をしてきました」とミシェルは話す。「だからスターメジャーで勝った時、ようやく人々に、なぜ私がここまで懸命にやっているのか、そして自分にはできるのだということを示せたと思いました」
「私はずっと、G1で力のある馬に乗るチャンスを求めてきました。心の奥では、自分にできると分かっていたからです。でも、それは実際に見てもらわなければ伝わりません。だから今、世界に示すことができました。私にもできるのだと」