Aa Aa Aa

ライアン・ムーア騎手が怪我により2025年シーズンの大半を欠場すると決まった時、多くの関係者はクールモアの輝かしいシーズンが危機に瀕するのではと恐れた。

ムーアが抱えていた大腿骨の疲労骨折は、通常ならば騎手生命を脅かすほどの重症だ。

しかし、ムーアはアイルランドダービーの日に再び痛みが再発した後も、G1レースをなんと5勝。エイダン・オブライエン調教師が年間のG1勝利世界最多記録に挑む歩みを、止めることなく支え続けた。オブライエン師は現在18勝、自身が2017年に樹立した28勝という記録を追いかけている。

クールモア陣営は、精緻に組み上げられた機械のようにすべての歯車が役割を果たす。その中心でムーア騎手は “信頼の象徴” として、冷静沈着に大レースを読み切る存在だっただけに、彼の不在は陣営に大きな不安をもたらした。

そんな中でクールモアが暫定ナンバーワン騎手に指名したのが、意外にもスミヨンだった。確かにレースでの判断力はムーアに匹敵する。しかし、穏やかさという点では対極に位置する。むしろ「気まぐれ」と呼ぶべきだろう。

スミヨンは、2000年代にクールモアの主戦を務めたキーレン・ファロン騎手を思わせる存在だ。華やかな実績と同時に数々の騒動を経験してきたが、調子がピークに達したときの彼は「馬上のアドニス」と称されるほど圧倒的な輝きを放つ。

2022年、G1・凱旋門賞の数日前にロッサ・ライアン騎手を肘打ちで落馬させた事件は、スミヨンが一瞬の激情に駆られやすい騎手であることを改めて知らしめた。

それでもなお、スミヨンは世界中のジョッキー仲間から最も尊敬され、愛される存在であり続けている。彼らは、天才的な手腕と、傲慢とも取れる自信、そして卓越した技術を称賛してやまない。香港では根強い人気を誇り、ファン、馬主、調教師すべてから熱烈な支持を受ける。その魅力は世界のトップホースマンたちをも虜にしてきた。

こうして迎えた、勝負のG1・愛チャンピオンS。宿敵のオンブズマンが不在という状況下で、ドラクロワは3歳世代のスターホースから競馬界を代表する存在へと評価を上げるべく、真価が問われる重要な一戦だった。

DELACROIX / G1 Irish Champion Stakes // The Curragh /// 2025 //// Video by World Pool

2022年4月、今は亡き名牝テピンがティペラリー州のクールモアスタッドで産んだドラクロワは、誕生の瞬間からクールモアの未来を担う存在として期待されてきた。

同陣営には無数の良血馬がいるが、ドラクロワが特別なのは、ガリレオやサドラーズウェルズの血を一滴も持たない点だ。これによりクールモアの繁殖牝馬と完全なアウトクロスを形成できる、極めて価値の高い種牡馬候補なのである。

7月にサンダウン競馬場で行われたG1・エクリプスSでは、絶望的な位置から豪快に差し切ったものの、これまでのキャリアは常に「圧倒的」とは言い難かった。世代を代表するスーパースターとまでは評されていなかったのだ。

だが、この日は違った。スミヨンはスタートからゴールまで完璧だった。大外枠から発走すると、すぐさま内から2番目のポジションへ滑り込み、理想的な位置取りを確保した。

残り2.5ハロン地点で僚馬のマウントキリマンジャロが後退すると、スミヨンは瞬時に内へ切り込み、ドラクロワはスイッチが入ったかのように一気に爆発的な加速を見せた。これまでのG1戦線では見られなかった切れ味だった。

さらに彼は馬場状態の良いスタンド側ラチ沿いへと進路を取り、外側に他馬がいない絶好の形を作り出した。

この戦略が決定打となり、最後はアンマートに4分の3馬身差をつけて堂々の勝利。着差以上に圧倒的な内容で、数年後には種牡馬広告でこのラスト2ハロンが何度も流されることになるだろう。

スミヨンはムーアのような「安定感」という人物ではないかもしれない。一言で表現するなら、スミヨンは「圧巻」だ。騎乗した馬を飛ぶように躍動させるその腕は、まさにこの言葉が似合う。

Idol Horse reporter Andrew Hawkins

Hawk Eye View、Idol Horseの国際担当記者、アンドリュー・ホーキンスが世界の競馬を紹介する週刊コラム。Hawk Eye Viewは毎週金曜日、香港のザ・スタンダード紙で連載中。

Hawk Eye Viewの記事をすべて見る

すべてのニュースをお手元に。

Idol Horseのニュースレターに登録