六甲の山並みから吹き付ける鋭い風が雨を散らすなか、クリスチャン・デムーロ騎手はカヴァレリッツォの才能を育み、巧みに導き、そして解き放った。G1・朝日杯フューチュリティステークスでの鮮烈な“逆転劇”により、国内2歳戦線に新たな王者が誕生した。
今回、G1初制覇を手にしたカヴァレリッツォだが、同時に父のサートゥルナーリアにとっても種牡馬としてG1初タイトルに。前走のG2・デイリー杯2歳ステークスでアドマイヤクワッズの前に僅差の2着と敗れた悔しさを糧に、心身両面の課題解決に取り組んできた吉岡辰弥厩舎。その熱意が実った嬉しい勝利となった。
カヴァレリッツォの歩みは、高い潜在能力と、競馬を覚えようとする若駒ゆえの“幼さ”との戦いでもあった。
シルクレーシングが所有するカヴァレリッツォは、デイリー杯2歳Sの直線入り口で早々に先頭に立ったものの、勝ち馬に交わされると相手の方へもたれ込み、ハナ差で勝利の栄光を明け渡した。
吉岡調教師は当時の悔しい敗戦を振り返り、「新馬戦では見せなかった若い部分が2戦目で出てしまったということで、そのあたり本当にこの時期の2歳馬らしい、若い部分でした」と敗因を分析する。
厩舎はこの課題の修正に全力を注ぎ、特に精神面の成長とゲート練習に重点を置いた。肉体的な成長も伴い、馬体重は4キロ増加していた。
「落ち着いてスタートを切れるように、ゲート試験、練習の方は入念に行ってきました」と吉岡師は明かし、「装鞍所含めパドックでも非常に落ち着きがありましたし、返し馬の雰囲気も落ち着いて、今までのなかで一番落ち着いてゲートまで迎えられたと思います」とその成果を語った。
マイルの頂点を目指してゲートが開くと、5番人気のダイヤモンドノットとクリストフ・ルメール騎手が絶好の機を捉えて先頭を奪い、ペースを形成。最初の半マイル(800m)通過は46秒3という、重馬場にしては速い流れとなった。しかしデムーロはレースの流れのなかで冷静に自らの標的を見定めていた。
クリスチャン・デムーロ騎手は「ユウガの後ろのいいポジションを見つけられました」 と語り、川田将雅騎手が駆るコルテオソレイユを、自らの馬のリズムを作るための重要な指標として活用していたことを明かした。
直線に入り、ダイヤモンドノットが粘り込みを図る。ルメールがリードを広げ、一心にゴール板を目指すなか、後方に位置していたデムーロは動くべきタイミングを計りつつも冷静だった。デムーロは、直線入り口で内側のラチ沿いへと進路を取る選択をし、カヴァレリッツォは力強い伸び脚で期待に応える。
「最後直線を向いて、スペースを見つけたところで、クリストフの馬がまだ手応えよく走っていたので、直線で捕らえられるかどうかと思いましたが、しっかり捕らえられて、頭の中で『よかった』と思いました。最後、彼は本当に強かった」
カヴァレリッツォはダイヤモンドノットを捕らえ、3/4馬身差をつけて勝利。前走で敗れた3着馬アドマイヤクワッズへの雪辱を果たした。
一方、そのアドマイヤクワッズを駆る坂井瑠星騎手は、外枠から馬を下げ、道中は後方から、さらに4コーナーでは外を回って6頭分外を追い上げるという厳しい競馬を強いられたが、それでも勝ち馬から1馬身3/4差まで詰め寄る地力を見せた。
デムーロは「アドマイヤ(クワッズ)にリベンジできました。前回は負けましたが、修正すべき点があり、先生やノーザンファームの方々が本当にいい仕事をしてくれました」と勝利の喜びを語ると共に、陣営への感謝を口にした。


吉岡師にとっても、この勝利は格別の意味を持つ。父サートゥルナーリアは、自身が角居勝彦厩舎の調教助手時代に担当した、深い思い入れのある馬だったからだ。
調教師は「サートゥルナーリアも本当に非常に扱いやすい馬で、調教では本当に手が掛からない馬で、そのあたりはすごく似ていると思いますし、父譲りのスピードもすごく似ていると思います。本当にこのような素晴らしい馬を管理できて、本当に調教師として幸せに思います」と、ホースマンとしての喜びを語った。
今後の展望について、鞍上のクリスチャン・デムーロは4月下旬に行われる3歳牡馬クラシックの初戦、G1・皐月賞(2000m)にも対応できるとの手応えを述べる。
「もう少し落ち着きが出てくると2000mも対応できるとは思うんですが、現状はやはりマイルから1800mくらいが一番いい形だと思います」
吉岡師もすでに春のクラシック戦線を見据えており、「実際走ってみないとわからないところではあると思うんですけども、2000mまでは大丈夫なんじゃないかなと調教からは感じています」と期待を寄せた。
阪神の冷たい雨のなかでカヴァレリッツォが見せたのは、重馬場を厭わない力強さと、課題を迅速に克服するスピード、そして決断力であった。それは、世代のリーダーとしてクラシックへと向かうための、大きな一歩となった。