今週、香港滞在中のエンブロイダリーは「焦らずじっくりと」という流れのスロー調整が進められてきたが、ソフトな調教に見えるからといって油断してはいけない。
開業2年目の若手トレーナー、森一誠調教師はクラシック牝馬のエンブロイダリーをG1・香港マイルへ送り出すにあたって、意図したとおり、まさに狙い通りの調整を進めている。
2019年の香港マイル勝ち馬、アドマイヤマーズの初年度産駒である同馬は、香港入り後の月曜日から水曜日にかけて、緩やかに駆けていく軽いキャンター以上のことはしていない。その歩様があまりにゆったりだったため、膝もほとんど上がらないほどだった。
木曜日には芝コースで軽めの追い切りを行い、金曜日は休養日に。厩舎の角馬場での速歩、そしてパドックをスクーリングするために馬場へ歩いていく程度にとどめた。
牝馬三冠の最初と最後の二冠、G1・桜花賞とG1・秋華賞を制したエンブロイダリーは、今季の国内3歳牝馬を代表する存在だ。しかし、3歳牝馬が香港マイルを勝った例はこれまで一度もない。2021年、G1・英1000ギニー馬のマザーアースが参戦するも、ゴールデンシックスティの4着に終わった。
だが、森師の覚悟に揺るぎはない。Idol Horseの取材に「期待しています」と述べ、前年覇者のヴォイッジバブルやベテラン実力馬のソウルラッシュが待ち受ける日曜日の決戦に向け、「厳しい舞台・厳しい相手だと思うんですけども、それをはねのけるだけの力も持っている馬だと思います」と語った。
エンブロイダリーは前走、香港マイルでも騎乗するクリストフ・ルメール騎手を背に、京都2000mの秋華賞を勝利している。森師はそれでも、現時点ではマイルが最適な距離だと確信しているようだ。
「スピードが武器ですので、その持ち味を発揮できます。2000mまでこなしてますけれども、この馬の力を発揮できるのは、この舞台・距離なのかなという風に思ってます」
「2000mのレースに臨むにあたっては少しソフトな感じで仕上げていたので、今回は前走よりも一歩踏み込んだ調整過程で、しっかりと調整することができました」
その“しっかりとした調整”は、エンブロイダリーが香港行きのフライトに乗る前、日本で済ませている。すでに仕上がった状態で香港入りしている上、今年の出走が4戦のみという大事な使い方もあって、森師は無理をさせない必要性を意識してきたという。
「(香港に)着いてすぐは、初めての環境だったので多少ソワソワするような感じもありましたけども、すぐ環境にも慣れて、カイバも食べながら順調に調整、ここまでできていると思います」
「日本でしっかりと仕上げてきてますので、メンタル面を整えながらというところで。本馬場で終いも緩めに余力を残しながら、気分よく流したというところで、いい追い切りができたと思います」

森師は、厩舎開業から2年目にしてブレイクのシーズンを迎えているが、シャティン競馬場にG1馬を送り出す準備には慣れている。あの名伯楽、堀宣行調教師の厩舎で調教助手を務め、同厩舎のモーリス、サトノクラウン、ネオリアリズムが香港で勝利を挙げた際にも、その調整過程に携わっていた。
堀師のもとで20年を過ごしたことで、師匠の“細部へのこだわり”が森師にも染みついている。
「今回の遠征にあたって、色々なシチュエーションを想像・想定してはいました」と森師は語る。「ただ、自分の考えられる範囲では特にトラブルもなく、すごくいい状態でここまで持ってこれたなと思います」
「(シャティン競馬場の)施設であったり、馬場状態であったり、気候であったり、そういったことは分かっているので、そういうイメージは掴みやすかったです」
そして森師は、シャティン競馬場のコースがエンブロイダリーにとって問題になるとは考えていないようだ。
「芝の状態もすごくいいですし、(追い切りでも)いい走りだったと思います。ワンターンのコースですし、この馬の能力を発揮できる舞台だと思います」