イースターサンデーから、まだ数日しかたっていなかった。だが、馬に触れることが人の心にどれほど良いものか、その証拠がほしいなら、ランドウィック競馬場で行われたG1・クイーンエリザベスステークス後の、あの熱狂の数分間を見ればいい。
間違いなく、このレースの中心はオータムグローの敗戦だった。キャリア12戦目で初めて土がついたからだ。ここで快進撃も終わった、と言いたがる向きもあった。
だが、本当にそうだったのだろうか。
2000メートルは初挑戦だった。出入りの激しい慌ただしいレースで、単勝オッズ1.3倍の断然人気を背負いながら3着。単勝1.3倍の断然人気という前提は、ひとまず脇に置いていい。流れの厳しさを踏まえれば、この走りに恥じるところはなかった。
とはいえ、もう「ベイビー・ウィンクス」という呼び名は、いったん厩舎の隅にしまっていいだろう。
そして、サーデリウスの波乱の勝利を祝おうと、名のある者もそうでない者も勝ち馬写真に収まろうとするなか、今週もっとも印象的な『復活』を見せたのは、車いすでコース脇を移動していた一人の男だった。カメラのフラッシュを浴び、その一瞬だけ立ち上がったのである。
「今朝、あいつの目を見て『私のために勝ってくれ。金が必要なんだ』と言ったんです」
そう笑いながらIdol Horseに語ったサーデリウスのオーナー、サー・オーウェン・グレン氏は、話し終えると再び車いすに深く身を預けた。
もっとも、サー・オーウェン・グレン氏は、おそらく金に困ってはいない。
86歳のこのニュージーランド人は、実業家であり慈善家として、長く充実した人生を歩んできた。かつてはナショナルラグビーリーグのニュージーランド・ウォリアーズを共同保有し、世紀が変わったころから競馬にも本格的に資金を投じるようになった。
サーデリウスが総賞金500万豪ドルの定量戦を波乱で制したこの日は、サー・オーウェン・グレン氏にとっても、これまでのなかで特に満足感の大きい勝利となった。誰もが主役と見ていたオータムグローを打ち破った日だったからだ。
ウイナーズサークルは、ときに妙な空気になる。検量へ戻ってきたサーデリウスを迎えながら、その関係者の一部は、オータムグローを倒したという現実に、あ然としていた。
「しかもフランケル産駒の牡馬なら、なおさら価値があるよ」
そう笑う者もいた。
サーデリウスはいずれ種牡馬入りするだろう。だが、この国の競馬のためにも、その日はあと1年か2年、先であってほしい。
サー・オーウェン・グレン氏とサーデリウス陣営を別にすれば、オータムグローにとってマイルを超える距離が初めてだったとはいえ、負かせる馬がいるとは、ほとんど誰も思っていなかった。
オータムグローの共同オーナーであり、オーストラリアを代表する生産者の一人でもあるジョン・メッサーラ氏は、この数か月、2000メートルへの距離延長に内心慎重な見方を示していた。だが、試すなら今しかないというタイミングでもあった。
土曜、メッサーラ氏は、朝の治療が必要なほど痛めていた右肩をかばいながら装鞍所に入ってきた。腕をほとんど上げられない状態だった。
その一方で、彼の馬は栗毛の馬体を輝かせ、ゆったりと大きなフットワークで周回していた。胸元からほとんど頭を上げることもない。オータムグローの関係者はいまも、初めて競馬場に来た日に、しばらく一頭だけでつなぎ場に置かれても平然としていたことに驚いている。群れで生きる動物にとって落ち着きを失っても不思議ではない状況だったが、彼女はそのエネルギーをレースまで温存していた。ジェームズ・マクドナルド騎手が跨ったときに、わずかに耳を立て、少し頭を上げた程度だった。
対照的に、サーデリウスは落ち着かない様子だった。左を見て、右を見て、ほんの一瞬でも気になるものがあればすぐ視線を向ける。その背にクレイグ・ウィリアムズ騎手が跨るまで、そんな様子だった。ウィリアムズは競馬界でもとりわけ印象のいい存在で、馬にも人にも落ち着きをもたらす。
そんな彼にとって、この週は珍しいものだった。家族とともにシドニーに滞在し、電車やトラム、フェリーを乗り継いで街を見て回っていたからだ。
レースの日の彼は、その半分ほどの時間を写真撮影やファンへのゴーグルのプレゼントに費やしている。人道支援活動では、戦火のウクライナに何度も危険な訪問を行い、同国軍への支援物資を届けてきた。妻のラリサ夫人がウクライナ出身であることも、この支援活動を彼にとって特別なものにしている。
レース自体も、結果だけでなく、どこか妙な一戦だった。
専門家たちが先手を取ると見ていたリンダーマンはゲートをうまく出られず最後方。一方、前走ではクレイグ・ウィリアムズが極端に抑えて乗ったサーデリウスのほうが、今回はあの厳しい流れの近くで運ばれていた。
4コーナーを回るころ、他馬が苦しさに耐え切れなくなるなか、オータムグローと世界ナンバーワン騎手のマクドナルドは、サーデリウスの直後へと滑り込んだ。オータムグローは、いつもそうであるように、ほとんど苦しいそぶりを見せていなかった。だが、次の25秒が、彼女が機械ではないことを示した。
結局のところ、これは生き物同士のレースだった。
サーデリウスは、昨春にコックスプレートとメルボルンカップで本命視された馬らしい底力を見せた。陣営が獣医所見という苦い現実を受け入れざるを得なくなる前の、あの評価を裏づける走りだった。一方のオータムグローは、2000メートルは適距離ではないかもしれないことを示した。しかも2着も、最後方から鋭く追い込んだリンダーマンに奪われた。一見すると逆を行くようなその戦法は、見事にはまった。
レース当日の朝、エイドリアン・ボット調教師と共同で管理する、殿堂入りの名伯楽ゲイ・ウォーターハウス調教師はウィリアムズにこう伝えていた。彼が乗るのは、この国で最高の2000メートル馬だと。少なくとも、私たちが知る限りでは。
その評価はいまも変わっていない。
「向こうは前へ行くつもりでした。こちらは10ハロンを走れると分かっていましたし、今回も、乗るべき馬に乗っていました。信頼できる馬に乗っていて、その馬の状態が分かっていれば、特にこういう大レースでは、騎手は判断しやすいものです。私はこの馬を信じていました」
「2週間前に調教で乗って、エイドリアンには『すごくいい動きだけど、まだ絶好調ではない』と伝えました。そこからエイドリアンとゲイがしっかり立て直してくれました。火曜にまた乗ったときには、必要な状態まで戻っていました」
「そしてゲートの中でも、マクドナルドがどこにいるかは分かっていましたし、レースのなかでどこにいるかも分かっていました。展開のなかで彼がどこに来るかを読むのは、そこまで難しくありません。ゲイは『状態が整っていれば、あなたはオーストラリアで最高の2000メートル馬に乗っている』と断言していました」

春のサーデリウスが本当に万全だったのかどうか。その問題は、半年たった今もなお尾を引いている。春の大レースを前に行われるレーシング・ヴィクトリアの厳格な出走前審査に阻まれたからである。
アンダーウッドステークスとターンブルステークスを連勝し、多くの関係者は、コックスプレートとメルボルンカップも総なめにすると見ていた。
だがその後、義務づけられた獣医検査を受け、「故障リスクの高まり」を理由に、両レースから当局によって除外された。
この検査は、メルボルンカップで相次いだ死亡事故を受けて数年前から導入されている。背景には、オーストラリアとは異なる調教・競馬環境で走ってきた、骨への負担が出やすい欧州調教馬の存在があった。
サーデリウスが昨春の大舞台を失った当時、レーシング・ヴィクトリアの最高経営責任者アーロン・モリソン氏はIdol Horseにこう語っていた。
「人は忘れやすいものですし、そもそも事情を知らない人もいるのかもしれません」
「私たちは、危うく社会的な支持を失いかけていました。政府やさまざまな関係先から『なぜ今後も競馬を支えるべきなのか』と問われるところまで行ったのです」
「私たちは、こうした決定を軽く下しているわけではありません。最大のレースから馬を外すのはつらいことです。ましてコックスプレートとメルボルンカップの本命候補で、これほどの馬ならなおさらです」
「ですが、馬の安全確保を最優先しなければなりません」
サー・オーウェン・グレン氏は、そのことを忘れていない。
「昨年、ヴィクトリアで彼の出走が認められなかったとき、私は本当に失望しました」と同氏は言う。「私はレーシング・ヴィクトリアから、一度たりとも連絡を受けませんでした。本当に一度もです。この競馬という世界に何百万ドルもつぎ込んできて、いまや約3400万ドルの持ち出しになっているのに、電話一本ないというのはひどい話でした」
コックスプレートかメルボルンカップを勝てたと思うか、と問われると、彼は間髪入れず「両方です」と答えた。「それがこの馬です」
サーデリウスが今後またヴィクトリアで走れるのか、あるいは陣営が再びそこを目指すのかは、まだ何とも言えない。サー・オーウェン・グレン氏のもとには、サーデリウスの遠征先として香港や日本のほか、ロイヤルアスコット出走案も挙がっている。
仮にコックスプレートを目指してメルボルンへ戻るとしても、そこにオータムグローはいない可能性が高い。
その戦績をめぐる熱狂と騒ぎがあまりに大きくなっていたため、クリス・ウォーラー調教師はクイーンエリザベスステークス翌日、自身のSNSに「距離適性を見誤った」と詫びる投稿をし、そのうえでサーデリウスに祝意を示した。
内心では、連勝が続くなかで膨らんでいた期待から解放されたことへの安堵もあるのかもしれない。ウィンクスは現役最後を33連勝で終えた。オータムグローはその3分の1までしか届かなかった。ウォーラー師があのウィンクス現象とどう向き合ってきたのか、改めて考えても驚かされる。
それでも、オータムグローが本来の走りを取り戻す時間はまだある。たとえ今後の主戦場がマイル戦になるとしてもだ。
ただ、その復活がサー・オーウェン・グレン氏の姿に重なるほど印象深いものになるには、よほど鮮やかなものでなければならない。馬が人の心を支える力を、これほど鮮やかに示した存在が、ほかにいただろうか。