ザ・チャンピオンシップス初日のロイヤルランドウィック競馬場。ここに足を踏み入れ、「クイーンズランドの農家らしい人を探してほしい」と言われたら、その人を見つけるのに時間はそうかからなかったはずだ。
牧畜で生計を立てるのは厳しい仕事だ。だからこそ、昔から競馬と結びついてきた。競馬もまた、耐えがたいほど長い時間を要し、成功は束の間で終わることがある世界だからだ。特別な馬とともに都会の大舞台で名を上げる地方育ちには、昔から特別な存在感があった。
その人物も、自分の馬には見どころがあると思っている。だが、それが本物かどうかを今まさに知ることになる。
家族の勝負服の緑と黄色をあしらったネクタイは、少し曲がっている。だが、そんなことはどうでもいい。白いシャツはきれいに着ているが、襟元は開けたまま、ピンストライプのスーツの下で一番上のボタンはずっと留まりそうにもない。
今日も、明日も、おそらくこの先もずっとだろう。もっと堅苦しい時代の、もっと格式張った競馬場なら、上位エリアに入れてもらえなかったかもしれない。だが今は違う。そんなことは関係ない。居心地の悪い場所で、少しでも楽に過ごそうとしているだけだ。
「メルボルンカップには絶対に行きませんよ。人が多すぎますからね」
そう笑いながらIdol Horseに語ったのは、クイーンズランド州の牧畜業者、フレッド・ノフケ氏だ。祝福の嵐が吹き荒れる中、人混みをぶつかるようにかき分けながら、ウイナーズルームへと突き進んでいく。
その数分前、彼が1万豪ドル(当時のレートで約100万円)で購入したシーザアリバイは、豪州競馬を代表する伝統の一戦、賞金総額400万豪ドル(約4億4000万円)のドンカスターマイルを制し、検量室の前へと引き上げていた。
その牝馬に騎乗したジェイミー・メルハム騎手は、ハンデの49キロに合わせるため、極限まで体を絞っていた。ノフケ氏がその小柄な牝馬とメルハムのそばに寄ると、メルハムはただ“信じられない”というように首を振ることしかできなかった。
シーザアリバイのドンカスターマイル制覇自体は驚きではなかった。何しろ単勝1倍台の圧倒的1番人気だったからだ。背負うのは軽ハンデ。多くの人は、この馬を止めるものがあるとすれば、不運か、あるいは立ち回りのまずさだけだと考えていた。
そして馬群が直線へ向いたとき、その両方が起きたようにも見えた。
シーザアリバイとメルハムは後方の外へと追いやられ、最後方に置かれた。理論上、ドンカスターマイルのようなハンデ戦は、各馬ができるだけゴール前で混戦になるような斤量が課される。そんな一戦で、あの位置から勝ち切るのはまず難しい。
つまり、シーザアリバイのような馬は、多くの人が見たことがなかった。
ブリンカーを着けたシーザアリバイは、真っ直ぐに前方を見つめる。その視界の端では、メルハムのトレードマークでもある白い手袋が手綱を引き締め、そこから進出を促すとともに、馬場の大外へと進路を取る姿が映っていた。
それが焦りからの選択だったのか、確信からの選択だったのかは、本人にしか分からない。
だが、その選択は奏功した。前をあっという間にのみ込むように一気に伸びる馬を、すぐ「ロケット」と呼ぶのは、いまや使い古された決まり文句だ。
だが、この馬は本当にロケットだった。シーザアリバイは16頭立てで最後方近くから、わずか1ハロンほどの間に、先頭まで突き抜けた。4馬身以上の差をつける圧勝劇、競馬ファンの間で瞬く間に話題となり、現代オーストラリア競馬の記録に残る衝撃を与えた。
オーストラリアのスポーツ放送界を代表する存在で、あらゆる出来事を見てきたと言っていいブルース・マカバニー氏は、こう口にした。
「人は誰でも、自分を別の場所へ連れていってくれるような何かに出会った経験があるものです」
シーザアリバイは、まさにそれだった。
メルハムは検量の所定手続きを終えると、すぐに飲み物を手渡された。シーザアリバイに乗るため、この10日間で、もともと細い体からさらに3キロ落としていたからだ。
それだけの価値はあったのか。
「この馬に乗れるなら、毎週でもあそこまで絞りますよ」
メルハムはレース後、ムーディー調教師、共同トレーナーのキャサリン・コールマン調教師、そしてノフケ氏が集まる輪の中で、静かにこう話した。
「これほど鳥肌が立つ感覚をくれた馬には、今まで乗ったことがありません」
WHAT HAVE WE JUST SEEN 🤯
— 7HorseRacing 🐎 (@7horseracing) April 4, 2026
SHEZA ALIBI WITH ONE OF THE GREATEST DONCASTER PERFORMANCES IN HISTORY.@jamieleemelham @moodyracingpgm @kscoleman pic.twitter.com/qjYUyqhfY1
ロイヤルランドウィック競馬場のクイーンエリザベスグランドスタンドで、歓喜の渦中にあったムーディー師をつかまえた。しかし、彼はまだ何が起きたのか、勝利の当事者ながら完全には飲み込めていなかった。
名馬を手掛けることに慣れていない人物ではない。ムーディー厩舎が育て上げたブラックキャビアは通算25戦無敗、近年では珍しく、アウェーのロイヤルアスコット開催に乗り込んで栄光を手にした馬でもあった。
ムーディー師はシーザアリバイについて「息をのむような、本当に驚くべき走りでした」と語る。「ドンカスターマイルでは、昔はスーパーインポーズみたいな馬に何度もやられて悔しい思いをしたものですが、それでもなお本当にすごい。まだ実感が追いついていませんが、この馬は特別です」
では、シーザアリバイの何がそこまで特別なのか。
「正直、まだそこははっきりとは分かっていません」とムーディー師は肩をすくめる。
「とにかく能力がずば抜けています。胸の深さもあり、トモもいい。それに馬自身が実に控えめな性格です。どこかひとつだけ飛び抜けて目立つものがあるわけではないんです」
「ただ、信じられないほどの走りをする馬なんです」
オーストラリアのような競馬大国では、ある時点から、最上級の馬はもはや馬主や調教師だけのものではなくなる。人々の馬になる。国中を代表する存在になっていくのだ。
その一頭がマカイビーディーヴァだった。ムーディー師のブラックキャビアもそうだった。あまりの熱狂と、誰もが自分に何かを求めてきた状況を振り返り、ブラックキャビアを預かることを「とんでもなく骨の折れる仕事だった」と表現したこともある。ウィンクスもまた、そうした領域に達した。
シーザアリバイがその列に加わるなどと言うには、もちろんまだ早すぎる。だがこの馬には、語るに値する物語がある。そして、その物語は多くの人の心に響くはずだ。
ノフケ氏によれば、自身がここ数年で馬主業に費やした金額は、おおよそ100万豪ドル(約1億1000万円)近くに達するという。
彼の暮らしを取り巻くのは、オーストラリア・クイーンズランド州中部に広がる、広大で、乾ききった、人影の少ない土地だ。
いちばん近い町は小さなグーヴィゲンで、店先は板で塞がれている。人口は直近で349人。ノフケ氏の牧場で飼っている牛の方が多い。頭数は2000頭近くに達し、本人も牛にはずいぶん助けられてきたと認める。
だが競走馬にもまた魅力があった。孤独になりがちな暮らしから意識をそらしてくれる存在でもあった。
父のフレッド・ノフケ・シニア氏も、黄色のマルタ十字が入った緑の勝負服で競走馬を走らせていた。フレッド・ノフケ・ジュニアが自分の馬を走らせ始めたとき、父と同じ勝負服は使えないと言われたため、黄色の一本輪を加えたほぼ同じデザインを作ったという。
クイーンズランドの地方開催で初めて勝ったとき、フレッドは自分の勝負服の馬と、父の勝負服の馬を1頭ずつ持っていた。誰からも何も言われず、それができたことを誇りに思っているという。
コロナ禍の最も重苦しかった時期、ノフケ氏は競走馬をもう何頭か買おうと思った。定期開催されるオンラインセールにも手を出し始め、自分なりの選び方も見えてきた。
「だいたいは、その馬がどう説明されているかですね。たとえば生産者の説明とか」
どんな馬を買うのか、その決め手を問われたノフケ氏は、笑いながらそう答えた。
彼が見つけたのは、日本産種牡馬のサクソンウォリアー産駒で、母がシーザジプシーという牝馬だった。血統そのものにはそれほどこだわらなかった。重視したのは、血統よりも周囲の話だった。
そこでオファーを出し、ほとんど値が付かないような額でその馬を手に入れた。
「みんな少し保守的すぎるんですよ」とノフケ氏は言う。「なぜなのかは分かりません。でも、リスクを取っても評価されないんです。失敗したら、ただの間抜け扱いですから」
彼はそのリスクを取った。そして昨年、ロックハンプトン競馬場で迎えた初戦は5頭立ての未勝利戦だったが、それでも勝てなかった。
「どうして負けたのか? 未勝利戦にしては、ベンチマーク78の条件戦に匹敵する時計だったんですよ」とノフケ氏は説明する。「未勝利でそれなら、負けたって十分な理由になるでしょう。あれが最初のサインでした」
「その日は負けましたが、いずれ勝てる馬だと分かっていました。特別な馬になると確信していました」
よくあることだが、クイーンズランドの地方で走っていた馬が一定の水準に達すると、シドニーかメルボルンの、もっと大きな厩舎に預ける必要が出てくる。ノフケ氏も同様、シーザアリバイの能力を最大限に引き出すべく、転厩を視野に入れていた。
自分の競走馬をメルボルンへ連れて行く機会はこれまでなかった。そこで彼は、同じクイーンズランドの地方育ちで、自分の住む町よりはるかに大きいチャールビル出身のムーディー調教師に電話をかけた。チャールビルの人口は約3000人だ。
「たぶん、出身地の縁で私に連絡してきたんでしょう。クイーンズランドで生まれ育った昔ながらの田舎者という共通点がありますから」とムーディー師は分析する。
「馬を見ました。レーシングマネジャーのジェフ・オコナーも確認しました。それで、こちらが考えた最悪のシナリオでも『まあ、土曜開催でそこそこやれる3歳牝馬にはなるだろう。今後どうなるか次第だ』という程度でした」
「まさかここまでとは夢にも思いませんでした」
ムーディー師はそう言うと、馬場の方を振り向いて頷く。ひとつ聞かずにはいられない。11戦無敗で、豪州競馬の定量戦最強格とされる牝馬、オータムグローとの対決を描いているのかどうか。
「いやあ、どうでしょうね」
ムーディー師はそう答えると、通りすがりの人々からの祝福に再び応えた。
それがすぐ実現する可能性は低い。ほかにも魅力的な選択肢があるからだ。
シーザアリバイは来季春のシドニー開催で、賞金1000万豪ドルのゴールデンイーグルを目指す路線に乗る予定だ。昨年の勝ち馬はオータムグローだ。ゴールデンイーグルは4歳限定戦、一歳年上のオータムグローはおそらくコックスプレートへ向かうことになる。
やがてノフケ氏も、メルボルンへ連れて行ってくれるだけの力を備えた競走馬とともに、同じ大舞台へたどり着くかもしれない。
そして2027年、再開発後の新しいムーニーバレー競馬場に足を踏み入れ、クイーンズランドの牧畜業者を探せと言われても、やはり難しくはないだろう。少し曲がったネクタイに、開いた襟元。他の人がためらう場面で、なおリスクを取る男を探せばいい。