2025年12月7日、ロイヤルバンコクスポーツクラブ(バンコク競馬場)の公式プログラムには10競走が並んでいた。
その中には“レース・オブ・ザ・イヤー”と銘打たれた一戦、芝1900mのキングズカップも含まれていた。クラブの公式YouTubeトレーラーは「タイの栄光のために」と謳っていた。
レースは8歳馬のウィンザデイが勝利し、その栄誉あるタイトルを手にした。だが、この日のバンコクの芝で行われたレースのうち、この最大のレースがもっとも重要だったとは限らない。
照明が点き、競走馬たちが引き上げると、今度はきらびやかな衣装の“ウマ娘コスプレイヤー”たちが、ゲートへと続々と収まっていった。
非公式の第11レースとして行われたコスプレレースは、ここで『ウマ娘プリティーダービー』の最速コスプレイヤーを決める、ゴール前までの短距離勝負だった。
ゲーム内で“ウマ娘”を育成するゲーマーたちは、ウマ娘やトレーナーとしてコスプレをし、ゲーム内に登場するキャラたち血を引く現役馬を、その目で見ようと競馬場へ足を運ぶ。
こうした光景は日本では数年前から見られてきたが、Cygamesが展開する『ウマ娘プリティーダービー』のコンテンツが、コロナ禍以降、日本という中核から徐々に海外へ広がるにつれ、いまやその姿は日本国外でも見慣れたものになりつつある。
ゲームは2021年2月に日本でリリースされた。そして、モバイルゲームの英語版が2025年6月に配信開始。それ以降、ダイワスカーレット、テイエムオペラオー、オグリキャップらに扮した『ウマ娘』のコスプレイヤーが、ジャカルタからサンタアニタまで、各地の競馬場に現れる現象が増えている。
そしてバンコクのコスプレレースの4日後、その勢いに追い風が吹いた。ロサンゼルスのピーコックシアターで行われた2025年のゲームアワードで、ウマ娘プリティーダービーがベストモバイルゲーム賞を受賞し、Cygames Americaの大久保元博CEOが登壇した。
このゲームアワードが世界でどれほど注目されているかを示すと、配信はYouTube、TikTok、Twitch、Steam、X、Instagram、Facebook、Amazon Prime Videoで生中継され、中国とインドのメディアプラットフォームでも放映。総ストリーミング数は1億7100万回超と報告された。
マペット・ショーのスーパースター歌姫、ミス・ピギーがプレゼンターに名を連ねたことが数字を押し上げたのか、それとも巨大化し続けるゲーム文化そのものの吸引力なのか。いずれにせよ競馬界は注目したいところだ。
ウマ娘ファンは知識が深い。ゲームを入口に、名馬の物語も血統も知り、実在の競走馬へ感情移入していく。拡大を続けるゲーマー文化の中でも、彼らは熱量が高く、知識のあるゲーム・アニメ系のひとつのグループとして存在感を放つ。
そしてその姿は、一方で縮小が指摘される競馬というスポーツの中で、ひときわ目立つ華やかなサブカルチャーへと進化している。
バンコクのキングズカップ開催はオンラインでも告知され、『animecorner.me』にもニュース記事が掲載された。同サイトはFacebookだけで120万人のフォロワーを抱える。
このコスプレイベントはNext Meetというイベント会社が主催し、Anime Cornerの報道によれば、ウマ娘ファン約1000人の来場が見込まれていたという。


競馬場でのウマ娘ファン向けの組織的イベントは、いまに始まったことではない。日本でも、地方競馬全国協会(NAR)の地方競馬場で、しばらく前から行われてきた。
その代表例が笠松競馬場だ。岐阜県にあり、名古屋の北西およそ32キロに位置する。この競馬場は、ウマ娘ファンの間では伝説的名馬オグリキャップを送り出した地として知られる。
オグリキャップは主要キャラクターの一人であり、漫画『ウマ娘 シンデレラグレイ』の主人公でもある。その作品は昨年、アニメ化されてこちらも人気作品となった。
笠松競馬場は直近4年、シンデレラグレイをテーマにしたイベントを開催し、いずれも大きな成功を収めてきた。
岐阜県地方競馬組合の企画広報課に所属する上谷禎之氏は、「イベントには若い方々が大勢来てくれました。通常の開催日に比べても、若い世代と女性の来場者が明らかに多かったです」とIdol Horseに説明する。
「来場者は1万人超と、これまでにない数字でした。このイベントを機に売り上げが急増したわけではありませんが、笠松競馬場をこれまで知らなかった人たちに競馬場を知ってもらう機会にはなり得ますし、そこがいちばん重要な成果だと考えています」
昨年のコラボ企画では、レース名にシリーズやキャラクター名を盛り込んだ「企画レース」を実施し、メインの特別競走はシンデレラグレイ賞だった。場内には等身大パネルを設置したフォトスポットが用意され、レース間にはウマ娘の声優がステージでトークショーを行った。
ポップアップショップでは関連グッズが販売され、場内の売店で一定額を購入したファンには限定のポストカードが配られ、入場者全員にはオリジナルうちわが配布された。さらに、シンデレラグレイのアニメシリーズ放送を記念し、アニメの原画を無料で展示する企画も行われた。
「ウマ娘シンデレラグレイは、オグリキャップの物語を描きながら、笠松競馬場の歴史に忠実な描写で丁寧に描いてくれています。笠松競馬場にとってはありがたいコンテンツと受け取っています」と上谷氏は続けた。
「今後も、ウマ娘のブームが爆発的な一過性の熱で終わるのではなく、人気が長く続いてくれたらうれしいです。私たちもウマ娘との良い関係を、できるだけ長く続けていければ嬉しいと考えております」
日本の外でのウマ娘人気の広がりは、つい最近まで、組織的というより自然発生的なものが中心だった。実際、バンコクのイベントも、Anime Cornerの報道によれば、9月にバンコクの競馬場で自然発生的に集まったファンの流れから生まれたという。
こうした自然発生的な広がりは、ウマ娘にとっての“聖地”とも言えるJRAの競馬場でも、タイをはじめとする東南アジア、インドネシア、米国、そして南米の一部地域でも共通して見られてきた。
新たなウマ娘ファン層が生まれ、拡大する国と地域では、Redditへの投稿やFacebookグループなどのソーシャルメディアが、情報共有と会合の調整において重要な役割を果たしている。
ソーシャルメディアを通じて、昨年、ウマ娘ファンが注目した存在がいる。インドネシアの三冠馬、キングアルゼンチンだ。父系の血統をたどるとテイエムオペラオーとつながりがあるとして、ファンの間で話題となった。
それを知ったウマ娘ファンは、競馬界全体では無名に近かった一頭を、勇姿を描いたファンアートとともにウマ娘界隈の英雄へ押し上げた。
その熱狂は視聴者数にも表れた。キングアルゼンチンがダービーを制した際のライブ配信視聴は、ウマ娘ファンの流入によって34万9000人まで膨らんだ。
Facebookで簡単に検索するだけでも、タイとインドネシアに複数のグループが見つかる。
最大級のグループはそれぞれフォロワー数7万5000人から10万人規模。英語圏の『ウマ娘プリティーダービー』のグループは14万1000人、インターナショナルグループは8万2000人超、スペイン語圏のグループは5万人、ベトナム語のグループも8万7000人いる。
フィリピンでも関心が高まりつつあり、12月にはマニラで開催されたイベント、Toycon Philippinesでウマ娘の存在感が目立ったという。


バンコクのコスプレレースは、さらに広がる潮流を示しているようにも見える。11月にはインドネシア・ジャカルタの競馬場で同様のコスプレレースが行われ、南米でも2月27日に、ペルーのリマにあるモンテリーコ競馬場で、初のウマ娘コスプレレースが予定されている。
アメリカのサンタアニタ競馬場やターフパラダイス競馬場も、いずれ後に続くのかもしれない。
ペルーのコスプレレースは、バンコクの一件をきっかけに生まれたように見える。だが同時に、これらのコスプレレースは、自然発生から組織的イベントへ移る転換点でもある。
ペルーのコスプレレース開催は、ペルー・ジョッキークラブが、『Bochuchow』として知られるデジタルクリエイター、そして『Vocaloid Peru』コミュニティとともに主催する。
『Vocaloid Peru』コミュニティは、ヤマハが生み出した歌声合成ソフト「ボーカロイド」を中心に形成されたオンラインコミュニティだという。
米国では、10月下旬にサンタアニタ競馬場で行われたジャパンファミリーデーのイベントで、非公式ながらウマ娘コスプレの集まりが行われ、米国の競馬関係者の一部に、このウマ娘というコンテンツの力と魅力を改めて認識させた。
サンタアニタ競馬場では12月30日にも、サイゲームスが同競馬場のG1・アメリカンオークスをスポンサーした際、再び『ウマ娘』たちが姿を見せた。
アリゾナ州のターフパラダイス競馬場も12月27日、ファンコミュニティ『Pon Poko』が主催したポップアップファンミーティングで、この流れに加わった。『Pon Poko』は、ウマ娘ファンコミュニティの精神にならい、収益の一部を引退競走馬支援へ寄付しているという。
こうした動きは、従来の競馬ファンにはなじみが薄いかもしれない。だがウマ娘の広がりは、その規模も性質も含めて、Z世代の競馬への関心が、ギャンブルの枠を超えていることを示している。
馬に触れる体験や、子どもの頃の家族イベントとして競馬場へ行くといった、これまでの入口だけではない。
Idol Horseが過去2年にわたり行ってきた日本のZ世代の競馬ファンへの取材でも、ゲームをきっかけに競馬場へ足を運び、そこから競馬ファンになっていくという共通の流れが語られている。
ウマ娘というコンテンツは、現時点ではまだ一般層に広く浸透した段階とは言い切れない。それでも新しいファンを競馬へ呼び込み、さらに、競馬の主催団体や各地域の競馬統括機関が何十年も試みながら実現できなかった形で、競馬というスポーツを国境を越えて結びつけつつある。