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「さっぱり分かりません」

オーストラリア出身のブレントン・アヴドゥラ騎手は、記者にこう答えた。日曜開催のレース後、シャティン競馬場のジョッキールームを出た直後だった。2月1日の香港クラシックマイルで、どの馬に騎乗するのかと問われての返答である。

「みんな待っています」とアヴドゥラは続ける。「それ以外のジョッキーたちは、香港国際空港の上空で、管制に着陸許可を出してもらうのを待って旋回している飛行機みたいなものです」

アヴドゥラの言う“待機状態”とは、ザック・パートン騎手の香港競馬での圧倒的な存在感を物語っている。

香港リーディングのトップを快走するパートンには、目前に迫った香港クラシックマイルでも、なんと7頭に及ぶ騎乗候補がいた。すべての道は、そして多くの決断は、3月中旬の香港ダービーへとつながっている。

その日の夜遅く、パートンはマーク・ニューナム調教師にボイスメッセージを送り、インヴィンシブルアイビスの騎乗を断らざるを得ないと伝えた。

パートンは今季、インヴィンシブルアイビスで3勝を挙げており、同馬に関しては引き続き優先権を持っていた。それでもこの日は、重要な前哨戦とされる4歳馬限定戦でビューティーボルトに騎乗し、ニューナム厩舎の同馬の2着に入ったばかりだった。

ニューナム師はIdol Horseの取材に対し、「ザックから『別の馬に乗る』というボイスメッセージが届いたので、4歳クラシックシリーズに向けてヒュー(ボウマン騎手)を確保しました」とコメント。この日のレースでも代役としてボウマン騎手が騎乗していた。

なぜ三冠すべてでボウマンを起用したのか。ニューナム師にこの質問を問うと、次のような答えが返ってきた。

「一貫性です。頻繁に鞍上を替えるのが好きではありません。だからこそ、騎手も継続してお願いすることにしています。そうしたほうが結果が良いし、私にはそれが合っています。ヒューと相談したところ、彼も騎乗に前向きな答えをくれました。それで決まりです」

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INVINCIBLE IBIS, HUGH BOWMAN (R), BEAUTY BOLT, ZAC PURTON / Sha Tin // 2026 /// Photo by HKJC

パートンが選んだのは、サゲイシャスライフだった。

ただし、現時点では三冠初戦だけの約束に過ぎない。ブラジルからの移籍した同馬が、香港クラシックマイルでどう走るかによって、パートンが香港クラシックカップ、そして香港ダービーまで騎乗を続けるかが決まる。

「難しいですね。どの馬もみんないい馬ですから」とパートンはIdol Horseに語った。

「みんな伸びしろがあって、これまで結果を残してきた馬たちです。オーナーも、私を支えてくれてきた素晴らしい方々ばかりで、調教師の方々も同様に支えてくれています。本当に難しい。結局のところ、『一番強いと思う1頭』を選ばないといけません」

手札の中には、リトルパラダイスも含まれていた。

パートンは日曜、この馬で再び勝利を挙げ、将来性を感じさせる内容を見せた。しかもこの馬のオーナーは、彼を長年支えてきたコー・カムピウ(Ko Kam Piu・高金沛)氏だ。パートンは2012年、ロイヤルアスコット開催のG1・キングズスタンドステークスをリトルブリッジで制覇。コー・カムピウ氏の勝負服で頂点に立った。

さらにビューティーボルトもいる。こちらも長年、パートンを主戦騎手として重用してきたクォック家の所有馬であり、香港競馬の名チャンピオン、ビューティージェネレーションの手綱を託したのも彼らだった。

「(リトルパラダイスも)悩ましい馬です」とパートンは言う。「ビューティーボルトとクォック家についても同じです」

「以前、ビューティージェネレーションに乗せていただきました。香港競馬で賞金1億香港ドルを最初に突破した馬で、シーズン8勝という新記録を打ち立てた名馬でもあります。この縁にも深い歴史があるので、簡単ではありません」

日曜の勝利後、パートンがリトルパラダイスから乗り替わる可能性があることを見越し、ジミー・ティン調教師はすでにヴィンセント・ホーを代役候補として手配していた。パートンがサゲイシャスライフを選ぶ意向を明らかにすると、ティン師とコー・カムピウ氏は、ホーにシリーズを通じて騎乗する意思があるのか、確認の連絡を送った。

「ジミー(ティン調教師)から三冠すべてに乗ってほしいと言われました。昨夜と今朝、少し考えて、引き受けることにしました」とホーは月曜、Idol Horseに語った。

「ゴールデンシックスティやロマンチックウォリアーのようなケースでなければ、最初から3戦すべてに乗ると決めないのが普通です。ただ、リトルパラダイスは少なくとも、香港クラシックマイルでは大きなチャンスがあると思っています」

「あとは香港クラシックカップの1800mをこなせるか、それが課題です。こなせるなら、香港ダービーに進むかを、改めて相談することになります。2000mの距離をこなせるかどうかは、まだ早すぎて何も言えません」

パートンの決断はある程度は知識に基づいた判断でありつつも、未知の要素は避けられない。決断は賭けでもある。

「今年は特別です。これまでも、2〜3カ月前の段階で6頭か7頭くらい候補がいた年はありました」とパートンは語る。

「ただ、レースが近づくにつれて、伸びる馬もいれば、何かが起きる馬もいます。そもそも出走までたどり着けない馬もいる。そうなると、選択肢は絞られて決断は楽になります」

「でも別の年を振り返ると、そもそも馬がいない年もありました。2年前、私は香港ダービーでマッシヴソヴリンに乗りましたが、2週間前に勝ったとき、ようやく騎乗が決まったのです」

もちろん勝負の世界は勝つことがすべてだが、難しい判断の中でも関係性を巧みに扱い、壊さずに保てるほど、得られる成功は増えていく。

パートンはそうした関係を築き、育てることの達人だ。ただし本人が強調したように、それは簡単に達成できるものではなく、決断もまた簡単ではない。それでもパートンは、ここまで自分が騎乗してきたクラシック候補たちに対し、やるべきことは果たしたと考えている。

「私の仕事は、すべての馬から最大限のパフォーマンスを引き出すこと、そしてオーナーのために、その馬をレースに出られるところまでもっていくことでした」

「そこへ向かうまで、私には馬をそこまで連れていくプレッシャーが大きくかかります。ある程度は自分の仕事をしたし、役割を果たしたと思っています。そういうチャンスを与えてくれたこと自体がありがたい。レーティングを上げて、レースに出走できるようにする必要がありましたから」

サゲイシャスライフは、移籍前のブラジル時代に2400mのG1を勝っている馬で、現時点で4歳クラシックシリーズ候補の中ではトップ評価のレーティング97を誇る。リトルパラダイスは95、インヴィンシブルアイビスは91に位置付けられる。

「結局のところ、私は『一番強いと思う1頭』を選ばないといけません」とパートンは説明する。

「まず、サゲイシャスライフはレーティングが一番高い。定量戦であれば、それは必ず考慮しなければいけません。それに、クラス2のマイル戦でトップハンデを背負って勝ったのは、印象的な内容だったと思います」

「彼は体が小さくて、体重は約1050ポンド(約476kg)しかありません。それであの斤量を背負って結果を出したのは、価値があります。ただ結局のところ、どの馬に対しても選ぶ理由は作れてしまうのです」

Zac Purton riding Little Paradise to victory at Sha Tin ahead of the 2026 4YO Classic Series
LITTLE PARADISE, ZAC PURTON / Sha Tin // 2026 /// Photo by HKJC

リトルパラダイスについて、パートンは「非の打ち所が無いし、素晴らしい」と評価する。

一方、インヴィンシブルアイビスは「まだ精神面が追いついていないという意味で、能力を出し切れていない部分があるが、それでも結果は出している」と見ており、その点がニューナム厩舎の同馬を「どのレベルにいるのか測りにくい」存在にしているという。

パートンはビューティーボルトを「これ以上ないほど正直で堅実な馬」と評し、トップドラゴンについては「この前はついていなかったが、すごくいいレースをした」とコメント。パブリックアテンションは、2走目で外を回らされながらも「素晴らしい内容」を見せたという。

まだ香港での出走歴がないグリッターリングレジェンドはどちらかと言えば香港ダービー向き、フォーチュンボーイは「上位の候補ではなかった」とパートンは評する。

一方のニューナム師としては、日曜の勝利を受けて、インヴィンシブルアイビスが香港ダービーへと公算が大きくなったと考えている。

「三冠レースすべてを見ています。昨日は、締まった流れのレースで斤量を背負いながら、あれだけ良い末脚を使えた。嬉しい好材料でした。同世代相手なら2000mの距離も射程に入る、そう思わせてくれる内容です」と、ニューナム師はインヴィンシブルアイビスについて語る。

「レース前と比べても、今は2000mの距離に自信が持てています」

だがパートンは、自分にとって初の香港クラシックマイル制覇、そして3度目の香港ダービー制覇へと繋がることを願い、その決断を下した。結果として、ライバル騎手たちは旋回をやめ、着陸し、王者が選択を間違えたときにチャンスを得られる騎乗馬を確保できるようになった。

「7頭の候補から選べましたが、乗れるのは1頭だけです。確率的な話を言えば私に不利です。6対1ですからね」とパートンは言う。

「ほかのどの馬が勝っても、きっと『間違った選択をした』と言われるでしょうね」

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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マイケル・コックス、Idol Horseの編集長。オーストラリアのニューカッスルやハンターバレー地域でハーネスレース(繋駕速歩競走)に携わる一家に生まれ、競馬記者として19年以上の活動経験を持っている。香港競馬の取材に定評があり、これまで寄稿したメディアにはサウス・チャイナ・モーニング・ポスト、ジ・エイジ、ヘラルド・サン、AAP通信、アジアン・レーシング・レポート、イラワラ・マーキュリーなどが含まれる。

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