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「偉大なジョッキーに求められるものとは何か」と、私はよく聞かれる。

人々が求めているのは、バランス、タイミング、先を読む力、ペース判断といった分かりやすい答えだ。どれも大事だが、それはあくまで出発点にすぎない。バランスとタイミングは天賦の才であり、教えて身につくものではない。

だが、良いジョッキーと偉大なジョッキーを分ける本当の違いは、ほとんどの人の目に触れないところにある。

偉大なジョッキーは、負けることを恐れない。

少し奇妙に聞こえるかもしれない。どのジョッキーだって、勝ちたいと思う心理は当然だ。それでも大半のジョッキーは、「負けないための騎乗」をしてしまう。

勝率的に安全な選択を取り、批判を避け、裁決委員に睨まれるような状況を避け、馬券を外した腹いせにネット上で罵声を浴びせてくる輩からの攻撃を恐れるからだ。

偉大なジョッキーは、たとえ自分が矢面に立つことになろうとも、「勝つために」乗る。

その好例が、日曜日のシャティン開催でカラフルキングに騎乗したザック・パートン騎手だ。ふだんは先行か中団で運ぶタイプの馬だが、彼はあえて最後方まで下げた。外側の、馬場状態が最も良い部分を通るには、スタートであえて後手を踏んで内へ切れ込み、一度最後方まで下げてから、大外のラチ沿いへと一直線に持ち出すしかなかったからだ。

進路が塞がれてしまう危険もあったが、必要なところで必ず進路を取れると、自分を信じていた。

ほとんどのジョッキーは決してそんなことはしない。もし進路が開かなければ、激しく叩かれるのが分かっているからだ。だがザックは、負けることを恐れなかった。自分の判断に賭け、その判断を信じ切り、馬の能力以上に“騎乗”でレースを勝ち取った。

この点、世界一と言えるのがライアン・ムーア騎手だ。

2018年の香港ダービーで、ピンハイスターを勝たせた騎乗を見てほしい。ピンハイスターは本来は1400m向きの馬で、距離を伸ばして2000m戦に挑む一戦だった。彼は最後方でじっと構え、他馬から離して完全にリラックスさせて乗った。

100人中99人のジョッキーは、決してそんな乗り方はしないだろう。もし、あの馬が豪脚で追い込んで2着止まりだったら、批評家たちから袋叩きに遭う。裁決委員からは説明を求められ、SNSは大炎上するはずだ。それでもライアンは、負けることを恐れなかった。その勇気が、あのレースを勝ち取った。

Ping Hai Star and Ryan Moore win Hong Kong Derby
PING HAI STAR, RYAN MOORE / Hong Kong Derby // Sha Tin /// 2018 //// Photo by Lo Chun Kit

この「勝つために乗る」という哲学は、現役時代の私の頭の中にも常にあった。

レースのその局面ごとに、私が取った一手一手は、その時点ではすべて「正しい手」だと信じていた。それは時に、単勝1.5倍の本命馬に真っ向からぶつかっていくことを意味した。控えて相手の好きなように走らせてしまえば、そんな馬に勝てるはずがない。

だからこそ私は、仕掛けていった。もしうまくいかなかったとしても、それはそれで仕方がない。裁決委員にはきちんと説明すればいい。彼らの前に立つことを恐れたことは一度もなかった。自分の騎乗が、その馬の勝機を最大限に引き出していたと信じていたからだ。

今のジョッキーたちには、もうひとつ新たな試練がある。SNSだ。そこに書かれていることの半分は真実ではなく、残りの半分は価値のない意見にすぎない。

人々はいまだに、ヴィアンダークロスで臨んだ1992年のコーフィールドカップでの私の騎乗を、まるで昨日のことのように語る。彼らはコースを歩いてもいないが、私は歩いていた。どこが一番いい馬場なのかを知っていたのだ。

だからこそ、あの馬はあれほどの勢いで一気に位置を上げることができた。しかし批評家たちは、その背景を知らない。ただ、マンネリズムに僅差で敗れたという結果だけを断片的に見ているのだ。私はこう思っている。批評家とは宦官のようなものだ。行為が行われるのを見ているだけ、自分では決して行えない。

もちろん、鞍上での仕事だけがジョッキーの役割ではない。偉大なジョッキーは、舞台裏での営業にも手を抜かない。騎乗馬を取りに行き、陣営とコミュニケーションを取り、不運な形で負けたレースの後でも手綱を手放さずにいられるよう動く。それ自体がひとつの仕事術だ。

香港では、この点でもザック・パートンが抜きん出ている。「パートンはいつも有力馬に乗っている」とに腹を立てる人もいるが、自分もその10倍努力してみたらどうか、と言いたい。

彼はレースを終えて帰宅すると、調教師たちに次々とメッセージを送る。香港競馬にはエージェントはいない。それを負担に感じる人もいるだろうが、それが彼の仕事なのだ。自分から一歩先んじて動き続けなければならない。仕事が向こうからやって来るのを待っていてはいけない。

そして物事がうまくいかなかった時こそ、コミュニケーションがものを言う。必要なのは言い訳ではなく、対話だ。時には自分から手を挙げて、こう言う必要がある。「今回は私のミスでした。ですが、もうこの馬のことは分かりました。次は同じ轍は踏みません」と。

調教師はそうした姿勢を尊重するし、馬主も同じように尊重してくれる。そうやって、有力馬の騎乗を任せてもらい続けるのだ。

では、偉大なジョッキーの条件とは何か。生まれ持ったバランス感覚、それも一つだ。タイミングの良さもそうだ。だが何より大切なのは、「勝つために乗る勇気」である。負けるリスクを引き受ける勇気。そして、後になって誰からどんなことを言われようとも、自分の判断を信じ抜く勇気だ。

多くのジョッキーは批判を恐れている。だが、偉大なジョッキーたちは恐れない。

シェーン・ダイ、Idol Horseのコラムニスト。 オーストラリアとニュージーランドで競馬殿堂入りを果たし、1989年のメルボルンカップ(タウリフィック)、1995年のコックスプレート(オクタゴナル)では名勝負を演じた、G1・通算93勝の元レジェンドジョッキー。また、香港競馬では8年間騎乗し、通算で382勝を挙げている。

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