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先週、かすかに取り沙汰された『世界騎手リーグ戦』。この新たな試みが発表された途端、SNS上の「アマチュア競馬評論家」たちは早くも粗探しを始めた。

世界中から選抜された12人の大物騎手が競い合うジョッキーシリーズ。その新構想発表から数日後、選ばれた12人の一人であるクリストフ・ルメール騎手は「すでに “口撃” は始まっていますよ」と、Idol Horseに対して語ってくれた。

その少し前、香港では新進気鋭のアメリカ人馬主であるジョン・スチュワート氏が、九龍にある高級ホテルの会議室を貸し切っていた。世界を股にかける自身の愛馬、ゴリアットのカードやTシャツ、帽子などの限定アイテムを、競馬ファンに無料で配布する企画の真っ最中だった。

午前9時半、会場に並んだ100人を超える競馬ファンたちを前に、「どうぞ持っていってください」とスチュワート氏は声をかけた。彼は一人ひとりに話しかけ、記念品にサインを書き、若いファンに競馬を好きになった経緯を尋ねていく。レース当日の朝、実に2時間以上をかけての交流だった。

世界騎手リーグ戦とスチュワート氏の交流会。この2つに共通するのは、どちらも公的な支援や取り組みではないということだ。競馬界を盛り上げるため、民間の団体や人物が自己資金を投じて行っている。

そして、悪い意味で共通することは、どちらもいわゆる「ハードコアな競馬好き」を自称する人々から嘲笑を浴びたということだ。

ここで一つの疑問が湧く。競馬というスポーツは新しいアイディアを軽視して受け入れない、古い価値観が蔓延しているのではないか?運営サイドの人間から、SNSに跋扈するハードコアな競馬ファン層に至るまで、同じことが言えるだろう。

世界騎手リーグ戦の構想はまだまだ初期段階だ。競馬界を代表する12人の騎手が選抜され、チーム代表としてシリーズに参戦する。年間を通じて世界の競馬場を巡りながら競い合うという構想とされている。

このシリーズには先述のルメールを始め、武豊、フランキー・デットーリ、ザック・パートン、ジョアン・モレイラ、ライアン・ムーア、ジェームズ・マクドナルド、ウィリアム・ビュイック、ヴィンセント・ホー、ミカエル・バルザローナ、プラヴィアン・プラ、イラッド・オルティスJr. といった錚々たる騎手が参加を表明している。

名実ともに競馬界を代表する12人が、競馬というスポーツをPRしようと協力を惜しまない姿勢を見せている。世界では若者の競馬離れが叫ばれるなか、自身の知名度と名声を使って競馬界を盛り上げようとしているのだ。

「このプロジェクトにはとてもワクワクしています」と、ルメールは語る。

「競馬界を再び盛り上げたいという一心で、私自身もこれまで何度もプロモーション活動を行ってきました。競馬界に熱気を取り戻し、世界的なメジャースポーツの座に返り咲くには、まさにこういった試みが必要だと思います」

「もちろん、みんなそれぞれ自分なりの考え方があります。あなたの意見も理解はできます。ですが、今は私たちの主張に耳を傾けて、一緒に前に進もうではありませんか」

世界的なプロモーションの現状について、ルメールは「アングロサクソン的、ヨーロッパ的な考えで止まっている」と競馬界への不満を口にする。彼が活躍する日本中央競馬会(JRA)では、馬や騎手がスターとして扱われ、マーケティングも他のメジャースポーツに近い形へと進化していった。

CHRISTOPHE LEMAIRE / 2024 / Photo supplied

JRAのマーケティング努力は称賛に値するものばかりだ。馬を競馬の中心として演出し、女性が安心して楽しめる競馬場を作り、イメージ改善に取り組んできた。しかし、日本、それどころか世界全体でも最大のヒット作と言えるマーケティング成功事例は、『ウマ娘』に違いない。

実在する競走馬を擬人化した『ウマ娘』は、ゲームやアニメを中心に人気を博し、今や数千億円規模の累計売上を誇るコンテンツに成長した。ここから学べるのは、競馬にはまだまだ開拓しきれていない未知の領域があるという証左だ。

ウマ娘が競馬愛溢れる内容で新規ファンを獲得している一方、JRAや一部の大手馬主はこれを積極的に活用していない。大ヒットの恩恵を受けているサイバーエージェント創業者の藤田晋氏が、馬主として競馬界に何十億と投じているのは皮肉な側面だ。

ルメールが自費を投じてアパレルブランドやヒップホップアルバムを立ち上げるなど、多角的に競馬のPRを行ってきた。世界最高峰の賞金レベルを誇る日本で2000勝以上を積み重ねたルメールにとって、このプロジェクトは単なる金儲けが目的というではない。競馬界に恩返しをするためのアイディアだ。

「『もう金持ちのくせに』なんて批判も耳にしますが、金稼ぎが目的というわけではありません。目指しているのは、競馬界を盛り上げて、将来に向けて存続させることです。スタートは12人の騎手ですが、この先何年も続けば、新しい騎手が参戦することもあると思います。若手が有名になるチャンスはそこから生まれるんです」

「競馬はどの国でも順風満帆というわけではありません。多くの競馬場は苦境に陥っており、イギリスではわずかな賞金のために何時間も車で移動する騎手がいます。実質赤字みたいなものです。こんなのおかしいじゃないですか」

一方、スチュワート氏の繁殖牝馬に多額の投資をする試みも批判を浴びた。ライバル馬主、マイク・リポール氏らに批判の矛先を向けられたことについて、競馬を愛する一人のファンとして残念だったという。

スチュワート氏は競馬ファンとの交流会について、企画した動機を「一人の競馬ファンとして始めたことです。お金持ちになった後でも競馬界との壁を感じていました」と語る。昨年末、東京で開催されたジャパンカップ直前の交流会では、1,000人を超える競馬ファンが殺到して警察が出動する大賑わいとなった。

「競馬場に行くと、騎手や調教師、馬主は専用の区切られた区域にいて、競馬ファンとの間に距離を感じます。ファンは永遠に壁の向こうにいけないかのように思えますが、私は実際にその壁を越えて、『これは凄い』と思いました。この感動を皆さんに伝えたいんです」

「今日来てくれた中には、17歳の少年もいました。いつか投資銀行に就職して、何百万ドルを稼ぎ出す男になるかもしれません。彼の競馬に対する情熱を、私たちが育てることができれば、いつか大物馬主として競馬場に帰ってきてくれるかもしれませんね」

JOHN STEWART / 2025 // Photo by Idol Horse

スチュワート氏は今や『向こう側』の人間だが、その理由については「大金を投じたから競馬界に歓迎されただけでしょう」と自嘲気味に話す。これは競馬界の内向きな体質でもある。大金を投じる新参者のオーナーは、競馬界のベテランにとっての『カモ』だと思われているという点だ。

「新参者が壁を打ち破る、この難しさはよく理解しています。だからこそ、競馬界に若いファンが入ってきてほしいのです。いつの日か、競馬界を動かす存在になるのは彼らなのですから」

批判に弱腰になりがちな競馬界において、新風を吹き込むルメールの姿勢はとても斬新だ。

「私たちのチャレンジに批判的という人は、それでも良いと思います。それでも、私たちは挑戦を止めません」とルメールは話す。

「F1、ラグビー、バスケットボール。競馬はこうしたスポーツがライバルです。競馬が好きならば、ぜひ応援してください。新しいアイディアを信じてください。一緒に頑張りましょう」

マイケル・コックス、Idol Horseの編集長。オーストラリアのニューカッスルやハンターバレー地域でハーネスレース(繋駕速歩競走)に携わる一家に生まれ、競馬記者として19年以上の活動経験を持っている。香港競馬の取材に定評があり、これまで寄稿したメディアにはサウス・チャイナ・モーニング・ポスト、ジ・エイジ、ヘラルド・サン、AAP通信、アジアン・レーシング・レポート、イラワラ・マーキュリーなどが含まれる。

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