矢作芳人調教師の言葉に迷いはなかった。落ち着いた口調で、しかし即座に発せられたその返答は、フォーエバーヤングは『間違いなく』日本史上最高のダートホースだ、という確信の強さを如実に表していた。
その言葉を裏付けるかのように、フォーエバーヤングはキングアブドゥルアジーズ競馬場で行われたG1・サウジカップを制し、世界最高賞金2000万ドルの栄誉と煌びやかなトロフィーを手にした。それだけではない。香港の名馬ロマンチックウォリアーにとって歴史的となるはずだった勝利を阻んだのだ。
サウジカップでは、14頭がゲートを飛び出したが、主役は2頭に絞られていた。昨年のサウジダービーを制したフォーエバーヤングは、坂井瑠星騎手の手綱に導かれ外枠14番から前へと進出。最内を1頭分空けて先行争いを展開した。一方、ダート初挑戦のロマンチックウォリアーは、ジェームズ・マクドナルド騎手の手綱のもと、最前すぐ後方の好位置のポジションを取った。
先行4頭が横一線の形で最終コーナーへ。いや、そこにもう1頭加わった。マクドナルドがロマンチックウォリアーを外へ持ち出し、大外5頭分の距離を走ることも厭わず、一気に加速を開始。直線に入るや否や、その驚異的な騙馬の走りは圧巻だった。残り400メートルでロマンチックウォリアーはフォーエバーヤングを捉えにかかり、他馬を一掃する勢いで前へと迫っていった。
残り300メートル。このまま香港のスーパースターが歴史を刻むかに見えた。G1を10勝、オーストラリアのG1・コックスプレート、そして日本のG1・安田記念も勝利した香港の英雄が、未知のダートの舞台で世界屈指のダート巧者をねじ伏せようとしていた。
しかし、スポーツにおいては状況が一変することがある。1999年のチャンピオンズリーグ決勝で、勝利目前だったバイエルン・ミュンヘンがマンチェスター・ユナイテッドに土壇場で逆転されたように。あるいは、1973年のグランドナショナルで、大差をつけていたクリスプが直線で猛追してきたレッドラムに差し切られたように。
ロマンチックウォリアーは残り200メートル地点で最内を確保し、1馬身以上のリードを保ったまま猛進していた。しかし、この瞬間、マクドナルド騎手は左手のビッグスクリーンを確認する。その視線は1度ならず2度も。何か不安を感じたのだろうか?
まさにその1度目の視線の直後、坂井騎手がフォーエバーヤングを外へ持ち出し、一気に加速させた。ロマンチックウォリアーの勢いは頂点に達し、わずかに減速。対するフォーエバーヤングは一歩ずつ確実に差を詰め、ゴール前で香港の王者を捉えた。そして、最後の数完歩で抜け出し、クビ差で劇的な勝利をもぎ取った。
矢作調教師にとっては、2023年のパンサラッサに続く2度目のサウジC制覇。坂井騎手にとっては初の勝利となった。
「フォーエバーヤングを信じていたので、一度も負けるとは思わなかった」と坂井騎手は語った。
この夜はすでに日本の競馬関係者やファンにとって忘れがたいものとなっていた。G2・ネオムターフカップでは矢作調教師と坂井騎手のコンビがシンエンペラーを勝利へ導いた。同馬は4月のG1・ドバイシーマクラシックへ向かう見込みだ。さらに、G2・1351ターフスプリントではクリストフ・ルメール騎手が黒岩陽一厩舎のアスコリピチェーノを勝利へと導き、G2・レッドシーターフハンデキャップではオイシン・マーフィー騎手の手綱に応えた坂口智康厩舎のビザンチンドリームが栄冠を手にした。
日本勢の完全制覇を阻んだのは、G2・サウジダービーを制したUAE2000ギニー馬のゴールデンヴェコマ(コナー・ビーズリー騎手)、そしてG2・リヤドダートスプリントで米国から遠征したストレートノーチェイサー(ジョン・ヴェラスケス騎手)だった。
14頭のサウジC出走馬が装鞍を終えてパドックへと送り出された時、この夜の場内の緊張感は最高潮に達した。矢作調教師は紫色の帽子に厩舎のロゴが入った黄色いバッジを左側に付け、ベージュのスーツに赤と白のストライプのネクタイという装い。フォーエバーヤング同様に冷静に見えたが、内心は違ったようだ。
「ロマンチックウォリアーがダートで走るかは全くわからなかったのですが」とレース後に振り返る。「他のメンバーよりは力の差もありましたし、彼が走るか走らないかが怖かったですね」
そして、思いがけずこみ上げた感情についても語った。「2回目でもこれほど感激するんだなと。自分でもビックリしたくらいです。パンサラッサのときはノープレッシャーだったので、楽しかったです。今回はロマンチックウォリアー以外には負けられないメンバーだったので、プレッシャーがきつかったです」
ダニー・シャム調教師は、ダークスーツに青と白のストライプの蝶ネクタイという装いで笑顔を見せていたが、その動きには緊張の色が見え隠れしていた。装鞍所で最後の一頭となるまで待機していたロマンチックウォリアーもまた、赤いフードを被りながら落ち着かない様子を見せていた。
矢作調教師は、騎手たちが騎乗する直前にパドックでカメラの前でのインタビューに応じていたが、その間シャム調教師とチームはやや落ち着かない様子で、カメラマンたちが自分たちの近くにいるのを見つめていた。
数分後、緊張は歓喜へと変わり、チーム矢作が歓声に包まれる一方で、シャム陣営は誇りとともに深い悔しさを噛み締めていた。それでも、敗れたとはいえその輝きが失われることはなかった。

「彼はいつも結果を出してくれるが、今夜もまた期待に応えてくれた」とマクドナルド騎手は悔しさをにじませながら語った。
「もちろん、負けて悔しいですが、最後まで闘い抜いて素晴らしいレースをしてくれた」
シャム調教師は、4月5日のG1・ドバイターフでロマンチックウォリアーを芝に戻し、巻き返しを図る構えだ。
「初めてのダート挑戦としては素晴らしい走りだった。フォーエバーヤングはトップクラスのダート馬だし、その相手に僅かアタマ差の2着なら十分誇れる内容だ」と振り返る。
「我々は全力を尽くした。もちろん毎回勝ちたいとは思うが、これが競馬だ。彼がベストを尽くしてくれる限り、私は満足している。本当に素晴らしいレースだったし、多くのファンが楽しんでくれたと思う」
矢作調教師もフォーエバーヤングをドバイに送り込む意向を示した。昨年はサウジダービーとUAEダービーの二冠を達成したが、今年はサウジCに続いてドバイワールドカップ制覇という新たな歴史を築く挑戦に出る。
「ブリーダーズカップクラシックを勝ちたいという野望をもちろん、サウジカップ、ドバイワールドカップのダブル制覇をした馬はいないので、それをなんとか成し遂げたいです」と矢作調教師は語る。
2025年のサウジCは、歴史に残る名レースの一つとして語り継がれることになるだろう。そしてこの勝利は、昨年の世界舞台での悔しい敗戦を経て、フォーエバーヤングと27歳の坂井騎手にとってついに大きな成果となった。昨年は惜しくも勝利に届かなかったケンタッキーダービーでの僅差の3着、さらにG1・ブリーダーズカップクラシックでも3着と、あと一歩の競馬が続いていた。
しかしその間、フォーエバーヤングは国内で確実に結果を残し、大井競馬場で行われたJpn1・ジャパンダートクラシックとG1・東京大賞典を制覇。いずれも坂井騎手とのコンビで勝ち取ったものだった。矢作調教師は若き主戦の才能を信じ続け、サウジCでは世界の舞台でその判断が正しかったことを証明した。
「彼は厩舎の主戦騎手であり、世界のトップレベルで戦える騎手に育てたかった。そして今、彼は確実にそのステージに到達しつつある」と矢作調教師は誇らしげに語った。

この名伯楽は、世界の舞台で最も成功した日本の調教師として確固たる地位を築いてきた。そして、今回のサウジカップデーでの2勝は、リスグラシューやラヴズオンリーユーといった世界を股にかけた名牝たちを手掛け、さらには三冠馬コントレイルを管理したことで築かれたその偉大な実績を、さらに揺るぎないものとした。
しかし、矢作調教師にとって、これまでの名馬たちの栄光を踏まえた上でさえ、フォーエバーヤングの評価は際立っている。
「フォーエバーヤングは、私が手掛けた馬の中でも最高の馬だなと確信しました」と矢作調教師は断言する。
そして、そのフォーエバーヤングに土壇場で敗れながらも壮絶な戦いを演じたロマンチックウォリアーが、いかに偉大なチャンピオンであるかも、このレースが証明したといえるだろう。