ジェームズ・マクドナルド騎手にとって、今週はメディアの注目を浴びながら多忙を極める日々が続いている。
水曜日には、ハッピーバレーで開催された国際騎手招待競走、IJC(インターナショナル・ジョッキーズ・チャンピオンシップ)に出場。金曜日には、自身2度目となる『ワールドベストジョッキー』の表彰式に出席。そして、クライマックスの日曜日はロマンチックウォリアーで歴史の壁に挑む。
その合間も休みはない。追い切りでの騎乗、騎乗依頼の交渉、レースへの準備はもちろん欠かさない。香港競馬最大の週で、スーパースタージョッキーに求められるプロモーション活動は多岐に渡った。
火曜日の午後遅く、マクドナルドとIJCに出場する11人の騎手は、赤と白とラインが入った濃紺のブレザーを着て写真撮影に臨んでいた。舞台は香港のセントラル地区、かつては警察署や刑務所として使われ、現在は博物館やレジャー施設となっている大館だ。
ヘンリー・ロイヤル・レガッタ(イギリスの伝統あるボート競技)を彷彿とさせる着飾りの彼らは、ボードに印刷された等身大パネルの横に立って写真撮影に応じた。その周りを記者、カメラマン、撮影クルーが取り囲み、質問を投げかけたり撮影を行っていた。
それは、2012年の5月6日の静かなひとときとは全く異なる騒がしさだった。当時、まだ若手だったマクドナルドは緑の勝負服を着て検量室の外に佇み、エクステンションへの騎乗を一人待っていた。G1・チャンピオンズマイルという大レースへの出走を控える馬が次々と通り過ぎる中、彼は競馬場の大型スクリーンでその光景を見つめていた。
彼はまだ20歳。一人の少年に過ぎなかったが、エクステンションのジョン・ムーア調教師が語った言葉の重みは大きかった。
「彼の器用な手さばきは素晴らしいです。久しぶりに、私が見てきた中で一番の若手騎手が現れました。いずれトップに立つ男だと思いますよ」
そう語る元チャンピオントレーナーは何度も頷き、自身の評価に自信を持っていることを強調した。
ムーアの家系は名騎手に恵まれている。父は偉大なオーストラリアの名騎手、ジョージ・ムーア。兄のゲイリー・ムーアも騎手リーディングのタイトルを獲得しており、彼自身も騎手に対して厳しい目を持っている調教師として知られており、単に評判だけで評価したわけではなかった。
エクステンションは前年のチャンピオンズマイルを、ダレン・ビードマン騎手が騎乗して制している。しかし、ビードマンはバリアトライアル中の落馬事故で大怪我を負い、それが原因で引退を余儀なくされた。新しいパートナーを選ぶ必要があったムーアは、いつか競馬界のスターになると信じる若手の大抜擢という選択を決断した。
その日、ムーアの慧眼が証明された。マクドナルドはこのレースがこの日唯一の騎乗だったが、スタートをしっかりと決めて先行させると、内ラチ沿いの先頭を見る位置で追走。仕掛けの機会をじっと見極め、残り250m地点でスパートをかけると、そこから突き抜けて半馬身差の勝利。単勝18倍のこの馬で挙げた勝利が、香港でのビッグレース初勝利だった。
マクドナルドの才能はずば抜けていた。彼は2012年のその日までに、母国のニュージーランドで2度の騎手リーディングと4回の最優秀見習い騎手を獲得。拠点を隣国へと移し、オーストラリアでも台頭し始めていた頃だった。
前年の12月、まだ10代だった彼はIJCのために香港を訪れたが、ハッピーバレーの特徴的なコースにも難なく対応。水曜日の夜に行われた4つのレースでは1勝と2着1回という結果を残したが、どちらもムーア厩舎の馬に乗って挙げた好成績だった。
「自分がまだ酪農家を目指していた頃の話ですよね!」と、マクドナルドは笑みを浮かべながら語った。
「もちろん、高みを目指していましたし、ずっと自身の腕を磨こうと努力を続け、その中で様々なことを学んできました。エクステンションとの経験は初期に得た学びでした。どんなこともそうですが、一度に全てが叶うわけはありません。香港に来た当初はあまりに高い壁だと思い、一度は諦めましたが、また戻ってくるチャンスを得ることができました」
「エクステンションに乗っていたころは、まだ一つ一つ試していた時期でした。当時の若かった自分にとって、香港で乗ることは大きな学びを得る絶好の機会だったんです」
現在32歳のマクドナルドは、世界中の何処へ行っても引っ張りだこの存在だ。『J-Mac』という愛称で親しまれている彼は、世界を股にかける騎手としてお馴染みとなっている。
メルボルンカップ、ゴールデンスリッパー、キングズスタンドS、安田記念、コックスプレート3連覇など、G1レースだけで104勝を積み重ねてきた。さらに、10代で獲得したニュージーランドのリーディングタイトルに加え、シドニーのリーディングには8回も輝いている。執筆時点での世界最高峰の2頭、オーストラリアのヴィアシスティーナと香港のロマンチックウォリアーは、共にマクドナルドのお手馬だ。
香港ジョッキークラブは現在、マクドナルドの通年免許での香港移籍を画策しているが、それが本当に実現するのか、いつ実現するのかは憶測が飛び交っている。今現在のマクドナルドは、12月22日までの1ヶ月間の短期免許で騎乗している。その間に香港で10勝を挙げ、勝率は21.2%を誇る。
「楽しかったですね」と彼は語り、昨年に続く香港での短期免許について言及する。
「家族も香港を気に入っています。スタートからずっと良い成績を残せているので、それが今になっても助けになっています」
大館での騒がしいメディア対応の最中、マクドナルドはエクステンションで初めて香港の大レースを制した当時抱いていた『大いなる野望』について振り返り、香港での騎乗経験が自身の騎手としてのスキルに役立った点を挙げてくれた。
「正直、今でも香港では多くの学びを得ています。オーストラリアに戻ると、勝負勘が研ぎ澄まされているような感じがするんです。ここは厳しい環境で1戦1戦が難しいので、全力で戦う必要があります。だからこそ、1勝の価値が重い。ここで生き残るには、腕を磨き続ける必要があります。競馬場の中でも、競馬場の外でも」
「気を抜くとすぐやられるので、しっかりと準備をして香港に来る必要があります。極端なラーニングカーブが求められるんですよ。だからこそ、ある程度経験を積んだ年齢になってから来る必要があるんです」
少し離れたところで取材を受けている、香港リーディング7回のザック・パートン騎手を見ながら彼は話を続ける。
「ザックだって、最初から圧倒的だったわけではないです。今では誰もが認めるキングですが、最初は彼を凌ぐ存在が何人もいました。彼はその中で学び、だからこそ今があるんです。誰にとっても同じことが言えます」
マクドナルドが希有な才能を持つジョッキーから世界最高峰へと上り詰める道程は、紆余曲折に満ちている。彼のテーマは経験から学ぶことだ。騎乗馬の馬券を購入して18ヶ月の騎乗停止を受けたこともあったが、彼はそれを乗り越え、以前より成長して帰ってきた。
オーストラリアでは、ジョン・オシェア厩舎のもとでゴドルフィンの勝負服を着たり、ニュージーランド出身の同郷でオーストラリアの名伯楽である、クリス・ウォーラー調教師の管理馬に騎乗する経験も得た。
しかし、今現在の世界中の競馬ファンの視線は、香港の英雄であるロマンチックウォリアーとのコンビに集まっている。当初、マクドナルドはこの馬の主戦ではなかった。カリス・ティータン騎手の体調不良をきっかけに代役の依頼が舞い込み、G2・ジョッキークラブカップ、そして1回目の香港カップを制した。
2022年前半に喫した2度の敗北を理由にティータンが降ろされたとき、ダニー・シャム調教師と馬主のピーター・ラウ氏が抜擢したのはマクドナルドだった。その期待に見事に応え、QE2カップ連覇に導いた。ロマンチックウォリアーが出走した直近の8回のうち、7回はマクドナルドとコンビを組み、オーストラリアや日本での勝ち鞍も含めて6勝を挙げている。
マクドナルドのロマンチックウォリアーへの賛辞と愛着は、その語り口から明らかだった。彼の性格やその走りは、どんな舞台にも対応できる『無敵』の存在のようだった。
「そうですね。まさにその通りで、とても乗りやすく、やるべきことを分かっているような馬です。スタートも良いし、追走も良いし、加速も良い、三拍子揃った馬です」と、マクドナルドは熱心に語ってくれた。
「賢さは最高クラスの一頭だと思います。ホームでの調教での動きからも分かりますが、良い動きをするんです。最後の末脚を残すために道中でエネルギーを節約する術もちゃんと分かっています。頭脳明晰な馬だからこそ、遠征先でも上手くやれるんでしょうね。タフで、落ち着きもあり、対応力もあって、何事にも動じない。パーフェクトな馬です」
J-Macはロマンチックウォリアー陣営を構成する一員でもあり、香港カップ後の予定についての話し合いにも参加した。まだ正式には決まっていないが、ドバイのG1・ジェベルハッタを前哨戦に使って2月のダートG1・サウジカップに挑み、4月初旬のドバイワールドカップデーでダートもしくは芝のレースを使うという、シャム調教師のプランに賛成したという。
「ミーティングで話し合いましたが、しっかりと調査を進めていますし、やるべきことは明白です。芝のレースを使う選択肢を残しておくというプランには、自分は賛成です」
しかし、当面の目標は史上初の香港カップ3連覇に絞られる。ここで勝てば、オーナーのラウ氏が待ち望む『世界賞金王』という夢が実現する。その点について、マクドナルドは「自信がある」と語り、強豪を退けて香港カップを勝つ準備は整っていると話した。
マクドナルドはクリスマスまでにオーストラリアに帰国する予定だが、香港とは強い絆があり、ロマンチックウォリアーと共に快挙を成し遂げる度にその絆は深まりつつある。
ダミアン・オリヴァー騎手が持つオーストラリア国内記録、G1レース125勝を超えたら香港に移籍するという噂も囁かれているが、それについては「そうなるかもしれないですね。知りませんけど」と言葉を濁す。
家族のこと、オーナーや調教師との関係性、そしてシドニーで乗っている優秀なお手馬の将来を考えると、そう簡単に決められることではない。
「早めに実現するか、もっと後の話になるか、それすら分かりません。今、自分がやっていることは楽しんでいますし、何かが変わらない限りは……」
「ただ一つ言えるのは、香港でのレースや競争は本当に楽しいということだけです。ここに来るたびに、何か自分の中で燃え上がるような感覚があります」