故ブライアン・クラフは、イングランドサッカー界の最も象徴的な人物の一人であり、鋼のように堅固でありながらも脆いと言われるほどの大きな自我で知られていた。
元々才能あるゴールゲッターから伝説的な監督へと転身したクラフは、ノッティンガム・フォレストを率いて欧州カップを連覇させたことで今なお名を馳せており、彼は自分のやり方で物事を進め、その自我を支えに成功を収めた。
競馬界でも同じような自我を持った馬が、先週土曜日にメイダン競馬場で最後のレースを迎えた。
クラフ同様、その勝利への飽くなき探求心は引退後も人々の記憶に刻まれるだろう。ウシュバテソーロは、何事も自分のやり方で、自分のペースで進める馬であり、その特徴をよく知る人々によれば、その原動力は彼の大きな『自我』によるところだという。
昨年11月、デルマー競馬場でのG1・ブリーダーズカップクラシックを控えた時、当時主戦騎手だった川田将雅騎手はIdol Horseに対し、含み笑いを浮かべながら「彼はとにかく手を焼かせるんですよ」と語り、さらに温かい言葉で「僕の仕事は彼をなだめてやる気にさせることです」と続けた。
そのレーススタイルはウシュバテソーロならではだった。特に印象的だったのは、2023年3月のドバイワールドカップで、国際的に注目を浴びる大きな勝利を手にした瞬間だ。
その勝利は、ウシュバテソーロの絶頂期を示すものであり、そのレース運びもまた典型的だった。スタートは遅く、騎手は序盤から手を尽くしていたが、一旦はポジションを後方に下げ数馬身離される。
その後、向正面で気持ちを切り替え進出を開始。直線で外に進路を取り、自信に満ちた走りで力強さがみなぎり、ラストは速いペースで追い上げ、前との差を一気に縮め、最後は余裕を持って差し切る。

昨年は、年齢を重ねるつれてその力強さには翳りが見えたものの、そのレースパターンは変わらなかった。2019年8月、新潟芝1800mの新馬戦に向けて美浦トレセンの高木登厩舎に入厩したときから、ウシュバテソーロは常に自分のスタイルを貫いていた。
「結構我が強い馬だったんですけど、若い頃」と高木調教師はメイダンでIdol Horseに語った。「だんだん矯正して治まってきて、相変わらず手はかかりますけど、自分を持っている馬ですね」
その自我を持っていることは驚くべきことではない。ウシュバテソーロは強い意志を持つ血統を引き継いでいるからだ。ウシュバテソーロの父は、かつての名馬オルフェーヴルであり、G1・凱旋門賞の直線で一度は先頭に立ったものの、その後よれてしまい勝利を寸前で手放した悪夢は有名だ。
ウシュバテソーロのキャリアは、まるで彼自身の走りそのものだった。
2017年、JRAセレクトセールでオーナーの了徳寺健二氏に2,500万円(約224,000米ドル)で購入され、デビュー戦を含めると7戦目にして初勝利を挙げた。それは2020年4月、東京競馬場の2400m戦でのことだった。2シーズンにわたって芝で堅実に走り、22戦で3勝という成績を残した。
その後、ダートに転向したことで、信じられないほどの変貌を遂げる。2022年4月、東京競馬場ダート2100mの横浜ステークスを制したことを皮切りに、その後10戦中8勝を挙げ、2023年12月にはG1・東京大賞典で2連覇を達成した。
彼の成績には、2023年のドバイワールドカップ制覇にとどまらず、2024年メイダンでの同レースで2着、2024年と2025年のG1・サウジカップでの2着および3着、アメリカのG1・ブリーダーズカップクラシックでの5着、そしてJPN1・川崎記念やJPN2・日本テレビ盃での勝利が含まれている。
日本調教馬の歴代獲得賞金ランキング | |
2025年4月時点 | |
1. ウシュバテソーロ | ¥2,566,765,780 |
2. フォーエバーヤング | ¥2,381,930,600 |
3. イクイノックス | ¥2,215,446,100 |
4. アーモンドアイ | ¥1,915,263,900 |
5. キタサンブラック | ¥1,876,843,000 |
6. パンサラッサ | ¥1,844,663,200 |
7. テイエムオペラオー | ¥1,835,189,000 |
8. ドウデュース | ¥1,775,875,800 |
9. ジェンティルドンナ | ¥1,726,030,400 |
10. オルフェーヴル | ¥1,576,213,000 |
ウシュバテソーロ以前、高木登調教師にとって唯一のトップクラスの馬は、2014年のG1・スプリンターズステークスを制したスノードラゴンで、その後はチャンピオン障害馬・ニシノデイジーを育てたが、ウシュバテソーロは一線を画す存在だった。
東京出身の高木調教師は、若い頃に乗馬を始め、神奈川の友人の乗馬クラブで馬術の基礎を学んだ。1988年秋、伊藤正徳調教師の厩舎で厩務員としてキャリアをスタートし、その後4人の調教師の助手を務めた後、2007年に自ら調教師免許を取得した。
59歳の高木調教師は、ウシュバテソーロという高い注目を集める馬を持つプレッシャーを感じたこともあるが、ほとんどの時は、すべてがウシュバテソーロとその自我に委ねられていたという。
「若馬の頃はレースで全くコントロールが効かなかったので、道中我慢させることを覚えさせていたので、(後方からのレースを見ていて)特に不安はないですけど。でも年齢を重ねてからだんだん進んでいかなかくなった部分はあるので、去年からブリンカーを付けてます」
「23年の第1回の時は挑戦者だと思っていたので、枠もギリギリ入ったくらいなので、挑戦者の立場っていう感じでプレッシャーとかは感じませんでしたね。周りの期待は大きかったですけど、淡々とやってました」
「昨年のレース前は確かにプレッシャーはありましたね。みんな注目もしているし、サウジでも2着してるし、状態も乗ってたのでいい競馬はするんだろうなとは思ってたんですけども」
ウシュバテソーロのオーナーは2024年1月、東京大賞典を最後にその年末で引退することを発表したが、再考の結果、リヤドとドバイでの2戦の国際引退ツアーを行うこととなった。
これが本当にウシュバテソーロのキャリアの終わりなのか尋ねられると、高木調教師はきっぱり「間違いなく」と答えた。
ウシュバテソーロが最高の栄光を手にした場所で、引退にふさわしい別れを迎えるのは当然のことだった。その勝利について高木調教師は「勝った後はもう最高でしたよ」と語った。
ウシュバテソーロは今回、見事な6着でレースを終えた。もはやドバイワールドカップでライバルたちを追い詰めるためのスピードと力は残っていなかったかもしれないが、この不屈の魂は、後方からの追い込みが不可能だとは認めなかった。ウシュバテソーロは最後まで自分自身のやり方を貫き通した。
その姿こそがファンたちの記憶に残ることだろう。