ブリーダーズカップでの歴史的快挙に向け、川田将雅が挑む。今年ウシュバテソーロとリメイクを託された川田が見せるのは、釣りで培った『忍耐と直感』のアプローチだ。だが、リバティアイランドが天皇賞で敗れたことについては、今でも困惑を隠せない。
川田がプライベートで楽しむのは琵琶湖での釣り。時には友人や家族と、時にはひとりで釣り糸を垂らす。彼は穏やかに微笑みながら「インスタを見たんですね」と流暢な英語で話す。
釣りで必要な忍耐力と、その後に訪れる達成感を川田はよく知っている。琵琶湖での静寂とブリーダーズカップが開催されるデルマー競馬場での喧騒とはかけ離れているが、焦らず冷静に集中することが彼の得意技だ。土曜日のG1・ブリーダーズカップクラシックに向けてもその特性が生きる。
二日間にわたるブリーダーズカップのメインレースで川田が騎乗するのは、高木登厩舎のウシュバテソーロだ。火曜日の調教で調教助手を振り落としてもつれる場面を見せた通り、この7歳のダートの実力馬は父オルフェーヴル譲りのやんちゃな一面を持つ。「よく問題を起こすんです」と川田は笑うが、その声には愛着がにじむ。
おっと!ウシュバテソーロくん(7さい)、アメリカで調教助手さんを振り落とす😲
— Idol Horse (@idolhorsedotcom) October 28, 2024
BCクラシックに向けてデルマーでの調整も順調、様子もいつも通りの模様。昨年はゲート入り拒否が話題になっていましたが、何かと注目の的のようです😅#ウシュバテソーロ | @BreedersCup pic.twitter.com/BQGq7t7xes
何しろ、ウシュバテソーロはドバイワールドカップでG1制覇を果たした相棒だ。二人のタッグはそのときが初めてで、その後7戦3勝、2着3回、5着1回という成績を残している。その5着は昨年のサンタアニタでのブリーダーズカップクラシックだったが、川田の作戦通り後方に控えて直線で差し届かずに終わった。
「調教と一緒ですね。走りたくないですから、基本的には。やる気が無いので。なので前半はもうゆっくり行くしかないと。で、途中から『じゃあそろそろ働くか』と。で、やっと動こうとしてくれるってくらいのイメージなので、彼がそろそろ動かないといけないなと、働かないとなって思うように誘導するのが僕の仕事だと思っています」と、川田はIdol Horseの通訳を務めるフランク・チャンを介して語った。
「すごく自分っていうものを持ってる馬なので、彼の意思っていうものがすごく強いですから、その意思を良い方向にもっていけるように、走ることをやめるというのも彼の選択肢の一つですから、そうならないように最後まで頑張って、レースを走りきるってところに気持ちをおける、そうなれるように話し合うってところですね」
「とても馬の気持ちというものを大事に乗ってるつもりです。やはり生き物なので、馬が走ろうっていう気持ちにならなければ走ってくれないですから。こちらが強制的に走れとやるよりは、本人が走らないとと思ってくれるようにと、馬と接しているつもりです」
川田将雅は、ウシュバテソーロの心に火をつけゴールまで導く術を心得ているが、問題は『いつ』加速のスイッチが入るかだ。9月の前哨戦の船橋での競馬では、加速が遅れ逃げ馬ウィリアムバローズを1馬身差捉えきれなかっただけに、今回はウシュバテソーロの強い意志と豊かな才能が噛み合い、記念すべき勝利を掴むことが期待される。
2022年度JRAリーディングジョッキーの川田は、すでにデルマーで日本調教馬による歴史的な勝利を飾った実績を持つ。2021年、彼はブリーダーズカップフィリー&メアターフでラヴズオンリーユーに騎乗し日本馬初の快挙を達成したが、その功績については「(歴史は)僕が作ったわけじゃなくラヴズが作ってくれたものですからね」と語る。
デルマーのファンから熱い祝福を受けたあの日を川田は今も鮮明に覚えている。
「サンタアニタよりこっちの方が好きです。勝った後みんなのとこに戻って、チームのみんながあれだけ喜んでる姿も見ましたし、何よりこのデルマー競馬場のスタッフの方々が、帰ってる最中もみんなが称えてくれて、日本馬が初めて勝ったこの瞬間を、この現地のここのスタッフの方たちがすごく称えてくれるってことが、本当にありがたかったし、そこにも感動しました」と打ち明けた。
レース当日、彼の思いはただ一点「このレースで勝つこと」に集中していたが、それは今回も変わらない。「今回は昨年に続き一番メインのクラシックにウシュバとともにチャレンジしますので、一番ブリーダーズカップの中のメインのクラシックを勝ちきれるようにと準備してきてますので、そこへのトライですね」
川田はデルマー競馬場のコースについては心配していない。1マイルのオーバルで、約280メートルの直線という小回りコースだが「日本の地方競馬はタイトなレースコースばかりですから、そこで彼はちゃんと実績を出してる馬ですので、そこへの心配は何にも無いです。同じ左回りで、コーナーもタイトで、直線も似たぐらいですしね。船橋の方がもうちょっとゆとりあるかなと思うぐらいですので、川崎の方が近いかなというイメージです(同馬は川崎で勝利を挙げている)」
土曜日にはウシュバテソーロの他に、G1・ブリーダーズカップスプリントではリメイクにも騎乗予定の川田。新谷功一厩舎の5歳馬で、G3・コリアスプリントを2度制している実績があるが、リメイクもまた慎重にレースを進めることを求められる馬だ。
「ウシュバテソーロとは違う理由で後ろからの競馬が多くなっている」と川田は語る。「彼は若いときは力みすぎてたので、そこで体力を消耗しすぎてしまうってところがあったので、それを最後ゴール入るとこまでに良い形で使い切れるようにと教育した結果が今の走りです」
川田は、馬の心情とつながることに長けており、レース中の手応えや終いの脚がどれほど残っているかを鋭く見極める力を持つ。しかし、時には計画通りにいかず、最も直感力のある騎手でさえ困惑することがある。
先週日曜日のG1・天皇賞(秋)ではまさにそのような事態が起きた。圧倒的な才能を持つ牝馬、リバティアイランドが、最終コーナーを迎える段階では素晴らしい手応えでスムーズに進み、豪快な加速で勝利を掴むかと思われた。しかし、昨シーズンの牝馬三冠を制した同馬は最後の直線に差し掛かると失速し、そのまま馬群に沈んだ。
「正直分からなさすぎて、というところですね」と川田は話す。
「具合もすごく良かったですし、4コーナーまでの彼女の雰囲気はとても素晴らしかったですから、楽に勝てる雰囲気でした、乗ってる感覚は。ただ、直線向く直前に急に動けなくなってしまって。何故ここまでなってしまったのが正直分からないっていうところで、ゴール入った後もとても疲れ切った感じなので、それも普通ではないっていうのが 残念ながら今のところはっきりとした答えが出ないところですね」
だが、あの失望の記憶を振り払って、川田の目は次の戦いに向いている。今回のブリーダーズカップクラシックではウシュバテソーロを、ライバルのフォーエバーヤングやアメリカのスターホース、フィアースネス、そしてヨーロッパのトップホース、シティオブトロイとの激戦の中で導かねばならない。
湖上の優秀な釣り人のように、川田は集中を切らさず忍耐力と技術、判断力を駆使して、新たな歴史的な獲物を手にすることを目指す。