10月6日、長い歴史を持つモーリシャスの競馬は、その短くも波乱に満ちた激動の時代に終止符を打った。
この日、歴史あるポートルイスのシャンドマルス競馬場では、ピープルズターフ社(People’s Turf Plc, PTP)による管理下での最後の競馬開催が行われた。インド洋に浮かぶ島で繰り広げられるモーリシャス競馬の『ドラマ』がどのような形で着地するかは、11月10日の国民議会選挙に左右されることになるだろう。
しかし、4月にタイパ競馬場の閉鎖で廃止されたマカオ競馬や、前の日に廃止されたシンガポール競馬とは状況が違う。モーリシャス競馬はまだ廃止されていない。
PTPはプティギャマンに砂地の複合施設を所有しており、必要なライセンスを取得できればその地で競馬開催を行える。また、現在活動を停止しているモーリシャスターフクラブ(MTC)も候補の一つだ。政府の指示を取り付ければ、2025年からシャンドマルス競馬場での競馬開催を再開したいと考えている。
競馬界の衰退
依然として、モーリシャス競馬が厳しい状況下に置かれているのは確かだ。PTPは恒例の騎手招待競走を最後まで開催していたが、同社管理下での競馬が衰退していることを象徴するような結果だった。
モーリシャスの騎手招待競走は世界的にも名を馳せており、フランキー・デットーリ騎手やクリストフ・スミヨン騎手といったスター騎手が出場することで知られている。しかし、今年の大会では有名な騎手は出場せず、個人戦はベニー・ウッドワース騎手が、団体戦はマレーシアのチームが優勝した。
昨年の夏、匿名を条件にIdol Horseの取材に応じた元競馬関係者は、PTPが「競馬界を破壊した」と話し、「プラビンド・ジュグノート首相もようやく競馬界の惨状が自身の票集めに悪影響を及ぼしかねないと理解し始めただろう」と語る。
モーリシャスターフクラブはいずれ復活するだろうが、その道は険しいものがあり、競馬界の復興には時間がかかる。先述の関係者を含め、Idol Horseが取材した他の関係者も口々にこの見解に同意する。
「かつてはリスペクトされていました」と語るのは、取材に応じた関係者だ。
「以前はシーズン終盤に世界的な騎手が来訪して、この国で最も人気のあるスポーツとして競馬は君臨していました。昔は観光客も競馬を観に集まってきましたが、それも昔の光景です。馬鹿馬鹿しい話です」
政治的な駆け引きに巻き込まれた競馬界は衰退し、今となってはかつてのような国民的な娯楽の地位を失っている。しかし、人口120万人のこの国ではそれでも、国政選挙の争点になるような人気を保っている。
運営権の行方
「モーリシャスの人々にとって娯楽は3つ。1つ目は地元の政治談義、2つ目はイギリスのプレミアリーグ、そして最後にモーリシャス競馬です」
Idol Horseの取材に対してそう語るのは、モーリシャスターフクラブ(MTC)のギャヴィン・グローヴァー会長だ。
グローヴァー会長の本業は弁護士であり、野党の労働党で党首を務めるナヴィン・ラングーラム氏も担当している。PTPに競馬開催が移って以来、MTCの会員の間では野党連合への支持が高まっているという。
この2年間、MTCは競馬開催への復帰の機会を伺い続けてきた。1812年から2022年までの間、政府が所有する競馬場を借りて開催を運営しており、隣接するグランドスタンドも所有している。
9月27日、MTCはコートドール・レースコース・アンド・エンターテイメントコンプレックス社(COIREC)に対し、競馬場の独占リース権5年の申請を提出した。これが承認されれば、MTCは再び競馬運営者の立場に復帰し、競馬界の未来が保証されることになる。
しかし、その直後に第三者団体からシャンドマルス競馬場で2025年の競馬運営を目指す旨の意見書が提出され、状況は一変。この団体の背景や詳細は公開されていないが、地元紙ル・モーリシャンやレクスプレスが匿名の情報筋を元に報じた記事によると、PTPのジャン・ミシェル・リー・シム氏が関与している可能性が高いという。
PTPによる運営
PTPが2022年6月からシャンドマルス競馬場での開催運営を引き継いで以来、両者の関係は悪化している。2022年はこの2つの団体が週替わりで20開催を運営したが、財政的に厳しくなったMTCがその年限りで撤退。以降、2023年と2024年はPTPが単独で運営している。
情報筋によると、その状況がリー・シム氏の暗躍を招いたという。同氏とPTPは競走馬を購入して輸入、その馬を馬主に貸し出している。この島最大の賭博業者である人物がこれを行うという事実は、競馬の公平性への懸念に繋がっている。
そして、PTPにはシャンドマルス競馬場の施設管理、特にコースの維持管理に対する非難が集中している。馬主や調教師も撤退が相次ぎ、ソウン・グジャドール調教師、パトリック・マーヴェン調教師、ラメシュワル・グジャドール調教師といった有名トレーナーも厩舎を閉鎖した。
それに加えて、ドーピングの多発、大レースでの落馬事故、プティギャマンでの移民労働者の不正行為といった問題が起こり、頭数の減少による質の低下も起こった。また、モーリシャスでは度々噂に聞く汚職の魔の手も迫っており、馬券の売り上げは減少の一途を辿っている。
モーリシャス出身で最も海外で成功した騎手、香港のカリス・ティータン騎手はIdol Horseの取材に応じ、活況があったかつてのシャンドマルス競馬場を懐かしむコメントを残した。
「モーリシャスでは競馬が唯一の人気スポーツでした。週末は家族揃って競馬場に遊びに行ったり、毎週土曜日に家族みんなで競馬中継を見たり。一日中放送されていました」
「ここ数年で人気に陰りが見え、昔ほどの人気はありません。ですが、若い頃はもっと大勢の人々が盛り上がり、グジャドールのように応援する厩舎の名前が入った旗を掲げて応援していました」
現政権が成立すると、政治的な駆け引きはより激しさを増した。2014年にラリアンス・レペップ連合の一員として台頭すると、2019年の総選挙を機にその勢いは加速。コロナ禍で財政難に陥ったMTCを尻目に、PTPに運営権を渡すという状況に至った。
PTPの主要株主でもあるリー・シム氏の本業は実業家で、賭博運営企業の『SMS Pariaz』を所有している。モーリシャスの関係者によると、この国の全てのカジノを手中に収め、固定オッズのブックメーカー方式で賭けを提供しているのもこの業者のみ。まさに、ギャンブルを支配している状況だと話す。
また、与党である中道左派のモーリシャス社会主義運動(MSM)とジュグノート首相に対する、大口の献金者としても知られている。
2021年に国際組織犯罪対策会議が発表した報告書によると、リー・シム氏は党の支援者として名指しで挙げられており、「与党のMSMは違法薬物市場の資金洗浄先として疑われているギャンブル業界から多額の献金を受けた」と指摘されている。
政治の動き
PTPとMTCの栄枯盛衰は、2007年のギャンブル規制当局(GRA)設立から始まる、長い物語の一つに過ぎない。GRAはその役割だけでなく、業界全体に対する政府の統制拡大にも利用されてきた。
2015年3月、リチャード・パリー氏、ポール・スコットニー氏、ベン・ガン氏の3名によって提出された通称『パリー報告書』では、独立した競馬の監督組織を立ち上げ、MTCは引き続きレースの運営を任されるべきと提言された。
しかし、これは却下され、GRAの一部門として競馬部署(HRD)が設立された。この判断に対しては、政府の閣僚やGRAの役員が自らの利益のために競馬に干渉し、MTCの運営を妨害していると非難する声も上がっている。
MTCは現在、シャンドマルス競馬場での開催再開に向けて政府と協議を続けているが、合意には至っていない。共同運営では財政的に厳しいため、単独運営での競馬開催は譲れない条件となっている。
リー・シム氏のギャンブル業界での利益を考えれば、モーリシャス競馬の存続と繁栄は彼にとっても大きな利益に繋がるだろうが、政治的な立ち位置やMTCとの対立が物事を複雑化させる要因となっている。
また、週末の開催日では、かつてHRDのトップを務めたウェイン・ウッド氏が姿を見せたことも話題を呼んだ。ウッド氏のモーリシャスへの帰還と、謎の第三者による参入意向、地元紙のル・モーリシャンはこの2つが偶然にしては奇妙なほど出来すぎていると指摘した。もちろん、単なる偶然の可能性も捨てきれないが。
MTCにとって、競馬運営の舞台への復帰は死活問題だ。しかし、仮に復帰が実現しても、荒れたシャンドマルス競馬場と数を減らした競走馬が待ち受けている。ファンの信頼と人気も低下しており、復興への道は険しいものだ。
モーリシャス競馬はまだ生きているが、良好ではない。次の総選挙は競馬の未来を左右し、どの団体が運営権を握るかも選挙の結果に委ねられるだろう。
212年の歴史を持つMTCが競馬運営を続けられるかどうかは、政治の動きに懸っている。