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ジェリー・チョウ騎手がこの瞬間を忘れることは、きっと生涯一度もないだろう。

25歳の若き騎手は鞍上で立ち上がり、ソウル競馬場のスタンドに向かって指を突き上げ、信じられないというように自らの胸を叩いた。その表情には驚きと歓喜が入り混じっていた。シャティン競馬場でクラス3から抜け出すのにも苦労していた条件馬に騎乗し、初めての海外遠征で韓国のG3・コリアスプリントを制したのだ。

コリアスプリントは韓国競馬で第2の賞金規模を誇るレースだ。この勝利で優勝賞金の50万米ドル(約7350万円)を手にすることとなったが、チョウにとっては賞金だけが目的の遠征というわけではなかった。

香港生まれの騎手が、香港生まれの調教師とともに、地元を代表して海外に挑み、日本のレジェンド・武豊騎手が騎乗する断然人気馬を打ち破った、これこそに真の意味があった。

「本当にすごいことです」と、チョウのIdol Horseの取材に対して心境を打ち明ける。

「レース前はレーティングが心配でした。(セルフインプルーブメントは)他馬より30ポイントも低かったんです。でも、事前のトライアルでは良い動きを見せていましたし、環境にもすぐ慣れてくれました。良い競馬はできると思っていましたが、まさか勝てるとは思っていませんでした」

この勝利は、ソウルだけでなく、海外馬券発売が行われていた香港・シャティンのファンにも大きな衝撃を与えた。マンフレッド・マン厩舎のセルフインプルーブメントは、地元の香港ではレーティングが83、29戦4勝という実績しかなかった。

「誰も彼にチャンスがあるとは思っていませんでした。だからこそ、ゴールした瞬間は最高の気分でした」とチョウは満面の笑みを見せる。

「とてもラッキーでした。レース当日までずっと雨が降っていたおかげで、馬場状態がシャティンのオールウェザーコースに似たものになり、この馬にとって走りやすくなったんです」

セルフインプルーブメントは好スタートから好位をキープし、レースを進めた。しかし直線で内からチカッパが迫り、掲示板止まりに甘んじるかのように見えた。

夏休みの数週間を返上し、志願でセルフインプルーブメントへの騎乗を勝ち取ったチョウ。最後の直線ではその全てを懸け、1.3倍の一番人気馬・チカッパとの激闘を制した。

「馬が横に来たとき、『絶対に負けたくない』と思いました」

「幸い、セルフインプルーブメントにはまだ手応えが残っていると感じたので、残り100mでムチを右手に持ち替えたんです。すると彼は素晴らしい反応を見せて、最後まで必死に戦ってくれました」

香港生まれの騎手が、香港生まれの調教師の管理馬に騎乗し、世界の舞台で勝利をつかむ。その誇りはチョウにとって何物にも代えがたいものだった。

「私たちにとって本当に大きな意味があります。厩舎スタッフは懸命に働いてくれましたし、オーナーも大勢の応援団を引き連れて、応援に駆けつけてくれました。今夏は早めに香港へ戻って騎乗機会を得られたことが、今回の勝利につながったのだと思います」

「ゴールデンシックスティのように、香港で生まれた騎手と調教師のコンビです。大きな競馬場に集まった多くの観客が温かく迎えてくれ、香港代表として戦えたことを誇りに思います」

コリアスプリントを制した翌日、チョウはさらに大きな偉業にあと一歩まで迫った。G3勝ち馬のチェンチェングローリーに騎乗し、G3・コリアカップで2着。日本馬のディクテオンにゴール前で差し切られ、わずか1馬身差の惜敗となった。

セルフインプルーブメントの今後については、現時点では未定だ。ブリーダーズカップ挑戦は現実的ではないと見られるが、ドバイやサウジアラビア遠征の可能性は現実的な選択肢となりそうだ。

一方、チョウ自身の目標はより身近なところにある。香港でさらなる勝利を重ね、その勢いを海外遠征につなげることだ。

「まずは香港でもっと勝つこと。それが第一目標です。そのうえで、海外で騎乗するチャンスを生かし、経験を積んでいきたいです」

「レース後にはブリーダーズカップの話も出ましたが、実現は難しいでしょう。ドバイやサウジへの遠征が実現できれば素晴らしいですね」

ジャック・ダウリング、Idol Horseの競馬ジャーナリスト。2012年、グッドウッド競馬場で行われたサセックスステークスでフランケルが圧勝する姿を見て以来、競馬に情熱を注いできた。イギリス、アメリカ、フランスの競馬を取材した後、2023年に香港へ移る。サウス・チャイナ・モーニング・ポスト、レーシング・ポスト、PA Mediaなどでの執筆経験がある。

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