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土曜日、G1・ドバイワールドカップ(2000m)はゴール直前で様相が一変。フローレン・ジェルー騎手のヒットショーがゴール前で一気の強襲、一時はフランキー・デットーリ騎手の大金星かと思われた展開をひっくり返した。

しかし、この日のメイダン競馬場は『サウジ現象』とも呼べる傾向が結果に色濃く現れていた。5週間前、サウジアラビアのリヤドで主役を担った4頭、フォーエバーヤング、ロマンチックウォリアー、ストレートノーチェイサー、シンエンペラーは揃って精彩を欠き、中には惨敗に終わる馬もいた。

香港の英雄、ロマンチックウォリアーはG1・ドバイターフ(1800m)でソウルラッシュのハナ差2着に敗れ去る惜敗。フォーエバーヤングは一本かぶりのドバイワールドカップで完敗の3着、シンエンペラーはG1・ドバイシーマクラシック(2410m)で不本意な7着に終わった。

そして、アメリカから来た短距離路線のスター、ストレートノーチェイサーはG1・ドバイゴールデンシャヒーン(1200m)で見せ場無しの惨敗を喫した。

「馬は機械ではない」とはよく言ったものだが、フォーエバーヤングの凡走はその格言に重みを与える結果になった。

矢作芳人厩舎の同馬は、公式のレーティング上では頭一つ抜けた存在。前走のG1・サウジカップ(1800m)では、世界最強の芝馬とも目されるロマンチックウォリアーを差し返し、今回もどんな走りを見せるのかという前評判で臨んだレースだった。

レース前、フォーエバーヤングの鞍上を務める坂井瑠星騎手は、戸崎圭太騎手など5人の日本人ジョッキーとともに、ダートと芝の馬場状態を確認する姿が目撃されていた。

坂井はまず、ダートコースのラスト1ハロン地点で砂を手に取り、指先で触感を確かめる。その後、内ラチ沿いを数メートル歩き、芝生のコンディションを入念にチェック。まさに入念と言えるような準備を整えていた。

Japanese jockeys survey the turf and dirt tracks at Meydan. Video: David Morgan

しかし、その入念な準備とは裏腹に、結末は想定外のものだった。フォーエバーヤングはゴール前の勝負どころを迎える前に早々と脚色が鈍り、坂井の懸命な奮闘に応えて盛り返しを見せるも、結果は3着。数週間前、世界最高賞金のレースを制したときのような強い姿は見る影もなかった。

「スタートは良かったので、できれば2番手あたりで運びたかったのですが、(坂井)瑠星の話では、馬が進んでいかなかったと。直線では盛り返しましたが、道中は進みが悪かった。今後はこれを受け止めて次に繋げたいです」と、矢作芳人調教師はレース後にコメント。

「まだまだ調教師も、弟子も足りないということで、また仕切り直しでやり直します」

しかし、矢作は詳細こそ明かしていないが、レース当日の扱いに不満を抱いていたことも口にしている。今年の開催はパドックや検量室周辺が杜撰な警備のせいで大混乱になっており、多くの調教師、騎手、メディア関係者が怒りや困惑を覚える一夜となっていた。

実際、矢作自身もフォーエバーヤングの鞍を片手に装鞍所へ向かおうとしたが、警備員との間に手違いがあって、そのまま追い返されるという一悶着が起きていた。同様の目に遭った陣営も少なくはないという。

「残念ながら、我々はアウェーの洗礼を受けましたが、それは言い訳になるので言いたくない部分もあります。酷い仕打ちを受けて、馬はイレこんでしまいました。それはマイナスの要因でしたが、跳ね返さないといけないことでもありました。負けたことの言い訳にはならないと思います」

FOREVER YOUNG / G1 Dubai World Cup // Meydan /// 2025 //// Photo by Shuhei Okada

伸びあぐねるフォーエバーヤングを尻目に、レースの主導権を握ったのは、4度のドバイワールドカップ制覇を誇る名手、デットーリ騎手だった。

イギリスでの破産申請などトラブルの渦中にいるデットーリだが、この日は残り300m地点で逃げるウォークオブザスターズを交わし、騎乗馬のミクストとともに先頭に躍り出る。レースは早くもマッチレースの様相を呈し、デットーリ会心の騎乗が炸裂するかと思われた。

しかし、ここで飛んできたのがフローレン・ジェルー騎手のヒットショー。ブラッド・コックス厩舎の5歳馬だ。

レース後のインタビューに応じたジェルーは、思わず「アメージング」とその驚きを口にした。

「素晴らしい走りでいた。道中はずっと良い手応えで追走できて、馬群の間も上手く掻い潜って伸びて来れました。コーナーでフォーエバーヤングが前にいたときは嫌な予感がしましたよ」

「正直、今も信じられません。夢が叶いました。なんでそんなに走るのかは分かりませんが、乗るたびにいつも頑張ってくれる仔なんです」

コックス調教師は現地ではなくアメリカからのレース観戦となったが、カタール王室が率いるワスナンレーシング所有馬が演出した快勝の興奮を、電話越しに伝えてくれた。

秋にはG1・ブリーダーズカップ・クラシックを目指す方針のこの馬について、コックスは以下のようにコメント。

「昨年の秋ぐらいから本格化して、勝ち星を量産しています。馬も自信に満ちあふれ、勝ち癖がついたってところでしょうか。本当に最高の馬ですね」

「彼(フローレン・ジェルー騎手)も気に入ってコンスタントに騎乗してくれていますし、良い走りを見せてくれました。フローレンが乗ると馬が伸びるんですよね……本当にワールドクラスのジョッキーですよ」

FLORENT GEROUX / G1 Dubai World Cup // Meydan /// 2025 //// Photo by Shuhei Okada

フォーエバーヤングは残念な結果に終わったものの、日本勢はこの日3勝。大戦果の一日となった。

池江泰寿厩舎のソウルラッシュはドバイターフでロマンチックウォリアーを破り、G1・安田記念で敗れた相手に雪辱を果たす勝利に。また、クリスチャン・デムーロ騎手は昨年、ナミュールでハナ差敗れた苦い記憶があるだけに、鞍上にとってもリベンジの意味合いが大きい勝利だった。

 「昨年は敗れた側でしたが、今年は勝った側でしたね。運も味方してくれました」とデムーロはコメント。

「ソウルラッシュは世界最強の馬に勝ったんです。ロマンチックウォリアーの後ろに付けて、良い競馬ができました。昨年は勝ったと思ったら2着だったので、今年は先走らないように待っていたんです。それだけに嬉しいですね」

「ロマンチックウォリアーはジェベルハッタを勝った後、サウジでもう一回使っていたので、今日はちょっと疲労があったのかもしれないですね。今日のソウルラッシュは万全のコンディションで走ることができました」

SOUL RUSH, ROMANTIC WARRIOR / G1 Dubai Turf // Meydan /// 2025 //// Photo by Emirates Racing Authority

一方、昨年のG1・日本ダービー馬である安田翔伍厩舎はダノンデサイルは、ドバイシーマクラシックを快勝して今年2連勝。今後、この路線のどのレースに矛先を向けても有力な存在であると証明するような走りだった。

戸崎圭太騎手の好騎乗もあり、昨年の勝ち馬であるレベルスロマンスやカランダガンを抑えての勝利。3着にはドゥレッツァが入った。この先の目標として、8月にヨーク競馬場で開催されるG1・インターナショナルステークスに参戦する可能性も取り沙汰されたが、陣営は「馬の様子を見て話し合う」と慎重な姿勢を崩さなかった。

また、クリストフ・ルメール騎手が騎乗してG2・UAEダービーを制したアドマイヤデイトナは、G1・ケンタッキーダービーへの参戦を明言。加藤征弘調教師がレース後に明かした。

ADMIRE DAYTONA / G2 UAE Derby // Meydan /// 2025 //// Photo by Shuhei Okada

ダート短距離の頂点を決めるドバイゴールデンシャヒーンは戦前、前年覇者のタズとアメリカのストレートノーチェイサーによる頂上決戦と目されていた。しかし、レースが始まると予想を覆す展開に。後者は流れに乗れず8着に沈み、タズは3着止まり。

コナー・ビーズリー騎手が手綱を取った、ダークサフロンの逃げ切り勝ちという結末が待っていた。

ビーズリーにとっては騎手人生で最高の一日だったことだろう。この日の開幕戦、純血アラブ限定G1のドバイカハイラクラシックもダグ・ワトソン厩舎のファーストクラスで勝利し、G1を2勝する一日となった。

G1・アルクォーツスプリントでは、ウィリアム・ビュイック騎手が見事な手綱捌きで接戦を制した。ジョージ・ボウヒー厩舎のビリーヴィングが3頭の大接戦を制して1着、僅差の2着にはウインカーネリアン、3着にはリージョナルが続いた。

なお、このレースでは香港のハウディープイズユアラブが故障発生で競走中止。予後不良と診断され、安楽死の処置が執られた。

デットーリはメインレースのドバイワールドカップこそ既の所で勝利を逃したが、その直前には往年の姿を彷彿とさせる活躍を見せていた。かつて、ゴドルフィンの主戦騎手としてドバイを席巻したデットーリは、G2・ゴドルフィンマイルをダグ・オニール厩舎のレイジングトレントで制し、通算24勝目となるドバイWCデーでの勝利を挙げた。

デットーリは54歳になるが、名物のフライングディスマウント(馬上からの飛び降り)を元気に披露していた姿も印象的だった。

さらにもう一つ、懐かしさを覚える一幕もあった。シルヴェスター・デソウサ騎手、サイード・ビンスルール調教師、そしてゴドルフィンが手を組んだ9歳馬のドバイフューチャーが、G2・ドバイゴールドカップを勝利。

2014年のドバイワールドカップ勝ち馬、アフリカンストーリーを彷彿とさせるタッグが再び栄冠を手にした。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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