まさに天が与えた巡り合わせのように思えた。メルボルンカップを知り尽くした名伯楽、故バート・カミングス調教師の孫であり、クリーンなイメージを持つ若き才能が、世界的に知られるロイヤルブルーの勝負服を託されたのだから。
20代のうちに、ジェームズ・カミングス調教師は世界の競馬界で最も羨望を集めるポジションの一つを手にした。すなわち、シェイク・モハメド・ビン・ラーシド・アル・マクトゥームが率いる、あのゴドルフィンのオーストラリア部門を率いる立場である。
成功は、当然のようについてくるはずだった。そして、実際にそれは実現した。
しかし現在、オーストラリアにおける管理馬の減少、さらにゴドルフィンがオンラインセールを通じて競走馬を次々に売却している状況の中で、カミングスとゴドルフィンの豪州拠点は南半球で最も厳しい局面に直面している。
では、ゴドルフィンのオーストラリアにおける未来はどうなるのか? そして、どれほど事業縮小が進んでいるのか?
まず重要なのは、主任調教師(ヘッドトレーナー)としての立場だ。
Idol Horseが複数の関係者に取材したところ、カミングスは今季終了後もゴドルフィン・オーストラリアの主任調教師として続投する専属契約を、いまだに結んでいないという。
彼の厩舎は現在、シドニーとメルボルンの秋の大レースで大忙しだ。ゆえに、契約交渉のタイミングも急を要する。

ゴドルフィンの関係者によれば、カミングス自身は栄光のロイヤルブルーチームとの契約延長を強く望んでおり、オーストラリア年度代表馬のアナモーや短距離王者であるビヴァークの産駒を管理できる魅力は大きいという。
しかし、周囲の有力勢力が彼を放っておくはずがない。
例えば、香港ジョッキークラブ(HKJC)は調教師陣の若返りを推進しており、かつてデヴィッド・ユースタス調教師を積極的に勧誘して引き抜いたように、カミングスにも関心を示している可能性がある。
また、彼がかつて行っていたように、一般的な調教師として独立する道も開かれている。バート・カミングスが2015年に逝去した直後、彼はいったんこの道を選んで他のオーナーの馬も預かっていた。
しかし、そもそもゴドルフィンはオーストラリアにおいてヘッドトレーナー制度を続けるつもりがあるのか?
むしろ、管理馬を複数の厩舎に分散させる方針を取る可能性もある。
実際、アンソニー & サム・フリードマン厩舎は、ゴドルフィンの馬を管理する機会は限られていたものの、着実に結果を残している。また、ゴドルフィン・オーストラリアの新しいマネージングディレクターであるアンディ・マキヴ氏(前任のヴィン・コックス氏がユーロンに転身後、ようやく任命された)は、過去に亡くなったオーナー、コリン・マッケナ氏の馬を複数の調教師に振り分けた実績を持つ。
ジョッキーに関しても、ゴドルフィンは契約騎手の制度から距離を置くようになった。例えば、ジェームズ・マクドナルドは今や世界トップクラスの騎手として認められており、主にクリス・ウォラー厩舎の主戦を務める一方、ゴドルフィンの有力馬にも騎乗する立場となっている。
今週、中国の大富豪である張月勝(チャン・ユエシェン)氏が率いるユーロンが、ゴドルフィンのオーストラリア事業を買収間近であるとの憶測が一気に広まった。
この2つの競馬界の巨人には共通点がある。ヴィン・コックス氏は2023年末までゴドルフィン・オーストラリアの代表を務めていたが、その後ユーロンのトップに就任している。
しかし、コックス氏本人は「この噂には何の根拠もありません」と憶測を一蹴している。「この話は何ヶ月も前から出回っていますが、もし張氏がその方向に進もうとしているなら、私が知らないはずがありません」と強く否定した。
それでも、数字が示す現実は厳しい。
カミングス厩舎の今年度の管理馬数は、7月31日のシーズン終了時点で約650頭にとどまる見込みだ。これは、彼がゴドルフィンの調教師に就任した初期の2018/19シーズン(1276頭)のほぼ半分の水準である。

夏季の出走数を見ても、前シーズンの181戦と比べて、2023/24シーズンは121戦に減少。さらに2020/21シーズンの253戦と比較すると半減している。
また、直近のシーズン(2022/23年の961戦、2023/24年の804戦)と比べても、出走数の大幅減少が続いていることは明白だ。オーストラリアのゴドルフィン事業は、確実に縮小している。
もっとも、判断材料は数字だけが全てではない。
カミングス厩舎はアナモー、インシークレット、ブロードサイディングといった名馬を輩出し、2シーズン前にはG1レース11勝という最高記録を達成したが、その勢いは衰えている。
今シーズン、ゴドルフィンのオーストラリアにおけるG1勝利は、9月にブロードサイディングが制したゴールデンローズのみ(執筆当時)であり、7ヶ月以上にわたって新たなG1勝利を挙げられていない。
さらに懸念されるのは、かつてヨーロッパからオーストラリアへ送り込まれてきた一流のG1競走馬の流れが、ほぼ完全に止まってしまったことだ。
ハートネル、コントリビューター、アヴィリウス、カスカディアンといったG1馬は、かつてゴドルフィンによってオーストラリアに送られ、同国のG1戦線を席巻してきた。しかし、カスカディアンが2019年に到着して以来、ゴドルフィンの欧州拠点からオーストラリアに移籍したG1クラスの競走馬は皆無である。
この変化の背景には、かつてゴドルフィンのオーストラリア事業を積極的に支えていたジョン・ファーガソン氏の退任がある。
ファーガソン氏は、2017年にサイード・ビン・スルール調教師との意見対立を受けて、ゴドルフィンの最高経営責任者を辞任したが、彼はオーストラリアとヨーロッパのゴドルフィンの調教師陣を調整し、適切な馬を各国に振り分ける手腕を持っていた。
彼の退任後、欧州の一流G1馬がオーストラリアへ移籍する流れは完全に消滅し、ウィンクス引退後のオーストラリアのG1戦線ではゴドルフィンの存在感が薄れていった。

さらに、ゴドルフィンが期待をかけた種牡馬たちの苦戦も影響している。
セポイ、インペンディング、アスターン、マイクロフォンといった種牡馬は期待を裏切り、エポレットはトルコへ売却された。その半兄のヘルメットは、2度のドバイワールドカップ優勝馬サンダースノーを輩出したものの、現在はイタリアへ移籍している。
加えて、名種牡馬ロンロの死去、そしてエクシードアンドエクセルの種牡馬引退も、ゴドルフィンの血統戦略に大きな打撃を与えている。
ゴドルフィンは、自らの生産プログラムに大きく依存しているため、血統の成功が競走成績に直結する。実際、過去2年間の主要なオーストラリアのセリ市場で、ゴドルフィンはわずか1頭の牝馬しか購入していない。
現在、ビヴァークの初年度産駒が有望視されており、ブルーポイントも2世代目の産駒で成功を収めつつある。しかし、彼らがゴドルフィンの未来を支える存在になれるかは、まだ未知数だ。
シェイク・モハメドは過去20年にわたり、オーストラリア競馬において最も重要な投資家の一人であり、数百人のスタッフを雇用し続けてきた。その財政的影響は、ゴドルフィン・オーストラリアの企業記録にも明確に表れている。
直近の決算報告(2023年12月31日までの会計年度)によると、ゴドルフィン・オーストラリアは、ゴドルフィン・インターナショナル・リミテッドに対し、11億7000万豪ドル(約1100億円)もの負債を抱えている。
この負債が将来的に返済を求められるかどうかは、完全にシェイク・モハメドの判断に委ねられている。
しかし、2023年には財政的な引き締めの兆しがすでに見えていた。
オーストラリア拠点は、2022年には求められなかった約800万豪ドルの返済を、2023年にはゴドルフィン・インターナショナルに対して実施するよう指示されている。
また、2023年には競走馬の売却によって4100万豪ドル(約38億円)を売り上げており、これは2022年の1980万豪ドル(約18億円)の2倍以上に相当する。オーストラリアの経営陣は、よりスリムな運営を目指しているようだ。それでも、年間税引き後利益は3300万豪ドル(約30億円)と、依然として堅調である。
Idol Horseは本記事のためにゴドルフィンの幹部に複数回接触を試みたが、回答を得ることはできなかった。
しかし、ひとつだけ確かなのは、オーストラリア競馬界において最も重要な存在のひとつであるゴドルフィンが事業を縮小しているという事実だ。
問題は、『それがどこまで進むのか?』ということだけである。