全力ガッツポーズが大人気、ビョルン・ベイカー調教師の「インテリ派」成功術
ニュージーランド生まれ、現在はシドニーを拠点とするビョルン・ベイカー調教師。そのユニークな勝利の喜び方が話題となることが多いが、その裏には確かな戦略がある。Idol Horseのアダム・ペンギリーがその成功の秘訣を探る。
もし、まだ彼の動画を見ていないとしても、いずれ目にすることになるだろう。
ビョルン・ベイカー調教師が大声を上げる姿は、格式ある執務室、公衆の観覧席、場末のバー、さらにはタクシーの後部座席でさえ目撃されている。タクシーの車内に居たのはフライト遅延で競馬場に間に合わなかったせいだが、彼はどこにいても勝利を全力で祝う。
その様子が広く知られているのは、妻のアンドレアが彼を追いかけ、スマートフォンのカメラでその時ごとのリアクションを記録しているからだ。まるで調教師界の『ビッグ・ブラザー』のように、ベイカーの興奮はデジタルの世界に刻まれ続けている。
調教師がどのように、どこでレースを観戦するかは、それぞれに個性がある。
オーストラリアの名調教師、クリス・ウォーラーは、人目を避けるように薄暗い部屋の小さなスクリーンで観戦するのを好む。彼は、今世紀オーストラリアで最も注目されたレース、ウィンクスのラストランさえ、ロイヤルランドウィックのクイーンエリザベススタンドの片隅でひっそりと見守った。
80代の名伯楽、レス・ブリッジ調教師はクラシックレジェンドでジ・エベレストを制した際、数分前まで群衆で埋め尽くされていたパドックの柵にもたれかかり、誰にも囲まれずにその瞬間を噛み締めた。
一方、若手のミッチェル・フリードマン調教師は、スカイバードがライトニングステークスで波乱を巻き起こした際、フレミントン競馬場の最外ラチで拳を振り上げ、まるで自ら愛馬を後押しするかのように歓喜していた。

しかし、ベイカーのスタイルは一味違う。彼の勝利の瞬間は、何度も再生され、電子世界に刻まれ、彼の厩舎の躍進を後押しする要素の一つとなっているのだ。
「うちの厩舎のビジネスにとってもちろん良いことですが、競馬全体にとっても良いことだと思います」とシドニーを拠点とするビョルン・ベイカーはIdol Horseにそう語る。「多くの人が競馬の『もう一つの側面』を知る機会になりますし、ワクワク感も増します。それに何よりリアルです」
「実は、それ以外ではほとんどSNSをやっていません。普段は全く見ないですし、積極的に投稿もしません。でも、それくらいの距離感があった方が良いと思っています」
「レースのためにニュージーランドに帰ることがあるのですが、出走馬がいないのにたくさんの人が声をかけてくれて、『写真を撮りましょう』と言ってくるんです。本当に驚きですよね」
「そういう意味でも、これは間違いなく大きな助けになっています」
現代の競馬界では、特にオーストラリアのように一般の人々が馬主として手軽に競走馬を持てる環境が整っている国では、オーナー獲得競争がオンライン上の戦場で激化している。
しかし、その点でベイカーは他の調教師より一歩先を行っている。
かつては薬剤師だった彼は、10年以上前にオーストラリア競馬界に参入して以来、その型破りなキャラクターと共に業界に新風を吹き込み、オーナーに向けてこのような謳い文句でアピールしてきた。
「私の厩舎で、競馬を楽しみませんか?」
彼はスポーツマンのためのランチイベントでもお馴染みの存在で、軽妙な語り口で爆笑を誘う。レース当日にはテレビインタビューに乱入し、自分のウェブサイトを見てくれるよう宣伝するのもお決まりの流れだ。
さらには、現在オーストラリアで繰り返し放送されているフォークリフト会社のCMにも出演。競馬場のみならず、テレビでもその姿を目にする機会が増えている。
「フォークリフト会社がいつも広告を出しているのは知っていました」とベイカーは笑う。「だから、『まあ、もし俺のことが好きじゃないなら、6週間後にはもっと嫌いになってるかも』って思ってたんです」
しかし、競馬場で見せるその陽気なキャラクターとは裏腹に、ベイカーの家族やチームが知る彼の姿はまったく異なる。かつて医学の道を志していたほどの知的な人物であり、調教師としての技術を磨くことに余念がない。さらに、自身もマラソンに挑戦し、最近では『ハイロックス(Hyrox)』という競技に熱中している。これはフィットネス愛好者向けの過酷な耐久レースで、肉体的にも精神的にも限界に挑む競技だ。
ビョルン・ベイカーは、ニュージーランド競馬界の伝説的な存在、マレー・ベイカー調教師の息子として生まれ、競馬の世界に進むことはある意味で運命だった。しかし、幼少期には一度、馬との決定的な『事件』があったという。
「4歳のとき、マフィンっていうシェトランドポニーに乗っていたら、突然振り落とされました。それ以来、馬に乗るのはあまり気が進まなくなりました」と彼は振り返る。「でも、乗馬の代わりに、地上での馬の扱いには自然と長けるようになりました」
ベイカーは数学も得意で、それが競馬のオッズ分析にもつながっていった。ニュージーランドの小さな町ウッドビルで育った彼は、わずか6歳で初めて賭けをしたという。
「僕はクラスの誰よりも掛け算の九九が得意だったんでね」と、笑いながら明かす。
高校の後半になると、ベイカーの学業の才能は抜きん出ていた。教師たちは彼の優秀さを認め、1年間の飛び級を許可した。ニュージーランドのバーサリー試験(大学進学資格試験)を修了し、大学では薬学を専攻した。その後、薬剤師としてのキャリアを築き、10年にわたり世界各国で働くことになる。
シドニーで薬剤師として働いた後、ロンドン、そしてアイルランドへ。そこで競馬にのめり込み、まるで『全国巡業』のようにヨーロッパや中東の名門競馬場を巡る旅に出た。ロイヤルアスコット、バーデンバーデン、シャンティイ、ドバイと、楽しみを追い求め、馬券で一攫千金を狙った。
「2002年当時、まだ学生ローンの返済が残っていたんです」とベイカーは振り返る。「そこで父マレーが管理していたプライズドジェムに50倍のオッズで300ドル賭けたんです。ブリスベンカップを勝てば、一発逆転だと思いました」
そして、プライズドジェムは勝った。
「実際、そのおかげで学生ローンの大半を返済しました」とベイカーは冗談交じりに語る。「でも、昔からレース分析が好きでしたし、それがシドニーでやっていく上で間違いなく役立っています。調教に関しては何が効果的かよく理解しているつもりです」
30歳手前でアンドレアと結婚して落ち着くことを決めたベイカーは、ついに薬剤師の仕事を辞めることを決意した。父親の元で働き始め、2008年のオーストラリアンダービーを40倍のオッズで制覇したノムドジュやライオンテイマーといったスーパースターホースをオーストラリアに連れてきた。その後、パートナーシップを組むこととなった。
しかし、彼は自身の力で調教師として成功したいという強い思いを持っていた。
「父マレーが言ってくれた一番のアドバイスは、『もしやるなら、自力でやれ』という一言でした」とベイカーは振り返る。「その時は口論になってすごく悔しかったですが、今思えば最高の助言でした」
「それは、私がシドニーに来て、懸命に働き、顧客を獲得し、積極的に行動しなければならないことを意味していました。当時は間違いなく多くの人を怒らせたと思います。でも、それをしなければ生き残れませんでした」
それから13年が経ち、彼はただ生き残っただけではなく、オーストラリアのトップトレーナーの一人として確固たる地位を築いた。ミュージックマグネイト、サマダウト、アラパホ、オズモシス、ステフィマグネティカ、オーバーパスといったG1馬を次々と輩出し、次なるスター候補も台頭している。


ワーウィックファームの厩舎を歩くベイカーの目は細かい部分まで行き届いている。この馬の見た目は素晴らしい、この馬にはまだ課題がある、と次々と評価を口にしながら、一頭一頭を丁寧にチェックする。
さらに、新しいゴムマットの敷設が進む厩舎内で、ベイカーは何かに気づくと足を止めた。彼の視線の先には、わずかに傾いた馬房のプレートがあり、それを自ら手直しする。細部まで完璧に整えてこそ、すべてがうまく回ると考えている。
「人々は、競馬の裏側にどれだけの努力が注がれているかに気づいていないと思います」とベイカー。「ここまで顧客を獲得し、厩舎の設備を整えるのに何年もかかりました。でも今では、シドニーで最も近代的で安全、そして清潔な厩舎を持っていると自信を持って言えます」
「自己分析は常に行っています。何が効果的なのかを見極めることが重要です。私は馬の見た目にこだわっています。健康で、適切なレースに出走し、当日にしっかりとした馬体を見せることができれば、良い結果が出ると信じています」
「シドニーの競馬はポーカーのようなものです。戦略を練ることが必要で、しっかり考え抜かなければなりません」
ベイカーの厩舎は、クリス・ウォーラーやキアロン・マーといった巨大厩舎には規模では及ばない。しかし、彼の強みである細部へのこだわりと独自のSNS戦略で充分に補っている。
「今の競馬界では自由な市場を見なければいけないと思います。オーナーが何を求め何に満足するのかです。大手厩舎は、特にビッグレースでの成功を積み重ねることで投資を呼び込み、それがさらなる強さにつながっています」
「彼らに勝つのは難しいのです。彼らは複数の馬をレースに出走させますが、もし顧客が満足しているのならよいと思います。私自身の経験から言えば、馬券を買う側や馬主としては、各レースに多数の馬を出走させるよりも、勝率の高い厩舎に預けたいと思います」
ベイカーは近いうちにオーストラリア市民権を取得する予定だが、すでにこの国では競馬界の中心人物として認識されている。もちろん、妻アンドレアのカメラがその瞬間を逃すことはないだろう。
そして、土曜日のレースで彼の管理馬が勝利すれば、あの名物リアクションが再びSNSを賑わせることになるはずだ。
「調教師の仕事は、時に単なる仕事のように見られてしまうことがあります。浮き沈みがあるのがこの世界で、まさにジェットコースターのようなものです。結局のところ私たちはエンターテインメント産業にいます。楽しむことも大事なんです。誤解しないで欲しいのですが、楽しいことばかりではありません」
「でも、肩の力を抜いて、楽しみながらやるのが大切だと思っています」