フォーエバーヤングは、キーンランドの有名なセール会場を歩いたことがない。それどころか、レキシントンを訪れたことすらない。しかし、すべてが計画どおりに進めば、この秋にはこのブルーグラスの地の中心にいるはずだ。
かつて一族の何世代もの馬たちが、ある時は高額で、またある時は安価で売買されたセール会場。そのすぐ近くに位置する、競馬場の厩舎へ入ることになる。
日本競馬史上最高のダートホースであるフォーエバーヤングは、日本で種付けされ、日本で生まれ、日本で育った。それでも、その物語は父系・母系双方の祖先の故郷である米国と切っても切り離せない。
米国競馬の最高峰、G1・ケンタッキーダービーでは、歴史的快挙までわずかな差の3着。そして2025年、カリフォルニア州デルマーで行われたG1・ブリーダーズカップ・クラシックを制覇し、日本競馬の歴史を塗り替えるまでに至った。
あのブリーダーズカップ制覇は、日本が世界競馬でさらに存在感を高めたというだけでなく、馬主の藤田晋氏にとっても大きな意味を持った。
藤田氏が率いるサイバーエージェント傘下企業、Cygamesは、競走馬をモチーフにした少女たちが登場するゲームを中心に、漫画、アニメ、音楽、舞台へと幅広く展開するプロジェクト『ウマ娘』を手がけている。藤田氏をビリオネアの仲間入りへと押し上げた存在でもある。
フォーエバーヤングがデルマーで勝利するわずか4か月前には、大人気ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』の英語版が配信され、『ウマ娘』は本格的な世界展開を迎えていた。
2021年初頭に日本で配信が始まると、コロナ禍の大ヒット作となった同ゲームでは、日本の名馬たちが若い女性の姿をしたウマ娘となり、トレセン学園を舞台に別世界でその物語を紡いでいく。
フォーエバーヤングがBCクラシックを制して間もなく、ウマ娘の公式SNSは、今後登場する新キャラクターを思わせる意味深なシルエット画像を公開した。
そして迎えた今年2月24日は、『ウマ娘』にとって特別な日だった。モバイルゲーム『ウマ娘プリティーダービー』の配信5周年であり、フォーエバーヤングの5歳の誕生日でもあった。
そして予想どおり、BCクラシック覇者は、ゲーム内に登場する新しいウマ娘として発表された。ウマ娘としてのフォーエバーヤングが被っている帽子は、帽子をトレードマークとする矢作芳人調教師に因んだデザインだ。


一方、現実世界に存在する“競走馬”のフォーエバーヤングは8月31日、米国へ向けて出発し、ニューヨークへ向かった。ベルモントパークで行われるG1・ジョッキークラブゴールドカップが目標だ。
実は、母のフォエヴァーダーリングも現役時代に同地で一度だけ走り、G1・エイコーンステークスで6着となっている。フォーエバーヤングはその後、キーンランド競馬場へと移動し、今年のBCクラシックで連覇を目指す計画となっている。
ダート王者が歩む新たな米国遠征は、日本競馬が受け継いできた米国競馬との繋がり、そして現実の競馬とウマ娘が築く、相互に支え合う関係の新たな一章となる。
日本調教馬による史上初の海外G1制覇は、フランスの地で達成された。1998年8月、名手・武豊騎手を背に、シーキングザパールがモーリスドゲスト賞を制した時のことだ。しかし、そこにも米国との強いつながりがある。シーキングザパールは米国産馬で、1歳時にキーンランドのセールで主取りとなった後、個人取引で売却された馬だった。
それだけではない。同馬を管理したのは、日本競馬の海外進出を切り開いた先駆者の一人、森秀行調教師だ。森師は長年にわたり、米国産馬を日本へ導入し、その中でも優れた馬たちを世界各地で走らせてきた。
そして、ウマ娘の歴史でも重要な位置を占めている。
「シーキングザパールの頃には、日本調教馬が強くなっていると感じていました。ただ、当時の日本の関係者は世界の競馬をよく知りませんでした。だから、日本調教馬の実力を世界に示し、その価値を証明したかったのです」
森師は数年前、通訳を介して筆者にそう話した。
森師がJRAの調教師免許を取得したのは1993年。それからほどなくして、米国のセールへ目を向け始めた。キーンランド、ファシグティプトン、オカラといったセールで馬を買おうとしたのは、当時の日本競馬に欠けていると感じていた要素を取り入れたかったからだ。
「米国馬は非常に優秀で、日本の馬よりもスピードがあります。そこに魅力を感じたからこそ、米国のセールへ行き、ケンタッキーやフロリダで馬を買い始めました。当時は輸送費を含めても、価格に魅力がありました」
シーキングザパールに続いたのが、カルメットファーム生産のダンジグ産駒、アグネスワールドだ。キーンランドで1歳時に105万米ドル(当時約1億1400万円)で落札され、森師の管理下で欧州屈指のスプリントG1、アベイドロンシャン賞とジュライカップを制した。
その時点ですでに日本競馬史に名を刻んでいた森師は、2021年2月、藤田氏や日本競馬のレジェンドである武豊騎手と夕食を共にした。森師は、馬主登録の申請書をポケットに忍ばせて席に着いた。藤田氏は年間費用がいくらになるかを尋ね、森師がその額を伝えたという。
この時、藤田氏は馬主になる決断を下し、大胆な投資を重ねると、瞬く間に競馬界の有力馬主となった。
森師の後押しを受けたこの決断は、藤田氏と『ウマ娘』が競馬界の信頼を得る契機となった。有名馬を自社のフランチャイズに登場させる許諾を得るうえでも、これは重要な要素だった。


だからこそ、森師と歴史を作ったシーキングザパールが、ウマ娘で重要なキャラクターとなっているのも不思議ではない。ゲームの世界では、複数の国で暮らした経験を持ち、国際感覚あふれる「姉御肌」の存在として描かれている。
一方、森師が手掛けた“ウマ娘”は、もう一頭存在する。気性難を併せ持つクラシック二冠馬、エアシャカールだ。ウマ娘のキャラクター設定としては、「ワル」な性格として描かれている。
エアシャカールは日本産馬だが、父は米国の王者であり、日本の馬産地を大きく変えたサンデーサイレンス。母アイドリームドアドリームはキーンランドのセールにて5万7000米ドル(当時約630万円)で購入され、日本へ輸出された後、社台ファームの繁殖牝馬として供用された。
森師との出会いを機に、藤田氏も日本競馬と米国を結ぶこの流れに加わった。最初に競走へ出走した所有馬3頭、デュガ、ラヤス、ジャングロは、いずれも森厩舎からデビュー。3頭とも、米国の2歳トレーニングセールで購入されている。
しかし、日本とアメリカ競馬の関係、さらにはウマ娘との繋がりまでさかのぼれば、1959年にカリフォルニアで奮闘したハクチカラへと行き着く。その流れは今世紀に入っても、北米で勝利を挙げた日本の名馬たちへ受け継がれてきた。
シーザリオ、カジノドライヴ、ラヴズオンリーユー、マルシュロレーヌ、フォーエバーヤング、そしてテーオーエルビス。さらに、敗れた中にもタイキブリザード、エスポワールシチー、デルマソトガケ、マンダリンヒーローら、忘れられない挑戦者がいる。
先駆者となったのはハクチカラだ。67年前、サンタアニタでワシントンバースデーハンデキャップを制した。ただし、その時点では米国人調教師のボブ・ウィラー厩舎所属馬という扱いになっていた。
ハクチカラは、母系に米国血統を色濃く受け継いでいた。3代母は米国で走ったフェアリーメイデン(星旗)で、日本へ売却された後、1935年の天皇賞を制したクレオパトラトマス(月城)を産んだ。
クレオパトラトマスはハクチカラの2代母であると同時に、予測不能な個性で知られ、『ウマ娘』でも人気を集めるG1・6勝馬、ゴールドシップへつながる牝系の祖先でもある。
次に日本のスターが北米で勝利するまで、46年を要した。その歴史的勝利を挙げたのは、日本のオークス馬シーザリオ。祖父は、他のどの馬にも増して日本の馬産を変えた米国王者サンデーサイレンスだ。
しかし、サンデーサイレンスは、若駒時代に買い手がつかず、引退後も米国では種牡馬としての期待は高くなかった。それでも、かのキーンランドのセール会場で競りにかけられたことはある。1987年7月のキーンランド・イヤリングセールでは、1万7000米ドル(当時約250万円)の値が付いたものの、主取りとなった。
シーザリオは、米国のG1を制した初の日本調教馬となり、繁殖牝馬としても傑出した実績を残した。G1馬のエピファネイア、サートゥルナーリア、リオンディーズの母である。それゆえ、ウマ娘のシーザリオには、慈愛と知性、包容力を備えた女王のような雰囲気が与えられている。
シーザリオがウマ娘の中心的なキャラクターである一方、次に北米で勝った日本調教馬のカジノドライヴは、プレイヤーが操作しないNPCとして登場する。ゲーム内の『Beyond Dreams』シナリオで、米国への案内役を務め、『Dreams』ブリーダーズカッププロジェクトを頭脳面で支える存在だ。
現実のカジノドライヴは、米国のダート重賞を制した初の日本調教馬で、2008年のG2・ピーターパンステークスを勝った。もっとも、同馬は米国産で、2006年のキーンランド・セプテンバーイヤリングセールにおいて、多田信尊氏が山本英俊氏の代理として95万米ドル(当時約1億1000万円)で落札し、日本へ導入された。
母は名牝ベターザンオナーで、カジノドライヴはベルモントステークス覇者ジャジルとラグズトゥリッチズの半弟にあたる。2008年、カジノドライヴは米三冠最終戦のベルモントステークスに挑む予定だったが、レース当日の朝に挫石が判明し、出走を取り消した。
ベターザンオナーはG1で好走実績を持つG2勝ち馬で、1997年7月にキーンランドの1歳セールで75万米ドル(当時約8600万円)の値をつけた。2008年11月には、繁殖牝馬としてファシグティプトン・ノベンバーセールに上場され、1400万米ドル(当時約14億円)で落札された。
2021年にブリーダーズカップで歴史を切り開いたラヴズオンリーユーとマルシュロレーヌもまた、『Beyond Dreams』シナリオに登場する。
この年は、日本競馬とウマ娘の双方にとって大きな意味を持つ年だった。ラヴズオンリーユーは、その名のとおり愛を分かち合い、自らファンクラブを運営するキャラクターとして描かれている。現実の同馬がDMMドリームクラブのクラブ馬で、多くのファンが出資していたことを意識した設定だ。
一方、マルシュロレーヌは内気なキャラクターで、自作のパペットを通じて周囲と会話するキャラクターとして描かれている。


フォーエバーヤングのブリーダーズカップ制覇後には、テーオーエルビスが日本勢として7頭目の米国勝ち馬となった。その血統は、アメリカ伝統のチェリーパイにも負けないほど、米国色が濃い構成となっている。
テーオーエルビスの父ヴォラタイルは、1歳時にキーンランドのセプテンバー・イヤリングセールで85万米ドルの値をつけた。そして1代母、2代母、3代母もすべて、時期こそ異なるものの、キーンランドのセールで売買されている。
日本で生まれたフォーエバーヤングも、血統をたどれば同様だ。父系の3代前にサンデーサイレンスを持つが、母フォエヴァーダーリングも一流の競走馬だった。サンタアニタのG2・サンタイネスステークスを制しているが、その2年前の2014年、キーンランドのセプテンバーセールではわずか8000米ドル(当時約86万円)で売却されていた。
2代母のダーリングマイダーリングは、G1で好走実績を持つ馬で、G1・バレリーナステークスを制したローミンレイチェルの娘という良血馬。1998年9月にキーンランドの1歳セールで30万米ドル(当時約4000万円)の値をつけた。
そのダーリングマイダーリングは、JRA年度代表馬に輝いたゼンノロブロイの半姉でもある。ローミンレイチェルは1991年、キーンランド・セプテンバー・イヤリングセールにて2万米ドル(当時約270万円)で落札された。その後、別の取引で日本へ渡り、ゼンノロブロイの母となっている。
フォーエバーヤングが10月31日のG1・BCクラシックを勝つには、過去の傾向を覆さなければならない。
歴史上、BCクラシックを連覇したのは、2000年と2001年のティズナウただ1頭だ。もし連覇を果たせば、米国での最後の挑戦を飾るにふさわしい結末となる。しかも、その舞台は、祖先たちが取引され、多くの日本馬にとって世界挑戦の出発点となったキーンランドのセール会場から、わずか数百メートルの競馬場だ。
その後、フォーエバーヤングは、自らの産駒を通じてこの系譜を未来へつなぐ機会を得る。その能力と名声を考えれば、物語が一巡し、日本の種牡馬フォーエバーヤングが米国市場へ若駒を送り出す可能性は十分にある。
もしかすると、その中には一族の伝統へ再びつながり、キーンランドのセール会場を歩く馬も現れるかもしれない。