矢作芳人調教師は、札幌のアジア競馬会議(ARC)での講演の中で、日本の調教師が世界の舞台で戦うためには、JRAの規則を変更する必要があると訴えた。また、日本競馬の暑さ対策、男性中心の競馬界での多様性についても触れた。
馬房数の制限
JRAのルールでは、調教師が管理馬として登録できる馬の頭数は制限されている。国内で調教師リーディングを複数回獲得し、世界的にも尊敬を集める矢作調教師だが、管理馬の総数は80頭未満、栗東トレセンで割り当てられた馬房数は30頭となっている。
そのため、他のJRA調教師と同様に、放牧先、栗東や美浦のトレセン、競馬場を行き来するローテーションを組んで対処している。
「日本競馬のシステムは非常に独特で、厩舎には28頭しか入厩しておらず、管理馬も78頭に制限されています」
「しかし、海外の主要な厩舎を見ると、管理馬の総数は300頭から400頭に上ります。このような状況下では、戦い続けるのは困難です。制度を変更する必要があります。海外勢と渡り合える競争力に繋がります」
カンファレンスセッション終了後、Idol Horseの取材に対応した矢作調教師は、次のように説明した。
「JRAにはこれについて検討してほしいと思っています。海外のエイダン・オブライエン調教師やクリス・ウォーラー調教師は300頭、400頭規模で馬を預かっています。私や他のJRA調教師がそれに対応するのは非常に難しいことなのだと、JRAに知ってもらいたいのです」
また、海外遠征時の馬主への負担が増えていることや、『非常に重要』だと語る主催者側からの遠征補助金についても、矢作調教師は触れている。競馬の収益性を改善するための解決策についても、持論を述べている。
「JRAは海外馬券発売のレース数(現在は32)を増やす必要があると思います。そうすれば、Win-Winの状況に繋がるはずです」
競馬が日本でメジャースポーツとなるよう、さらなる発展を望んでいると話す一方、やるべきことはまだ残されていると課題を指摘した。
「究極の目標としては、スポーツとしての競馬、その価値をさらに高めることです」
そう述べると共に、2021年のブリーダーズカップで自身が達成した歴史的な勝利を例に挙げ、それが地上波では放送されず、主要なスポーツメディアでも取り上げられなかったことを強調した。
「このレースは日本では中継されていませんでした。アメリカでG1を勝ちましたが、注目度は低かったようです。競馬の価値を高めて、重要なスポーツとして認められるようにならなくてはいけません」
暑さ対策
ステージ上での幅広い議論の中で、夏の厳しい暑さに対処するためにJRAが今年から導入した、暑熱対策についても意見を述べる機会があった。暑熱対策下では、午前中のレースが終わると長い昼休みが設けられ、暑さのピークが過ぎた午後に開催が再開されるスケジュールが組まれている。
「レースの開催時間を変更してほしいですね。馬にとっても人にとっても大きな負担となっているので、さらなる改善が必要なのかなと思います」
矢作調教師はそう述べ、夏のレースを全て涼しい北海道で開催するという自身の案を披露した。また、日中の暑い時間に走った馬より、午後7時ごろのレースを走った馬の方が負担が少ないように見えたことも明かした。
「札幌の夏の気候を考えると、札幌競馬場の開催日程を増やすべきです。インターネットでの馬券発売が主流になった今、北海道にある函館と札幌の2つで全てのレースを行うことも可能だと思います。極端な話かもしれませんが、こういう環境なので切迫感を感じます」
また、昼休みの導入についてファンがどう思っているのか気になると話し、ファンの意見を聞くためのアンケート調査を提案した。
「昼休憩について、ファンの皆さんがどう受け止めているのか分かりませんが、ファンの意見やフィードバックを聞きたいですね。ファンが喜ぶなら休憩時間を長くすることができるかもしれませんし、その時間を楽しめるようなものを導入してみるのも良いかもしれません」
気温の上昇は、栗東トレセンでの朝の調教時間にも影響を与えていると話す。暑さ対策として、調教の開始時間を早めることも提案している。
「昔と比べて、朝の調教は手短に済まさなければいけなくなりました。平日は朝5時から調教を開始していますが、もっと時間を早めることもできます」
「朝は8時から気温が上がり始めるので、7時までに調教を終えることを目指しています。暑い日は朝8時でも30度を超えることがあるので、効率良く、よりスピーディーに行える調教ルーティンを取り入れています」
矢作調教師は、猛暑下での輸送ストレスを軽減するため、『非常に小さい牧場』と語る夏専用の厩舎を北海道に開設した。
「函館競馬場と札幌競馬場の中間にあります。競馬場間で馬を輸送する拠点が欲しかったのです。2024年は日本の輸送業界で大きな変革があり、競馬場から牧場への輸送が難しくなりました。暑い夏場で使える、施設間の輸送拠点が必要でした」
「ほとんどは休養目的の施設です。小さい牧場で、トレッドミルとウォーキングマシンしかありませんが、1週間から10日間ほどのリフレッシュ放牧に使うのであれば、充分な施設だと思います」
女性人材
さらに、女性人材の競馬界への参加を求めていると訴えた。今年前半、厩舎で技術調教師として働いている前川恭子氏が、調教師試験に合格して2025年から厩舎を開業すると発表された。JRAでの女性調教師は史上初となる。地方競馬では6人の女性調教師が在籍しており、引退した女性調教師は2人いる。
父が調教師を務めていた大井競馬場で生まれ育った矢作調教師は、「この業界は女性の働き手が少ないので、若い女性が競馬界で働けるようになることを願っています。それが私の強い思いです」と自身の考えを語った。
「日本の人口減少に伴い、女性の参加は重要になってきます。女性が働くことで、競馬界、特に馬産地はより魅力的になってくると思います。厩舎で働く女性の比率は非常に低く、おそらく働き手の95%が男性です」
矢作調教師はこれに加え、JRAから非常に優れた調教施設を用意してくれたことを「非常に恵まれている」と話した。そして、日本馬のクオリティの高さと、ホースマンの技術力の向上を誇りに思うとも語った。