ここ数年、ザック・パートン騎手の去就が注目を集めている。
41歳を迎えたパートンは香港競馬で王朝を築いているが、騎手としての身体的な負担も時折口にしている。それに加えて、2022年秋には「2年後には間違いなく引退している」と公言していた。
しかし、2年前の当時と今は環境が違う。コロナ禍の厳しい管理制度は終わり、最大のライバルだったジョアン・モレイラ騎手も香港を去った。2023/2024シーズンもこうして騎手を続けており、引退の話は出てきていない。
妻からの推薦
彼の将来について断言できるのは、妻のニコールさん、子供のロキシーちゃんやキャッシュちゃんと共に、オフの家族旅行を楽しむ予定があることくらいだ。ギリシャ、バルセロナ、バレアレス諸島、カタールなどの観光地、そしてケニアのサファリツアーを楽しむという。
パートン家にとっては、休暇も大事な仕事だ。そしてこの計画を立てているのは、妻の存在である。パートン本人にとって、妻の支えはとても大きい。彼女がいなければ今頃騎手を辞めていたかもしれないし、彼女の希望があれば、引退後も香港競馬に携わり続けるかもしれない。
パートンは妻の助言について、こう明かす。
「ニコールは私に調教師になってほしいと言います。香港で厩舎を持ってほしいと、背中を押してきますね」

香港で調教師になる方法は、一般的に2つだ。海外で成功した調教師がスカウトされて移籍するか、香港競馬の厩舎で経験を積んだアシスタントトレーナーが独立するパターンだ。
香港競馬の騎手が引退直後に調教師に転身した例は、トニー・クルーズ調教師とダグラス・ホワイト調教師の2人のみだ。両者とも偉大なチャンピオンジョッキーであり、パートンも例外ではない。
「ニコールは本当に乗り気で、馬主や香港ジョッキークラブにこのことを伝えているんです。あくまで、妻の望みですけどね。でも、彼女の意見は時々納得できるんですよね!」
笑いながら話すパートンだったが、より真剣な口調で話を続ける。
「彼女の支えがなければ、とっくの昔に騎手を引退していました。妻が騎手を続けるよう、説得してくれたんです。彼女が望むなら、香港に残り続けて、調教師に転身します。そうでなければ、シドニーに戻って新生活を始めます」
体の限界
パートンが2023/2024シーズンも騎乗すると公言したのは、1年ほど前のことだった。香港競馬の厳しい一年が終盤に差し掛かった頃、来年も乗り続けると明らかにした。
しかし、それは簡単な決断ではなく、紙一重の決断だった。クリスマスの後、パートン一家は北欧やスイスで休暇を過ごすことになった。通常、この時期はシーズン真っ只中であり、騎手が長期休暇を取得するのは珍しい。
異例とも言えるシーズン中の休暇だったが、香港ジョッキークラブにとっては偉大な騎手が残ってくれたことの方が大きかった。彼は、この特別措置に助けられたと語る。
「ジョッキークラブがシーズン中に数週間の休暇を許可してくれたのは、重要な出来事でした。それによって体を休めることができました。その後、ようやく体調が整いました」
「多くの馬に乗り、何レースもこなすことで、徐々に疲労が蓄積してきました。シーズンの序盤は苦労の連続でした。体の節々が痛み、本当に辛かったです」
彼はこれまでに何度も自身の怪我について語っているため、詳細は省かせていただく。
「慢性的な痛みには長い間苦しめられましたが、ここ2, 3ヶ月は少し楽になりました。痛みもそれほど酷くなく、少しは楽しむ気持ちが湧いてきました」

彼がそう語るのは、今シーズンのことだ。今年もライバルを圧倒して騎手リーディングの首位に立っており、2位のカリス・ティータン騎手とは40勝近い差が開いている。今シーズン終了後、表彰式で7度目のタイトルを受賞することは、もはや間違いない。
パートンにとっては3年連続のチャンピオンであり、過去7シーズンのうち6回は彼の名前が刻まれている。以前、モレイラが香港を去ったとき、退屈さが押し寄せてきたとも口にしている。コロナ禍の厳しい行動制限で、競馬界どころか香港全体が苦難を強いられた時期のことだった。
見えない苦しみ
圧倒的な勝利数を誇るにも関わらず、4開催を残した時点で今シーズンの勝利数は121勝だ。2022/2023シーズンに達成した国内記録の179勝と比較すると、50勝以上も勝ち星を減らす計算だ。また、勝率も昨シーズンの25%から18.7%に減らしている。
パートンは自身が多くの騎乗機会に恵まれていることは認めつつ、異なる視点で現状を説明する。
「みんな簡単に思うかもしれないけど、そんなわけありません」
「モレイラがいたときの方が良かった部分はあります。当時は多くの陣営が私たち2人に騎乗依頼を出し、それが断られた場合は他の騎手に回るという流れでした。今では、騎乗依頼も多くの騎手に分散しており、集中的に依頼がくることは無くなりました」
「以前のように質の高い馬が回ってくる機会は減りました。今シーズンはその影響が顕著で、良い馬をコンスタントに得ることが難しくなっています。信じられないと思う人もいるかもしれませんが、自分の視点からはそう見えます」
彼は今シーズンもリーディングジョッキーの座を確実なものとし、そして香港ダービーやチャンピオンズマイル、香港スプリントを勝っている。しかし、彼なりの見立てからすると、以前と比べてチャンスが減っているという。

「全員を納得させるのは難しいことです」
「例えば、私が乗る馬は過剰人気になってしまうので、馬券で儲けたいオーナーにとっては都合が悪いです。また、調教師はきっと忙しいだろうと思って騎乗依頼を控えてしまうので、乗り鞍自体も減っています。また、ヒュー・ボウマン騎手も香港に来て活躍していますし、カリス・ティータン騎手も人気が高いです。以前と比べたら、一極集中ではありません」
つい最近シャティン競馬場で行われた開催を例に挙げ、状況を説明する。
「想定の段階で、騎乗予定はわずか4レースでした」
「ジョン・サイズ調教師はいつも空いているレースがあれば声をかけてくれるので、追加で乗り鞍が増えました。それでも、実際に乗ったのは全11レースのうち5鞍です。その日の大半は、ジョッキールームでiPadを眺めて時間を潰しました。今はそんな感じです」
「以前のように騎乗依頼が集まっていないことの一例です。他の騎手より好成績を期待され、厳しい目で見られていることも要因の一つではないでしょうか」
将来について
パートンは家族旅行でリフレッシュし、ピークコンディションで9月のシーズン開幕日を迎えられることを目指している。香港競馬に拠点を移して17年、お馴染みのルーティーンだ。
「毎シーズンが新しい挑戦です。ここに戻ってきて、一生懸命働き、信頼を得て、チャンスを得られることを願っています。今はそれが全てです」

引退、そして具体的な将来設計はどうなのか?
「今は特にはありません。その時次第です」と彼は明かす。
「自分がどれだけ頑張れるか、試してみたいです。理学療法士や医療チームが支えてくれる限り、騎手を続けることができると思います。ただ、それでも厳しくなった場合は、そういうことだと思います」
その日が来れば、シャティン競馬場ではパートンの名前が掲げられた厩舎が見られるのかもしれない。