ジェームズ・マクドナルド騎手の最大の魅力は、少しも昔と変わっていないことだ。田舎育ちの彼は、今もなお、ニュージーランドのワイカト地方で育った、あの無垢な田舎の少年のままだ。
物静かで、謙虚で、自分がどれほど優秀な騎手なのか、本人すらも本当は分かっていないのではないかと私は思う。土曜のローズヒル開催で、オータムグローでの勝利を含む3つのG1を制し、ダミアン・オリヴァー元騎手の豪州G1最多勝記録を破った今でも、私は本気でそう思っている。
ジェームズは目立とうとするタイプではない。大型スポンサー契約や競馬場外での活動を求めるタイプでもない。彼のすべては競馬というスポーツの中にある。世渡り上手という感じでもない。ただ、飛び抜けた騎手になった、感じのいい青年だ。それこそが彼らしさを形づくっている。
私はジェームズを子どもの頃から知っている。
私たちは似たような地域の出身で、私はニュージーランド・ブラッドストック社のピーター・ヴェラ氏と親しく、ジェームズもまた彼と近い関係にある。
ヴェラ氏は、私にもジェームズにも、見習い騎手時代から目をかけてくれた。ニュージーランド競馬有数のオーナーである彼は、私たち2人のキャリアを早い段階で後押しし、最終的にはともにオーストラリアへ導いてくれた。
そうしたヴェラ氏とのつながりを通じて、私はジェームズが成長していく姿を見てきた。だがその前から、ケンブリッジにものすごく乗れる子がいる、という話は何度も耳にしていた。
ジェームズは2011年ごろ、初めてオーストラリアへ来た。当時、私は取材に対して、彼はいずれ豪州競馬を席巻する、なぜなら他より上手いからだ、と話していた。
今もその考えは変わらない。ジェームズ・マクドナルドはスーパースターだ。ニュージーランドでのデビュー初日から光る素質があり、ブレント・トムソンやジム・キャシディ、あるいは名だたるニュージーランド人騎手たちと相通じるものがあった。

私は土曜、オーストラリアの競馬中継内で、もし現役途中で香港競馬へ行っていなければ、自分は93勝ではなくG1・200勝を挙げていただろうと話した。
それをジェームズへの当てこすりだと受け取った人もいたが、そうではない。事実であり、単純な計算の話だ。オーストラリアの方がG1競走ははるかに多い。そして私が乗っていた頃より、今のほうが機会はさらに多い。
ここからが興味深い。ジェームズは200勝に届くだけではない。250勝まで行く。しかも難しくない。そう言えるだけのはっきりした理由がある。
1つ目の理由は競争、より正確に言えば競争相手の層の薄さだ。オーストラリア競馬やニュージーランド競馬の仕組みでは、もはやスーパースター級の騎手は育たなくなっている。
オーストラリア競馬で本当の意味でスーパースターだった見習い騎手は、ダレン・ビードマンとダレン・ガウチが最後だ。それは1980年代前半までさかのぼる。
ダミアン・オリヴァーも1989年ごろには非常に優れた見習い騎手だったが、それでももう40年近く前の話だ。その水準の騎手はそれ以来出ていない。つまり、いまジェームズが競っている相手は、以前ほど強くない。いまのオーストラリア競馬界でスーパースターと呼べる騎手は、彼ひとりだ。
2つ目は騎乗停止制度だ。いまのオーストラリア競馬では、昔のようには騎乗停止にならない。
1980年代から90年代にかけては、騎乗停止を受ければ大レース開催の土曜を2回、3回と棒に振ることもあった。そのせいで大レースの勝利を逃した名騎手は多い。
だが今はどうだ。土曜に騎乗停止を受けても翌週の土曜には乗れる。主催者側も、大レースには最良の騎手が必要だと理解するようになった。ファンにとっても、オーナーにとっても、調教師にとっても、そして馬にとっても、そのほうがいい。
ジェームズはもう、大レースを逃す心配をほとんどしなくていい。これは非常に大きい。
それにG1競走そのものの数もある。私が初めてオーストラリアへ来た頃、カレンダーに載っていたG1は60前後だったと思う。今は74レースもある。私たちが1980年代から90年代に乗っていた頃に比べ、およそ2割多い計算だ。
そして最大の要素は、出走頭数が少ないことだ。土曜を見れば分かる。ローズヒルギニーは8頭立てで、実質的な勝負は2頭に絞られていた。ランヴェットステークスに至っては5頭立てだった。
私の現役時代、G1は16頭、18頭、20頭立てが当たり前だった。出走頭数が少なければ、不利を受ける場面も、進路で苦労する場面も減る。しかもジェームズは、その支配的な立場ゆえに、常に最良の馬に騎乗できる。すべての条件が彼に向いている。
私はオーストラリアを離れるまで、年間G1・10勝から12勝のペースだった。それも多頭数、長い騎乗停止、全体的にもっと強いライバルたちと戦いながらだ。
対してジェームズは、あらゆる条件が追い風の中で、年間12勝から15勝を積み上げていくはずだ。そうならなければおかしい。腕前、圧倒的な立場、クリス・ウォーラー調教師との関係、小頭数、そして以前より軽くなった騎乗停止処分。そのすべてが追い風になっている。
そしてどの騎手にも深刻な落馬の危険は常にあるが、怪我さえなければ、ジェームズは5、6年のうちにG1・200勝へ到達する。そこから先もオーストラリア競馬に残るなら、250勝にかなり近いところまで行くだろう。
大げさだと言う人もいるかもしれないが、ランフランコ・デットーリ元騎手はG1・288勝を挙げ、ライアン・ムーア騎手もすでに200勝を大きく超えてなお現役だ。
前例のない話ではない。ジェームズ・マクドナルドはまだ34歳だ。時間は十分にある。
J-Macにとってのオータムグローという存在
ジェームズ・マクドナルドがG1勝利を積み上げていくもう1つの理由は、少なくとも近いうちに香港競馬へ本格移籍するとは思えないことだ。
まず、彼はいま両方のいいところを取れている。土曜はオーストラリアで複数のG1に乗り、日曜にはシャティンでロマンチックウォリアーのような馬に乗ることができる。そんな立場を手放す理由があるだろうか。
だが、いまはそれ以上に大きいのがオータムグローの存在だ。土曜のローズヒルでジョージライダーステークスをまたも圧勝し、彼女は11戦無敗となった。
まさに規格外の馬だ。チャンピオンになり得るし、もうすでにそう呼べるのかもしれない。現役で走っている間、ジェームズが彼女から遠く離れることはないだろう。
これは香港のザック・パートン騎手とカーインライジングの関係と同じだ。
カーインライジングがいなければ、ザックはもう引退していたかもしれない。だが、あの馬が走っている限り、ザックはどこにも行かない。
オータムグローもジェームズにとって同じ存在になる。彼は彼女を愛し、あらゆるレースで乗りたいと思うはずで、そのつながりが彼をオーストラリア競馬にとどめる。
だが何より、ジェームズのモチベーション自体が変わったのだと思う。彼はもう金を追っていない。退勤が目当てならすぐさま香港競馬へ行くはずだ。いま彼が追っているのは栄誉だ。
記録、大レースでの勝利、後世に残す功績、そして歴代の名手たちの中で自分がどこに位置するのか。そうした種類のハングリーさが、毎週土曜にG1の機会が巡ってくるオーストラリア競馬に彼をとどめている。
いずれは香港競馬へ行く時期も来るだろう。私はそう思っている。だが少なくとも今この瞬間は、オーストラリア競馬で勝ち続けるための条件がすべてそろっている。
G1制覇をひとつ、またひとつ、そのまた次も、という具合に。

香港競馬を経験したJ-Macはさらに強くなった
もうひとつ、多くの人が十分に分かっていないかもしれないことがある。
ジェームズは年齢を重ねて、実際にさらに良くなっている。以前のような騎乗ミスをしなくなった。34歳のジェームズ・マクドナルドは、28歳の頃よりはるかに優れた騎手だ。その理由は香港競馬にある。
以前、大レースでの彼を見ていると、600mから400mのあたりで動いていくことがあった。いわゆる早仕掛け、勝負に出ることに焦り、最後の100mで脚が鈍って差し返される。せっかちな騎乗が目立っていた。それが取りこぼしにつながることもあった。
もう1つは、昔の彼はイン側をあまり使わなかったことだ。これはオーストラリアの騎手によくある傾向で、まず外に出す、外のスペースを探す、外を回す、というのが基本になる。
だがジェームズは香港競馬へ行くと、そのやり方では勝ち切れないとすぐに学んだ。香港競馬ではラチ沿いを使えなければ、本来勝てるだけのレースは勝てない。単純な話だ。香港競馬の基本は内、内、そして常に内にある。
ジェームズは適応した。インサイドを使うことを覚え、もっと我慢できるようになった。600mで動くのを辞め、本当に勝負どころが来るまで待ち、馬が肝心なところで脚を使ってくれると信じられるようになった。
その2つ、つまり我慢とラチ沿いの使い方が、ジェームズ・マクドナルドをまったく別の騎手に変えた。
そして彼は、そのすべてをオーストラリア競馬へと持ち帰った。香港競馬で過ごした時間が、彼をさらに優れた騎手へと押し上げたのだ。
こうも言える。私の言葉として引用してもらって構わない。ジェームズ・マクドナルドは、ニュージーランドから現れる最後のスーパースター騎手になるかもしれない。
10年に1人くらいのペースで、あの仕組みからスーパースター級の見習い騎手が出てきた。ジム・キャシディ、ブレント・トムソン、ランス・オサリバン、私もそう、そしてジェームズ・マクドナルドだ。
あの仕組みは、私たちを若いうちから優れた騎手にしてくれた。だが今のニュージーランド競馬とオーストラリア競馬では、そのシステム自体が変わってしまい、もはやスーパースター級の見習い騎手は育たない。ジェームズが最後になるかもしれない。
だからこそ、彼がやっていることはなおさら特別だ。ワイカト育ちの田舎の少年は、少しも変わらなかった。そして自分がどれほどすごい騎手なのか、今もまだ本当には分かっていないのかもしれない。
私は彼を心から誇りに思う。