日曜日、シャティン競馬場のパドックで行われたゴールデンシックスティの引退式でヴィンセント・ホー騎手が入場したとき、場内は万雷の拍手と熱狂の渦に包まれた。彼が指を差す先にいたのは、史上最も賞金を稼いだ世界の賞金王だった。
「これは彼が主役で、私の式典ではないですから。私が引退するわけじゃないです。スターは私たちではなく、彼こそが主役だとアピールしたかったんです」
ホーは5年間、香港にいる間ほぼ毎日ゴールデンシックスティと会っていた。10月5日、この馬がフランシス・ルイ厩舎を去る日は、とても悲しいものになるだろうと語った。
「ペットの犬のように、家族の一員でした。遙かに大きいですけどね」
ゴールデンシックスティは遊び半分に噛んだり触れ合うのが好きな性格のため、それもあって絆が深まったと彼は話す。
「多くの信頼が築かれた間柄でした。何年もかけて、積み重ねてきたんです。重要なことだったと思います」
「騎手人生の中で、このような馬にまた出会えるのかは分かりません。だからこそ、一緒に時間を過ごし、できる限り多くのことを学ぼうとしました。彼に乗り、私にできることは何でもしました。やれること全て、最善を尽くしたからこそ、今日の引退式では悔いは全くありません」
「晴れならもっと良かったですね。それならもっと良い引退式にできたと思いますが、この天候でも彼を見に来たファンがいたことが嬉しいんです」

雨天のため来場できなかったファンがいたことは確かだが、それでも足を運んだファンは温かい声援を送っていた。それは、香港の競馬ファン文化が変化した証拠でもあった。
アンビシャスドラゴン、エイブルフレンド、エアロヴェロシティ、ビューティージェネレーション。かつての名馬も引退式は開催されたが、競馬場に集まった観客は無関心なことが多かった。その観客もレースで応援する際は馬名ではなく、数字を叫ぶようなファンが目立っていた。
長年、パドック周りの観客は野次を飛ばすことで有名だった。レース後に数万人が残って名馬を見送る日本競馬のファン文化には及ばないかもしれないが、日曜日の光景は確かにファン文化の成長を感じさせる前進だったと、式典後もサイン対応に追われていたホーは語った。
「香港の競馬ファンは日本とはメンタリティが違います。まだ教育の必要はあるかと思いますが、今日の光景は以前より良かったのではないでしょうか」
この日、香港競馬の変化を表す最初の兆候は、ゴールデンシックスティの無料配布グッズを求めるファンが整然と列を作って並んだことだったのかもしれない。1レース目が始まるまでに100m以上の長蛇の列ができ、後日ぬいぐるみを購入できるよう予約するだけで2時間待ちだった。
2005年4月、名馬サイレントウィットネスを記念したグッズの配布が行われたが、想定を超える人数が殺到して大惨事が巻き起こった。香港ジョッキークラブが記録した当時のセキュリティレポートを見ると、『ファンが帽子の配布カウンターを襲撃』『帽子が入った箱の上に立って、群衆に向かって投げつけた』という言葉が並んでいた。
この騒動で18人が負傷し、競馬ファン1人が鎖骨を骨折する怪我を負った。今回の人だかりは、これに比べたら遙かに落ち着いていた。
式典の10分前には、香港競馬の変化を表す兆候がまた一つ垣間見えた。女性の見習い騎手、ブリトニー・ウォン騎手が1番人気の馬に乗って初勝利を挙げた。

香港で騎乗した先代の女性見習い騎手は、2018年初頭に引退した『KK』ことチョン・カーケイ騎手だ。フランシス・ルイ調教師と繋がりが深く、ゴールデンシックスティの馬主、スタンレー・チャン氏の隣に座っている姿がよく目撃されていた。
チャン氏は、引退馬支援に対する意識を高めることが、自分が貢献できるもう一つの変化だと話す。ゴールデンシックスティは競馬ファンが会いに行くことができるよう、日本のノーザンホースパークで余生を過ごす予定だ。
「もちろん、数ヶ月に一度会いに行けるのは大事なことですし、香港から距離が近いのも理由の一つです。ですが、ファンに彼の姿を見てもらいたいし、引退後も大切にされていることを知ってもらいたいのです」