もし、近いうちにフランシス・ルイ調教師に会いたいならば、少なくとも数日前から連絡して、予定に余裕を持って対応する必要がある。
なぜなら、誰もが香港の新しいチャンピオントレーナーの話を聞きたがっているからだ。
歓喜の夜
私たちは水曜日、朝9時半に会う約束をした。65歳のルイが毎週通っているパーソナルトレーニングと、お祝いのために集まったオーナーとのランチの合間を縫って、朝食の時間帯にお会いすることができた。
トレーニングウェアを着て現われたルイだが、その表情は喜びそのものだった。香港競馬史上最高の夜、あの劇的な大逆転以来、微笑みが絶えることはない。
シャティン競馬場クラブハウスのレディースパースレストラン、いつもの窓際の席に座った彼の表情と仕草からは、安堵の思いも見て取れる。
「最終レースが終わるまで、チャンピオンになれるとは思いませんでした。勝ってようやく、プレッシャーから解放されました…。あの時は途方もないプレッシャーでした。戦わなくては、諦めちゃいけない、と思っていました」
ルイ厩舎の馬は2023/2024シーズンのラスト5レースのうち、4レースで勝利を挙げた。元アシスタントトレーナーのピエール・ン調教師との3レース差を逆転し、シーズン831レース目、つまりシーズン最後のレースで長い戦いを制した。
最終レースの直後、ルイにとって人生初のトロフィーを掲げる前に、記念写真を撮る機会があった。厩舎スタッフに囲まれ、成人した子供たちのヴィンセント、アンジー、ステファニーと写真を撮った。
さらに、キャスパー・ファウンズ、デニス・イップ、トニー・クルーズら、香港の調教師仲間に囲まれて祝われる場面もあった。競馬界でどれだけ慕われているのかは、この光景を見れば一目で分かる。
ライバルたちが祝福のために集まる光景について、ルイはこう振り返る。
「感動的な光景でした。地元出身の調教師が下位から成り上がるのは、簡単なことではありません。大きな勝利でした」
苦悩
レジェンド的存在のジェリー・ン調教師やデレク・チェン調教師の下で働いた厩務員、シューパン・ルイ氏の息子として生まれた彼は、シャティンが建設される前の思い出を振り返ってくれた。
当時はまだ、ハッピーバレー競馬場が調教施設として使われており、馬は斜めの道で滑らないようにゴム製の蹄鉄を履き、コンクリートの上を歩いていた。厩務員寮を出て、シャンクワンロードを通って、日々の調教に向かっていた。
ルイは騎手になると、ロシア人調教師のジョージ・ソフロノフの下に弟子入りした。1975年から1982年の間に、通算で36勝を挙げている。しかし、ルイが言う『下位からのスタート』というのは、ハッピーバレーでの騎手時代のみを指しているわけではない。調教師として直面した苦難の歴史もそこには含まれている。
厩舎を開業してからの28シーズン、殆どの時期をリーディング下位で過ごしてきた。デビュー1年目の1996/1997シーズンから21年間、平均勝利数は25勝を少し超えるくらいだった。
2009/2010シーズン終了後、将来の大物であるアンビシャスドラゴンをトニー・ミラード厩舎に転厩させられるという、辛い出来事もあった。
そのアンビシャスドラゴンが香港ダービー馬、G1・4勝、2度の年度代表馬という華々しいキャリアを終えようとしていたころ、ルイの厩舎はどん底にいた。2012/2013シーズンは、わずか13勝しか挙げられなかったのだ。
2015年になるとトップスプリンターのラッキーバブルズが台頭し、ルイは日の目を見るようになった。ここから、運命は変わり始める。そして、あのゴールデンシックスティが登場すると、ルイの評価は急上昇を見せる。
ゴールデンシックスティが大ブレイクを果たした2018/2019シーズン以降、リーディング上位に名を連ねるようになる。2019/2020シーズンはリッキー・イウ調教師に次ぐ2位、2シーズン前もジョン・サイズ調教師に次ぐ2位だった。
それ以来、ルイは上位候補として確固たる地位を確立し、過去5シーズンの平均勝利数は63勝となっている。
長年のキャリアと遅咲きの台頭を経て、ルイの通算勝利数はひっそりと6位に浮上した。ジョン・ムーア、ジョン・サイズ、トニー・クルーズ、キャスパー・ファウンズ、リッキー・イウ、これらの伝説的な調教師に次ぐ6位だ。
立役者
今では、ルイがライバル調教師にスターホースを奪われることはなくなったが、別のレベルの高い問題に悩まされている。会食を希望する人の中には、厩舎に馬を預けてくれる馬主だけでなく、チャンピオン厩舎に預けたい多くの馬主たちも含まれる。
全員の馬を預かることはできない。預かることができない馬のオーナーには、厳しい話を突きつける必要があるだろう。
「会わなきゃいけない人が多すぎます」
ルイはオフシーズンのスケジュールについて、こう語る。
「自分のスタイルではないのですが、パーティーを開かなくちゃいけません。全員と会うのは難しいですし、長いディナーは時間の無駄です。皆が参加できる、盛大な祝賀会を開く必要があるかもしれないですね」
長いランチや遅いディナーで長い時間を過ごすよりは、シャティンの街を散歩したり、飼い猫のゼロやルフィと遊ぶ方が好きだという。しかし、ルイはその穏やかな態度の裏で、歴史に残る偉大な調教師に上り詰めた。
彼は大々的に手柄を宣伝することもないし、もちろんその必要も無い。多くの人が香港史上最高だと認識する馬の調教師であり、歴代勝利数の上位6人に肩を並べる、チャンピオン調教師なのだから。
「ここ数年の活躍は、ゴールデンシックスティのおかげです」
「彼のような優れた馬は、健康とフィットネスを維持するだけで充分なんです。彼は素晴らしい闘志の持ち主ですが、その心は持ち前の強さです。私が育てたわけではありません。ゴールデンシックスティのおかげで、多くのチャンスを得ることができました」
「長年、馬を選んできましたが、中には走らなかった馬もいたかもしれません。良い馬をゼロから作り出すことはできません。戦う意志がない馬は仕方ありません」
「ゴールデンシックスティが現れて以降、多くのオーナーが来てくれたので、選択肢は増えました。才能溢れる馬だけでなく、そこそこ程度の馬も扱ってきました。その経験も活きていますし、今は良い馬を見極められていると感じています」
実際、日曜日にチャンピオンへの立役者となった4頭の馬は、先々の期待が持てそうだ。チャンチェングローリーはシーズン5勝目を挙げて、3桁台のレーティングを獲得した。勝ち方を見ても、すぐにマイル路線の上位陣と戦えるだろう。ステップスアヘッド、パッキングハーモッド、パッチオブシータも有望株だ。
その中から注目馬を選んでほしいと言うと、ルイはレーティング74のパッキングハーモッドの名前を挙げた。
「来年の4歳クラシックシリーズを狙う予定ですが、まずはレーティングを少し上げたいですね」
新しい時代
レディースパースレストランの少し離れた席では、ピエール・ン調教師も馬主と会食している。最大で15勝差つけていたライバルに大逆転される手痛い敗北となったが、それ以来会話はあったのだろうか。
「まだです。最終レースの後に私のところにやってきて、握手と祝福の言葉をくれました。彼には『まだ終わっていませんよ』と声をかけましたが、それ以来会ってはいませんね」
2人で一緒に写真を撮っていいかと尋ねると、ルイは笑いながら「彼に聞いてみて」と言ってくれた。
もちろん、ン調教師は快諾してくれた。「素晴らしい夜でした。最高でした。おめでとうございます」「僕らは良いショーを見せることができましたね」という、仲の良さとリスペクトが窺える会話もあった。
わずか2年前、ンはルイのアシスタントトレーナーだった。しかし、今ではリーディングを争う立場となっている。
クラブハウスを出るとき、初めてトップ5に外国人調教師が入らないシーズンだったことを伝えると、ルイは驚きの表情を見せた。
「本当ですか?リッキー・イウが3位、トニー・クルーズは4位、ジョン・サイズは何位なんですか?」
7位だ。
ルイは驚きの様子で、力関係の移り変わりを考えている様子だった。
写真を撮り、別れを告げると、彼はランチに向かう。別のオーナーからのお誘いで、これまたレベルの高い難問だ。
最近の急速な台頭を考えると、フランシス・ルイの全盛期はまだ先なのかもしれない。