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いつもそれは一瞬の出来事だ。さっきまで馬上にいたと思った次の瞬間、地面に叩きつけられている。時速40マイル(約64km)前後で落馬するジョッキーの世界では、それが現実だ。

ウンベルト・リスポリ騎手も、これまでにそうした場面をいくつも経験してきた。直近の落馬は1月24日、フロリダのガルフストリームパーク競馬場で行われた第7競走のガルフストリームパークターフスプリントステークスだった。

怪我で療養中のリスポリは「落ちた直後、地面にいた時点では、意外にも大丈夫だったんです」とIdol Horseに話した。

「いつもなら、背中とか脚とか、どこかに痛みが走って“やったな”とすぐ分かります。でも今回は、それがなかったんです」

無傷で済んだと思った。だが、そんな感覚は、動こうとした瞬間に消えた。

「立ち上がろうとして手をついた時、脚を見たら、ずれていたんです。たとえばアメフトの大怪我に、足先が片側を向き、脚の上のほうは反対側に向いているように見えました」

リスポリはアンコンカラブルキーンに騎乗し、内にはジョン・ヴェラスケス騎乗のマイボーイプリンスが走っていた。直線に入ってしばらくしたところで、外からリティゲイションが一気に差し切り勝利した。

勝ち馬が外から前へ出た瞬間、リスポリはヴェラスケスが内から外へ動いたのを感じたという。叫びながら回避を試みたが、アンコンカラブルキーンがリティゲイションの後肢付近に接触。

次の瞬間、馬がつまずいて前のめりになり、リスポリは馬の首のあたりへ投げ出され、そのまま横へ放り出された。衝撃は右脚に集中した。

エージェントのマット・ナカタニ氏はその日のうちに現地入りし、翌日にはSNSで状況を報告。カリフォルニアを拠点とするリスポリが、足首、すねの骨(脛骨・腓骨)を骨折したことを明らかにした一方、詳細な容態には踏み込まなかった。

リスポリ自身も2月1日に自身のSNSへ投稿し、病院のベッドから短い動画を公開。「2度目の手術」がうまくいったことを、心配していた人々に伝えている。

「実際のケガは、腓骨の骨折、それから外くるぶしの骨折で、ずれを伴っていました。さらに脛骨にも小さな骨折がありました」とリスポリはIdol Horseに明かした。

「足が本来の位置に収まるよう、足裏側には固定のためのサポートも入っています」

「経過は素晴らしいです。手術も本当に、本当に、本当にうまくいきました。病院に着いて最初にやったのは、足首をまっすぐに戻すこと。その後、翌日に外固定器を装着して、先週の金曜には腓骨に金属棒を入れ、足首にはスクリューを2本入れました」

「腓骨は、たぶん問題なく戻るはずです」

電話口のリスポリは病院のベッドに座っていた。ドラマを2本まとめて見て、スポーツを見て、そして、しばらく自分にはできないことをしているジョッキーたちの姿も見ていた。彼はマイアミのHCAフロリダアベンチュラホスピタルに12日間入院し、“明日”が来るのを待ちわびていた。

「明日退院して家に帰ります。やっぱり家に戻れたほうが、間違いなくいいです」と言う。

退院後は、骨折の手術を受けた脚と足首を保護ブーツで固定したまま、ロサンゼルスへ飛ぶことになる。手術は終えたが、完治には時間が必要だ。

そして、これまで何度も驚くほど早い復帰を見せてきた37歳のリスポリも、今回は復帰時期については明言を避ける。「こういうケガをしたら、しばらく戦列を離れることは分かっている。でも意欲は十分です」とリスポリは心境を明かす。

「今は保護ブーツで固定していて、これをあと10日間は続けます。その後は歩き始められる。そこから先は、その都度。1日ずつ、ハードに取り組みます」

Umberto Rispoli in hospital reassuring everyone he is ok
UMBERTO RISPOLI / HCA Florida Aventura Hospital // 2026 /// Photo supplied
Umberto Rispoli and Dr. Andrew Hiller
Dr. ANDREW HILLER, UMBERTO RISPOLI / HCA Florida Aventura Hospital // 2026 /// Photo supplied

彼は過去にも、常識外れのスピードで戦列復帰してきた。ただ、本人が指摘するように、もう20代ではない。

以前と同じ強さで戻れる自信はあるが、香港で大きな落馬を経験した時のように、身体が同じ速度で回復するかは分からないという。

2018年3月、シャティン競馬場のバリアトライアルでの落馬で右鎖骨を折った時、彼が口にした復帰予測は「3週間」。その通りに戻ってきた。実際、落馬から23日後には復帰し、数日後には勝利も挙げている。

だが、最も信じがたい復帰劇は2016年11月9日、ハッピーバレー競馬場での衝撃的な落馬の後だった。

騎乗していたミスターペレが、前で倒れた馬に巻き込まれて最終コーナーでつまずき、リスポリは投げ出され、馬の肩ほどの高さまで跳ね上げられた。その夜はいったん退院したものの、痛みは「バスにはねられたよう」だったため、翌日に再度受診して検査を受けた。

足首の距骨(足首の関節を支える骨)を骨折していたが、より深刻だったのは半月板と膝の靭帯の損傷、特に前十字靭帯だった。

当時、彼は「2か月で戻る」と語ったが、騎乗再開の許可が下りたのは翌年1月12日。9週間に満たない期間だった。

「20歳で骨折するのと、37歳で骨折するのは違います」とリスポリ。「身体は変わります。でも、気持ちは変わっていません。早く戻れる自信はありますが、無理はしないし、期限も切りません。以前みたいに『2か月で戻る』なんて、もう人には言いません」

「2か月かもしれないし、3か月かもしれないし、6か月かもしれない。誰にも分からない。だから1日ずつ進めます。戻る時は、100%治ってからにしたい」

「馬に戻るには、身体も100%である必要があります。自分を危険にさらしたくないですし、同僚を危険にさらしたくもありません。ジョッキーや馬主、調教師の方々に対しても敬意があります。100%になる前に復帰するわけにはいきません」

「膝をやった時と同じように、毎日リハビリをやります。こういうケガは経験しています。必要なのは、一所懸命やることです。ただリハビリをやるだけです」

マイアミにはナカタニ氏が付き添っていたため、リスポリは妻のキンバリーさんに、幼い息子2人を連れてまで全米を横断して見舞いに来る必要はないと伝えた。入院が長引かないことは分かっていたからだ。

ただし、見舞いに訪れた騎手はいた。ヴェラスケスである。

「翌日、ジョニー(ジョン・ヴェラスケス騎手)がお見舞いに来てくれたのは本当に感謝しています」とリスポリは言う。

「ベッドの横にしばらくいて、謝ってくれて。僕としては、競馬場で起きたことは競馬場の中で完結する、という考え方なんです。一流のジョッキーでもミスはある。ジョニーはレジェンドだけど、僕らは人間だし、わざとじゃないことも分かっている」

一方で、リスポリはヴェラスケスに対して遺恨はないと言いながらも、裁決委員が動かなかったことには驚いていた。本人の見立てでは、ヴェラスケスの馬が外へ出たことで自分の馬も外へ押し出され、結果的に勝ち馬の後躯に触れる形になった、という。

「ジョニーじゃなくても、誰か別の騎手だったかもしれない。でも誰であっても、もう少し検証してもよかったと思う」

「ジョニーに対して敬意を欠くつもりもないし、誰に対しても悪意はありません。これはルールの話で、僕はルールをそう捉えている、というだけです」

退院まで24時間を切った時点で、リスポリは家族のもとへ戻れることを楽しみにしていた。その一方で、治療が「驚くほど素晴らしかった」ことも強調する。

執刀医のアンドリュー・ヒラー医師とアジジ医師、到着時に処置し足首を元の位置へ戻してくれた外傷担当看護師のアシュリー氏、そして看護師のアゴスティーナ氏。望まぬ入院生活を、少しでも快適にしてくれた人々への感謝だ。

「みんな本当によくしてくれています」とリスポリは言う。「20分おき、30分おきに、必要なものがないか確認に来てくれる」

「病院ではすっかり有名人になりました」と言う言葉には、笑みが溢れていた。

「みんな僕のことを知っています。看護師の一人が、Netflixで配信されたTVシリーズの『レース・フォー・ザ・クラウン』で僕のことを覚えていたんです」

さて、金属のスクリューと金属棒を体内に入れた状態で空港へ向かうことになるが、保安検査で警報が鳴ってしまう心配は無いのだろうか。

「鎖骨にも、まだ入ってますからね」とリスポリ。「でも問題ないですよ。チタン製ですから」

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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