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帰ってきた世界の舞台、イグナイターが笹川翼騎手の野心に火をつける

ドバイゴールデンシャヒーンでの世界デビューから11カ月後、地方競馬のトップジョッキー・笹川翼がイグナイターとともにリヤドダートスプリントへ挑戦する。

帰ってきた世界の舞台、イグナイターが笹川翼騎手の野心に火をつける

ドバイゴールデンシャヒーンでの世界デビューから11カ月後、地方競馬のトップジョッキー・笹川翼がイグナイターとともにリヤドダートスプリントへ挑戦する。

2024年3月、G1・ドバイゴールデンシャヒーンの1枠に入った笹川翼騎手は、手綱を握り、準備万端のつもりでいた。左手には白いラチ、右手には13人のライバルジョッキーが並んでいた。それは彼がこれまで経験した中で最も大きな舞台だ。

すぐ隣にはUAEのチャンピオン騎手、タイグ・オシェアが優勝馬タズに跨り、そのさらに外側にはクリスチャン・デムーロ騎手が3枠に。フランキー・デットーリライアン・ムーア、クリストフ・ルメール、川田将雅、ルイス・サエス、フローレン・ジェルーといった錚々たるメンバーが並ぶ中、笹川騎手は未知の世界へと踏み込んでいた。

南関東のNAR(地方競馬全国協会)の競馬場で平日の午後に騎乗するのとは、まったく異なる世界だった。大井競馬場では2度のリーディングジョッキーに輝き、名の知れた騎手だったが、その夜のメイダンでは無名の挑戦者に過ぎなかった。

騎乗馬のイグナイターもまた、同様に未知の存在だった。NARのスターであり、前年11月にJpn1・JBCスプリントを笹川騎手とのコンビで制していたものの、日本国外ではほとんど知られていなかった。

Igniter and Tsubusa Sasagawa work ahead of the Golden Shaheen
IGNITER, TSUBASA SASAGAWA / Meydan trackwork // 2024 /// Photo by Dubai Racing Club

笹川は2016年にフランスで4鞍の騎乗経験があり、2024年2月にはカタールで2週間の遠征を行った。しかし、今回のドバイでの挑戦は、世界的なビッグレースで国際的な名ジョッキーたちと対等に競い合うまたとない機会だった。

「ドバイでは世界中からトップジョッキーが集まっていました」と、笹川騎手はIdol Horseの取材に答えた。

「ジョッキールームで彼らがどのように過ごしているのか観察しましたが、本当にリラックスしていました。レースに向かう過程でも落ち着いていて、数々の大舞台を経験してきたジョッキーは精神的にも非常に強いと感じました」

「レース中も彼らは迷いなく騎乗していて、本当に多くのことを学びました。テレビやインターネットで見ていたジョッキーたちと同じレースに出ることは、とても感慨深かったです。今では、彼らとコンスタントに騎乗できるジョッキーになりたいという大きな夢が生まれました」

ゲートが開くと、イグナイターは他の馬に比べて出遅れ、笹川騎手は予想以上に早く手を動かさなければならなかった。しかし、すぐにリズムを掴み、内ラチ沿いを進みながら7番手争いに加わった。直線に入ると、笹川騎手の手綱さばきに応えてイグナイターはさらに脚を伸ばした。しかし、残り250メートル地点で前を捉えようと進路を変えた際、衰え始めた馬を交わす形で数頭の進路を妨害。勢いに乗って3番手に迫る場面もあったが、そこがピークとなり、最終的には5着でゴールした。

笹川騎手は「馬は本当によく頑張ってくれましたし、それを考えると、自分自身がもっと成長しなければならないと強く感じました」と振り返る。

「とはいえ、こうした舞台で騎乗する機会を与えてくれた馬と関係者の皆さんには本当に感謝しています。結果として、イグナイターは世界トップクラスの馬たちに引けを取らない走りを見せてくれました。こうしたレベルの馬に乗せてもらえたことに感謝していますし、どこかでリベンジしたいと思っています」

Tuz wins the G1 Golden Shaheen
TUZ (R), IGNITER (pale blue cap) / G1 Golden Shaheen // Meydan /// 2024 //// Photo by Dubai Racing Club

このレースでの進路変更が原因で、メイダンの裁決委員から4日間の騎乗停止処分を受けた。しかし、笹川騎手にとっては、この経験こそが自分のさらなる成長の必要性を実感するきっかけとなった。

「まだまだ自分は未熟だと痛感しました」と笹川騎手。「南関東でリーディングジョッキーになったとしても、海外に出れば自分は無名の存在。現状に満足するのではなく、もっと騎乗技術を向上させたいと強く思いました」

その思いから、彼の目標は特定のタイトルや象徴的なレースの勝利に限定されるものではなく、継続的な自己成長へと向かっている。世界的なレースでの経験を通じて、彼の野心はさらに燃え上がった。

「大きな目標というよりも、一鞍一鞍を大切に乗りたいです。その馬にとってのベストを見極め、最善の騎乗をすることができれば、結果としてリーディングジョッキーの座も見えてくると思います。一度リーディングを獲っただけで満足するつもりはありませんし、自分の騎手人生のピークは今後10年くらいだと思っています。この期間でできる限りのことを成し遂げたいですね」

2023年、笹川騎手は南関東のリーディングジョッキーに輝き、311勝を挙げた。そして2024年7月には通算2,000勝を達成。大井競馬場所属の騎手として史上最速の記録となった。しかし、地方競馬やJRA(日本中央競馬会)の枠を超えた競馬の世界を知った今、彼はさらに広い視野で競馬を見つめている。

「また海外に挑戦したいですね」と笹川騎手は語る。「ドバイでの大レースに出場して、多くのことを学びました。今では、そうした状況で自分が何をすべきかも分かるようになりました。そういう意味でも、やはりリベンジしたい気持ちは強いです。どこかでまた素晴らしい馬に巡り会い、世界に挑みたいですね」

Jockey Tsubasa Sasagawa riding Igniter
IGNITER, TSUBASA SASAGAWA / JPN1 Sakitama Hai // Urawa Racecourse /// 2024 //// Photo by @kei__03k

それから11カ月の時を経て、笹川騎手は再び世界の舞台へと戻る。今回のパートナーもイグナイターだ。彼らはサウジアラビアのキング・アブドゥルアジーズ競馬場で行われるG2・リヤドダートスプリントに挑む。総賞金200万ドルのこのレースに臨むにあたり、笹川騎手は今年すでにNARで40勝を挙げており、2024年の南関東競馬では269勝をマーク。通算成績は16,018戦2,163勝に達している。

こうして彼が騎手としての道を歩んできた背景には、祖父・此村与志松氏の存在がある。此村氏は1970年代、NAR開催時代の新潟競馬場でトップジョッキーとして活躍した。引退後はシンボリ牧場に勤め、無敗の三冠馬シンボリルドルフの馴致を担当。その後、西山茂行氏が所有する西山牧場で場長を務めた。

「よく『なぜジョッキーになりたかったのか?』と聞かれるのですが、自分が物心ついたときにはもう騎手になりたかったんです」と笹川騎手は話す。「もし祖父がいなかったら、そもそも騎手という職業があることすら知らなかったでしょう。だから、本当に感謝しています。ジョッキーになってからは、西山茂行さんにも良い馬にたくさん乗せてもらい、心から感謝しています。周りの支えがなければ、今の自分はなかったと思います。だからこそ、自分は彼らに恩返しをしたいと思っています」

「ジョッキーになることは、夢というよりも、もはや自分にとって当たり前のことでした。祖父の家に行けば、毎晩競馬を見ていましたし、子どもの頃は『自分がレースに出るなんて』と不思議に感じることもありました」

Jockey Tsubasa Sasagawa riding Igniter
IGNITER, TSUBASA SASAGAWA / JPN1 JBC Sprint // Saga Racecourse /// 2024 //// Photo by @demekeiba113
Jockey Tsubasa Sasagawa riding Igniter
IGNITER, TSUBASA SASAGAWA / JPN1 JBC Sprint // Saga Racecourse /// 2024 //// Photo by @nanashi_keiba_7

笹川騎手はJRA競馬学校の騎手試験を2度受験したが、不合格に終わった。その後、NARの騎手養成課程に進み、2013年3月に騎手免許を取得。同年、NARの新人賞を受賞し、順調なキャリアを歩み始めた。

それ以来、NARのトップジョッキーとして数々のビッグレースを制してきたが、中東での経験を通じて、競馬の世界にはまだまだ大きな可能性が広がっていることを実感した。

「いろんな国で騎乗しましたが、それぞれの国で馬の文化や馬へのアプローチが異なります。それを学び、日本で何ができて何ができないのかを分析し、取り込んでいくことが大事だと思っています」

「南関東で毎日レースに出ていると、どうしても閉鎖的な感覚になることがあります。でも海外に行くと、競馬の世界は本当に広いなと実感しますし、自分がまだまだ世界には及ばないと気づくことができます」

「海外に行くことの一番のメリットは、それによって帰国後にもっと上手くなりたい、もっと勝ちたいという気持ちが強くなることです。どこの国に行っても、それは変わらないですね」

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フランク・チャン、Idol Horseのジャーナリスト。デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。

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