イギリスのハリー・チャールトン調教師は、まだオーストラリアを訪れたことがない。だが、それも間もなく過去のものとなる。
チャールストン厩舎のワインダークシーが今週土曜日、G1・コーフィールドカップへ向けて、メルボルンへの長旅に出発する予定だ。その先には、11月第1火曜日に行われる「国を止めるレース」、G1・メルボルンカップが待っている。
とはいえ、ハリー・チャールトン師がオーストラリアやその豊かな競馬の歴史と無縁なわけではない。兄弟のトム・チャールトン調教師は現在、シドニーで、豪州競馬界の重鎮として知られるジョン・オシェア調教師と共同で厩舎を率いている。そのため、彼が関心を持っていないはずがない。
ハリー・チャールトン師は、「兄はウィズホールドに同行して向こうへ行き、そのまま帰ってきませんでした」と言う。父のロジャー・チャールトン調教師の管理馬だったウィズホールドは、2018年にメルボルンカップを目指して豪州へ遠征し、G3・ジーロンカップに出走した。しかし、メルボルンカップへの挑戦は実現しなかった。
兄がシドニーにいるため、ニューサウスウェールズ州での兄の管理馬の日常的に追っている。一方、メルボルンの競馬にはそれほど詳しくない。
ヴィクトリア州を拠点とする名手、ダミアン・レーン騎手についても、世界屈指の腕を持ち、日本競馬での好成績を残していることまでは知っているが、日々の騎乗ぶりまでは詳しくない。それゆえ、ワインダークシーのコーフィールドカップを、レーン騎手に任せられるのは心強い。しかも、そこには隠された縁がある。
「ダミアン・レーン騎手が乗る予定だと思います。このレースでの実績もあります。実は、父の管理馬だったクエストフォーモアがメルボルンカップに出たとき、まだ若手時代のレーン騎手が乗っていたはずです」
クエストフォーモアはジーロングカップを経て、プリンスオブペンザンスが歴史的勝利を収めたメルボルンカップにレーン騎手とのコンビで出走し、9着だった。一方、ワインダークシーはコーフィールドカップを経てメルボルンカップへ向かう方針だ。
長距離路線で成長を続ける同馬は、生産者のダン・ギルバート氏も一部を所有している。アスコットのハンデ戦と、6月にカーライル競馬場で行われたカンバーランドプレートを勝った後、オーストラリアン・ブラッドストック、続いてソニー・グリーブ氏が持ち分を取得した。
「まず目標にしているのはコーフィールドカップです。いまは検疫期間の半ばで、現地でも2週間の検疫があります。検疫が明けるのは、コーフィールドカップの5日前だったと思います」
「今年最初のレースはアスコットでした。軽い斤量での出走でしたが、とても楽に勝ったと思いました。後ろには、のちにロイヤルアスコットで勝ったハガス厩舎のオポチュニティや、ゴスデン厩舎のヴァレディクトリーといった力のある馬がいました。相手のそろったレースでしたが、あの日はかなり楽に勝ちました」
「それからカーライルでは、トップハンデを背負いながら、ほとんど持ったままでコースレコードを更新しました。見栄えのする勝ち方でしたね。売却されたのはそのときです」
Gamble landed!
— At The Races (@AtTheRaces) August 15, 2026
Well-backed before the off, Wine Dark Sea bounces back to form in style in the Geoffrey Freer Stakes…@HectorCrouch @HarryJCharlton pic.twitter.com/G72sIZVnnP
新たな馬主たちは、カンバーランドプレートが、以前にもメルボルンへの足がかりになったことを知っていたのかもしれない。
2002年にはハグズダンサーが、後にG1・香港ヴァーズ覇者となるコリアーヒルを破ってこの伝統あるレースを制し、その後メルボルンカップで5着に入った。
ハリー・チャールトン師は、マールバラ近郊のベッカンプトンで厩舎を率いるまで、故郷を遠く離れることはなかった。父が調教師として働いていた厩舎で育ち、2024年に父から調教師免許を完全に引き継いだ。
父のロジャー・チャールトン氏がこの厩舎を引き受けたのは1990年。その後ほどなくして、1週間に二つのダービーを制した。
シャンティイ競馬場ではサングラモアが仏ダービーを、エプソム競馬場ではクエストフォーフェイムが英ダービーを制覇。いずれも、故ハーリド・アブドゥラ殿下の所有馬だった。
「ダービーで勝った年の5年前に生まれたので、その週、父が二つ目のダービーを勝ったと、学校から帰ってきてすぐに聞いたことは覚えています」と、ハリー・チャールトン師は父の調教師生活の初期を振り返る。
「ずっと厩舎に住んでいたので、いつも競馬に関わっていました。私も兄も昔から競馬に夢中でした。そうやって、ずっと競馬の世界で過ごしてきたんです」
「あの頃のことをよく覚えているのは、むしろ壁にたくさん写真が飾ってあるからですね。父の勝ち馬も日付も全部挙げられますが、主に写真で見て覚えたものです」
父の輝かしい実績には、アルカジーム、タマリスク、エイヴォンブリッジ、パタヴェリアン、デコレーテッドナイト、アスペター、シティスケープなど、数々のG1馬も並ぶ。アスペターはG1・コックスプレートとG1・香港ヴァーズで下位に終わった一方、シティスケープはG1・香港マイルで2着に入り、G1・ドバイデューティフリーも制した。
「香港への遠征には、私も何度か同行しました」とハリー・チャールトン師は言う。
ワインダークシーにはオーストラリアの馬主も加わっているだけに、メルボルンカップ後も現地に残るのではないかと考えるのは自然だ。
ただ、ハリー・チャールトン師曰く、現時点では何も決まっていないという。これから控える二つのレースの結果が、その判断を大きく左右するだろう。
騙馬のワインダークシーがベッカンプトンに戻る場合も、帰途に香港へ立ち寄り、香港ヴァーズに出走する可能性がある。かつてメルボルンカップを戦った馬たちも同じ道をたどった。フレミントンとシャティンの両競馬場で勝利したドゥーナデンのほか、アメリケイン、レッドカドーもその例だ。
当面の焦点は、コーフィールドカップと、その次に予定されるメルボルンカップ。そして、ハリー・チャールトン師にとって初めてとなる豪州遠征だ。