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アメリカのリブラド・バロシオ調教師は、アメフト選手として、ある意味では夢を叶えた。

UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のロースターにディフェンシブバックとして名を連ね、コーナーバックとしてワイドレシーバーをマークし、そして最後尾の守備ラインであるセーフティとしてもプレーした。

だが、彼のカレッジフットボールのキャリアはプロにはつながらず、NFLには届かなかった。

「プロの世界に行くことを目指していて、その一つ下のレベルまでは行けたんですが、その壁を突破できなかったんです」と、バロシオ調教師はIdol Horseに語る。

UCLAのアメフトチーム、ブリューインズ時代の彼の主な役割は、ブロックし、タックルし、要するに相手に得点させないことだった。そんな男が、伝染するような、飲み込まれるようなポジティブさと、「星を狙え」というマインドセットを持っている。

それの精神は、芦毛のベテラン騸馬、ラヴシックブルースにも表れている。

年明けで8歳を迎えた同馬は、すでに思いがけない形で、彼を競馬の頂点へ連れていった。重賞勝ちが一度もない7歳の騸馬を買い、それでG1を勝つ人間がどれだけいるだろうか。バロシオがやったのは、まさにそれだ。

ラヴシックブルースが制したG1・ビングクロスビーSは、バロシオ厩舎での5戦目であり、馬自身にとっては通算36戦目だった。単勝オッズは18.60倍の評価。しかし、ラヴシックブルースはそんなことを知らない。

新しい調教師によって息を吹き返し、絶好の状態だと感じ、人生を楽しみ、レースを楽しんでいた。バロシオと同じように、彼もこのスポーツの中で、もう一度生き返っていた。

競馬がバロシオの心を強く掴んだのは、アメフト人生が終わってから、それほど時間が経っていない頃だった。UCLAの映画学校を卒業したばかりで、いとこの夫に競馬の世界を紹介された。「元騎手で、調教師になった人だった」という。

そこから、ラッキーレニーという馬に小さな持ち分を買い、走るのを見るために競馬場へ行った。

バロシオは当時の心境を、「あの馬が直線に向いてきた時、アメフトのフィールドに戻ったみたいに感じたんです」と振り返る。

「あの馬が直線を駆けてきて、観衆が叫んでいるのを聞いた時、『そこにいるのはお前だ』って感じた。サンタアニタ競馬場でした。あれでハマって、またあの感覚を味わいたいと思った。それで、もう1頭買ったんです」

バロシオは映画の監督、プロデューサーとしてキャリアを積んだが、映画業界には「山があれば、そして谷の期間がたくさんある」という。そして落ち込む時期には、厩舎で過ごすようになった。

「調教を見に行くようになって、それから馬の作業もするようになりました。たくさん見て、たくさん手伝った。馬の世話が好きになったんです。それで馬を持って、その馬が勝って、興奮した」

「馬が走り出せば、それはあなたの馬なんです。何が起きようと、それはあなたの馬。勝てなければ、また手を掛けて戻っていく。それがあなたの代表で、本当にコース上でのあなた自身なんです。そう見ています。映画制作が低迷している時期、少しずつ少しずつ学び始めて、今はここにいます」

Librado Barocio at King Abdulaziz Racecourse, Riyadh in 2026
LIBRADO BAROCIO / King Abdulaziz Racecourse, Riyadh // 2026 /// Photo by Idol Horse

今の彼が立っているは、リヤドのキング・アブドゥルアジーズ競馬場。世界最高賞金のレース、総賞金2000万米ドル(約30億円)のサウジカップが開幕する数日前だ。

ラヴシックブルースはサウジカップデーに組まれる高額競走、総賞金200万米ドル(約3億円)のG2・リヤドダートスプリントに出走する。

「ラヴシックブルースがここにいることは、ちょっと誇らしいですね」とバロシオ。「彼をもう一つ上のレベルへ連れていったと考えると誇りに思いますし、彼も私をもう一つ上のレベルへ連れていってくれている。ワクワクしますね」

バロシオが最初に調教師免許を取得したのは1999年。それ以来、小規模ながら断続的に調教を続けてきた。断続的とはいっても、どちらかといえば途切れていない期間の方が長い。

サンタアニタを拠点に小さな厩舎を構え、通算では894回出走して117勝を挙げている。数字上で最も良かったシーズンは2023年で、24勝、獲得賞金は127万米ドルだった。だが昨年も、23勝、125万米ドルと、ほぼ同水準まで積み上げた。

そして昨年は勝率20%という、より高い勝率を記録している。もちろん、キャリア初のG1勝利もだ。これを上回るのは簡単ではないが、バロシオはそこで満足して引き下がるタイプではない。

今年はここまで、出走10回で4勝。もしラヴシックブルースがサウジで勝ち、来月にはドバイでさらに高額な挑戦、G1・ドバイゴールデンシャヒーンへ向かうことができるなら、2026年は第1四半期の終わりまでに、彼の想像をはるかに超えた年になっているだろう。

「私は大きな夢を見るんです」とバロシオ調教師は言う。

「それで人から『それは無理だって』と言われることもあります。でも心の中では、夢を見て目標を立てたら、起きると思っている。映画の仕事でもそうでした」

「UCLAに行って技術を学んで、その世界で自分の想像を超えたところまで行けた。だから競馬の調教師としても、最高になりたいし、最高の馬を見つけたい。ラヴシックブルースが僕の人生に入ってきて、それを完全に変えてしまいました」

バロシオは映画業界では“リー・リブラド”の名で知られ、制作にはボクシングのドキュメンタリー『Champions Forever: The Latin Legends』がある。

さらに、1980年代のミネアポリスのファンクバンド、ザ・タイムを題材に彼が監督した映画『The Original 7ven Formerly Known as The Time』、そしてファミリーコメディ『Boyz Klub』もある。

現在、進行中の企画が2本あり、いずれも音楽界のレジェンドの伝記映画だ。マーヴィン・ゲイとルイ・アームストロングである。

『Boyz Klub』は、両親が観られる作品を作りたくて作った映画だと彼は言う。家族は彼の人生の核であり、彼が運営するチームはミア・ファミリア・ステーブルという名だ。

息子のリブラド・バロシオ2世も、父からフットボールへの愛と適性を受け継いでいる。彼もまたブリューインズのディフェンスでプレーし、NFLのワシントン・コマンダースのコーチングスタッフで1年過ごした後、UCLAのコーチングスタッフとして直近2シーズンを過ごした。

父のバロシオは馬たちに対しても家族のような愛情を抱いており、ラヴシックブルースはその種の気配りの恩恵を受けてきた。彼の厩舎は昨年、最大で35頭まで管理したが、それは多すぎたと感じたという。

「楽しかったかどうか分かりません」と彼は言う。「マネージャーになってしまって、35頭に自分の注意を向けられなかった。そういうタイプなんです。ほかの調教師なら一瞬でできるのかもしれないけど、シンプルにしたいんですよね」

この男が何をしても、それはラヴシックブルースにはうまく働いている。彼はこの騸馬を、オーナーブリーダーのニック・アレクサンダー氏から購入した。デルマーの条件戦で9着に敗れ、牧場に放牧へ出ていた後のことだ。

バロシオは、別のアレクサンダーの馬、ジョニーポドレスでも結果を出していた。ジョニーポドレスは2024年、リステッド・サイレンルアーSを勝っている。ラヴシックブルースは昨年、そのレースを制すと、その後にビングクロスビーSでG1初制覇を挙げ、G1・BCスプリントでは不運な6着に入った。

「厩舎に帰ってきたラヴシックブルースをたくさん可愛がりました」と彼は言う。「本当に良いスタッフに恵まれ、彼と一緒にやってくれた。どう走るか、いつ走るか、いつ走らないかにもう一度集中させてくれて、彼もそれが気に入ったみたいでした」

「前の調教師が可愛がっていなかったと言っているわけないです。でも彼にはたくさんの愛情を与えました。だけど彼は、少し頑張りすぎてしまうところがある。レースでも分かるように、やりすぎると悪い癖が出てしまう。でもそれも分かっています」

「みんなが年を重ねるのと同じで、愛情と優しいケアが大事だと思います。彼のあらゆる痛みや違和感を一つ一つ見て、そう感じていないかを確かめる。もしコースに出して、歩き方がおかしいと見えたら、連れ戻して、次出るときは立て直せるようにケアしています」

「そして、何か違和感があるときは時にコースに出さないっていうことを、彼自身も分かっていると思う。私が彼の世話をするのと同じく、彼もまた私のことを気遣ってくれているのだと思います」

バロシオの口調は、かつて激しくタックルするディフェンシブバックだった人間のイメージとは違う。だが、スポーツへの愛、成功への渇望、そしてUCLAのフィールドに立たせた“夢を見る力”は、競走馬の調教師としての彼のあらゆる行動に色濃く表れている。

彼はフットボール選手としてプロになれなかった。だが競馬では最高レベルで勝った。そしてラヴシックブルースがリヤドにいて、大きな賞金と国際的な名声を追いかけていることは、バロシオの信念の証明だ。

「今日ここにいる理由は、夢を見て、それを信じ続けたからです。でも、結局いちばん大事なのは愛だと思います」

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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