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ある一頭の牡馬が、あの偉大なる名マイラー、タイキシャトルやモーリス、あるいはグランアレグリアでさえも届かなかった高みへと上り詰めた。

海の向こう、香港では、カーインライジングが持ったままで連勝記録を15に伸ばし、ロマンチックウォリアーのジェームズ・マクドナルド騎手がガッツポーズを決める、その少し前のことだった。

日曜日、京都競馬場に集まった4万2587人の大観衆は、ジャンタルマンタルがマイルチャンピオンシップを制し、日本競馬史上初となるJRA芝マイルG1競走の完全制覇を達成した、歴史的瞬間の目撃者となった。

ジャンタルマンタルは、2023年にG1・朝日杯フューチュリティステークスを制して2歳王者に輝き、昨年は3歳マイル王決定戦であるG1・NHKマイルカップのタイトルを獲得。今年6月、古馬混合マイルG1初戦のG1・安田記念を制覇し、そして今回、今季2つ目となるマイルCSのタイトルも手にした。

その勝ちっぷりは、あまりにも鮮烈だった。晩秋の太陽が沈みかける中、最後の直線で加速するパートナーの背上で、手綱を取った川田将雅騎手は後ろを振り返ることすらしなかったのだ。

勝利の興奮が冷めやらぬ中、川田は目を潤ませながら次のように語った。

 「西日が射しているので影で後ろの馬を確認しましたが、迫ってこれる馬がいなかったので、勝つことを確信しました」

この日、背中に西日を浴びたジャンタルマンタルはあまりにも圧倒的で、その影を踏める馬は一頭もいなかった。

レース前、京都競馬場は緊張感とお祭り感が入り混じった空気に包まれていた。芦毛の“ロックスター”こと、ガイアフォースがコースに姿を現すと、スタンドからは「武史!」「ガイア!」といった熱狂的な声援が飛んだ。

一方で、ジャンタルマンタルや前年王者のソウルラッシュが登場すると、一際大きな拍手が沸き起こる。単なる上位人気馬への反応というよりも、これから始まる大物同士の激突に対する、敬意の表れのように感じられる一幕だった。

今回が国内ラストランとなるソウルラッシュは、馬場入場後すぐにゴール板方向へと向かい、残り200m地点から力強いキャンターを見せて観衆を沸かせた。対照的に、ジャンタルマンタルは発走地点近くの待機所で、その闘志を内に秘めていた。

そしてその静けさは、人馬の信頼関係の証のようでもあった。

「一戦ごとにしっかりと中身も伴いながら、精神面も成長してきた」と川田は語る。

「今日に至っては本当レース前は何もしなくていいほど馬が全てを理解した上で全てを行うことができたので、そういう面もとても賢い馬なので、そういう何1つ無駄がないところも、彼の素晴らしいところだと思います」

ゲートが開くと、ジャンタルマンタルとソウルラッシュは共に好スタートを切ったが、その位置取りは対照的だった。クリスチャン・デムーロ騎手が外枠からのコースロスを避けるためにソウルラッシュを下げて後方待機策を取ったのに対し、川田とジャンタルマンタルは好位のポジションを確保した。

4コーナーに差し掛かり、ソウルラッシュは後方から動き始めたが、いつものような鋭い加速は見られない。

前方では、まさに歴史を塗り替えようとする勝負が繰り広げられていた。

ジャンタルマンタルは楽々と先頭集団を捉え、その脚色は衰えるどころか、さらに鋭く加速し、2着のガイアフォースに1馬身3/4差をつけてゴール板を駆け抜けた。川田騎手は力強いガッツポーズを見せ、新王者の首を3回叩いて健闘を称えた。そしてスタンドからは、新たなマイル王の誕生を祝う大歓声と拍手が巻き起こった。

Yuga Kawada celebrates winning the Mile Championship on Jantar Mantar
YUGA KAWADA, JANTAR MANTAR / G1 Mile Championship // Kyoto /// 2025 //// Photo by Shuhei Uwabo
Jantar Mantar after winning the 2025 Mile Championship
JANTAR MANTAR / G1 Mile Championship // Kyoto /// 2025 //// Photo by Shuhei Uwabo

検量室に戻ってきた人馬を待っていたのは、歓喜の瞬間だけでなく、極度のプレッシャーからの解放感だった。川田騎手だけでなく、調教師や厩舎スタッフの目にも涙が光っていた。

高野友和調教師は「ワークライフバランスを崩してんじゃないかっていうぐらい、この馬に向き合った松井(隆志調教助手)始めうちの厩舎スタッフ、関わってくれた皆さんに深く感謝申し上げたいなと思います」と語り、苦労をともにした陣営を労う。

高野調教師が称賛した献身の裏には、ジャンタルマンタルに秘められた『元々のポテンシャルの高さ』への絶対的な信頼があった。

陣営は、前哨戦であるG2・富士ステークスでの敗戦を『勝つべきところで勝つ』ための必要なステップと捉え、本番へと向かった。それは、ジャンタルマンタルの並外れた身体能力と、それを制御し出力するメンタリティがあってこそ成立する計画だった。

「やっぱり競馬で結果を残す肉体的な強さ、肉体的な強さをちゃんと形に表せるメンタルの強さ。この2点だなと思います」 と高野調教師は語る。

「今までのジャンタルマンタルの中でも1番いい肉体と精神状態でゲートまで行けたなっていう感覚はありますね」

常にクールなことで知られる川田騎手も、チームの献身に対して安堵の表情を浮かべた。 「勝ち切るべきところを勝ったことによって、携わる方々がああやって嬉し涙を流すというのも、競馬の良さだと思いますので。スタッフが積み重ねたものですから、いい時間だったと思います」

2歳、3歳、4歳と、牡馬が出走可能な4つのマイルG1競走すべてを制することは、決して過小評価されるべきではない偉業だ。

「史上初のことですから」と川田騎手は力を込める。「日本競馬史上初めてですからね。しっかりと胸を張って、この馬が現在このカテゴリーのチャンピオンだ、日本で1番強い馬なんだということを馬自身が証明してくれたと思います」

「一戦ごとに全てのことを吸収してくれた結果、自分がチャンピオンであるという自覚を持った上での行動だと、そういう雰囲気で捉えてますので、それぐらいの自信を持って今日はレースに挑めたと思います」

ジャンタルマンタルの今後についてだが、どうやら来月の香港マイル挑戦はお預けとなりそうだ。

高野調教師はIdol Horseの取材に「招待は受けましたが、辞退もしてるので。今回は行かないはずです」と明かした。

「オーナーの皆さんの考えも伺いながら、相談して今後のことは決まるんじゃないかなと思います。どういう方向性になっても厩舎としては動けるように管理をしっかり頑張っていきたいと思います」

川田騎手は、この先のことをそれほど心配してはいないようだ。今後ジャンタルマンタルに求めることはあるかと問われると、彼らしい答えが返ってきた。

「ありません。もう十分素晴らしい馬です」

上保周平、Idol Horseのジャーナリスト。日本、海外問わず競馬に情熱を注いでいる。これまでにシンガポール、香港、そして日本の競馬場を訪れた経験を持っている。

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デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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