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フォーエバーヤングの歴史的に残るブリーダーズカップ・クラシック制覇から、50分が過ぎた。矢作芳人調教師はデルマーのクラブハウス外、グランドスタンド裏の一段高い花壇の縁の平らな舗装に腰を下ろしていた。

その周りでは、人波がゲートへと流れていた。最後の2レースが始まる前、渋滞を避けようと、早めに帰途につく観客が足早に行き交っていた。

「あの調教師だ」「クラシックを勝った人だ」「日本の調教師だ」、通り過ぎる複数のアメリカ人の口から、畏敬のこもった声が漏れた。

中には立ち止まり、隣に座る者までいた。ジーンズにスニーカー、ゆるいチェックシャツ姿の男性は、片手のビールを持ったまま、空いている方の手で矢作師と拳を突き合わせ、友人が写真を撮った。

整えられたグレーのスーツに黒いカウボーイ風の帽子、赤と白の “矢作厩舎” のネクタイ。矢作師はそれらすべてを、ユーモアと優雅さ、品位をもって受け止めた。

彼はしばらく座ってはいたが、決して手持ち無沙汰ではなかった。矢作師がただ時間を空費する姿は想像しがたい。その前、64歳の彼は長い時間立ったまま、カメラやボイスレコーダー、傾けられた耳に向かって語り続け、忍耐強く、思慮の行き届いた明晰さと乾いたユーモアで質問に答えていた。

彼の “会見” には記者たちが詰めかけ、足元にしゃがみ込む者もいた。賞金総額700万米ドルの北米最大の定量戦を制し、公式会見という『義務』はすでに果たしていたのにも関わらず、だ。

それでも、なお彼は報道陣の前に現れ、さらに時間を割き、年月をかけて到達した勝利についての思いを分かち合っていた。矢作師の仕事はレースで終わりではなかった。

「15年間、海外に馬を連れてきました。最初の5年は失敗ばかりでしたが、その失敗に次ぐ失敗が成功につながり、今日のこの瞬間に結びついたのだと思います」と、矢作師はIdol Horseの取材に語る。

この歴史的な瞬間は、矢作師自身の試行錯誤に、日本のホースマンたちの間で受け継がれてきた知見が重なって生まれた。

1998年夏、フランスで日本馬初の海外G1初勝利と2勝目を2週連続で実現させた二人のレジェンド、森秀行師と藤沢和雄師の時代に遡る系譜だ。その後の勝利もあれば敗北もある海外遠征の歴史は、すべてがこの日に繋がっている。

YOSHITO YAHAGI / G1 Breeders’ Cup Classic // Del Mar /// 2025 //// Photo by Idol Horse

矢作師自身が味わった敗北の中には、2011年のG1・セントジェームズパレスステークスで、フランケルの背中を見たグランプリボスでの厳しい教訓も含まれる。

だが、この名匠は自らも開拓者だった。他者の営みから学びつつ独自の道を切り開き、サウジアラビア、ドバイ、香港、アメリカ、オーストラリアで勲章を重ね、自身の物語を形作ってきた。

フォーエバーヤングの歴史的な一勝を挙げる数年前、矢作師はすでに2021年にデルマー開催でラヴズオンリーユーとマルシュロレーヌを勝たせ、ブリーダーズカップを制した唯一の日本人調教師となっていた。

その経験は、JRAの栗東と美浦で競走馬を育てているトレセンの調教師たち、さらには地方競馬から果敢に遠征する少数の挑戦者の知識共有に、多大なノウハウをもたらした。

今週末に初のブリーダーズカップを経験した伊藤大士調教師と中竹和也調教師の二人は、その知見がどれほど大きな存在だったのかを、Idol Horseに語っている。

「チームジャパンには経験豊富な人がたくさんいます。以前、ここを経験した方々から多くの助けをいただきました」と伊藤師は語る。インタビューがようやく終わると、矢作師に力強い抱擁で祝意を伝えた。

中竹師は「日本の調教師は情報共有を盛んです。みんなで挑戦することで互いから学び、何度でもやり直せる。トライを重ねるうちに、勝つ確率を高まっていきます」と述べ、知識と経験の重要性を物語る。

矢作師の挑戦は、誰よりも多い。しかし彼にとって挑戦の価値は、最終的な成果、つまり勝利にこそ表れる。それ以外は失敗だ。おそらく自身にとって最大とも言える勝利の直後でさえ、彼は満足していなかった。

「調教師を引退するまで、満足することはありません」と矢作師は言い、さらに「勝つためにここへ来ました。ただ、このレースに実際に勝ったとき、自分がどう感じるかは想像できませんでした。その瞬間、言葉を失いました」と続けた。

その瞬間は、坂井騎手が5番枠から見せた予想外に自信に満ちあふれた騎乗が起点となった。坂井騎手は先手を取ったコントラリーシンキングを見ながら、フィアースネスの外、ラチから1頭分空けたポジションにフォーエバーヤングを落ち着けた。

「馬は最高のコンディションでしたので、勝つことしか考えていませんでした」と坂井騎手はIdol Horseに語る。

「どんな状況でも、勝つことだけを考えていました。それだけです」

向こう正面の終わりで逃げ馬が苦しくなり始めると、坂井騎手は自らの馬を先頭に立たせる判断を迷わなかった。4角では1馬身先行、直線で猛追するシエラレオーネを半馬身差で抑え、フィアースネスは3着に終わった。

「藤田オーナーと隣同士で見ていたのでね、すごいプレッシャーがかかっていましたよ」と、矢作師は笑みを浮かべながら振り返る。勝利の直後、二人は叫び、抱き合い、歓喜の渦の中で矢作師の帽子は地面に転げ落ちた。

「オーナーも数々の成功をされてきた方ですが、あれほどの表情は人生の中でもなかなかないのではないかなという素晴らしい表情をされていたので、良かったなと。もう良かったしかないですね」

おそらく、その通りだ。フォーエバーヤングはBCクラシック41年の歴史で、米国調教馬以外としてはわずか3頭目の優勝馬であり、日本調教馬としては初めてだった。

SUSUMU FUJITA (middle), YOSHITO YAHAGI (right) / G1 Breeders’ Cup Classic // Del Mar /// 2025 //// Photo by Carlos J. Calo (Eclipse Sportswire/Breeders Cup)

そしてこの勝利には、昨年のBCクラシックとケンタッキーダービーで後塵を拝したシエラレオーネへのリベンジ成功という、さらなる悲願が添えられていた。

ちょうど1年前、フォーエバーヤングがシエラレオーネとフィアースネスの3着に敗れた直後、矢作師はこのデルマーでリベンジを口にしていた。

「1着と2着の馬にリベンジしたいです」と、そのとき彼はIdol Horseに語っている。

そして、今回「今しかない」という思いを言葉にしたのは馬主の藤田氏だった。

「同世代のシエラレオーネとフィアースネスに勝つことも夢で、これが(引退する同馬たちを負かす)最後のチャンスだったので、叶ってうれしいです」

その思いは、矢作師自身も同じだ。トレーナーである矢作師と、Cygamesと『ウマ娘 プリティーダービー』の立役者である藤田晋氏が、あの敗戦へのリベンジを強く望んでいた事実は、陣営の原動力に他ならない。

とりわけ、矢作師の揺るぎない勝利への熱意、愛馬と自身の力を世界に示すという明確な意志を奮い立たせた。

JRAでの複数回のリーディングトレーナー、コントレイルの三冠制覇など、国内での驚異的な実績、そして海外での成功にもかかわらず、矢作師が拘りを見せているものがある。世界への “証明” だ。

「私はまだ世界的な調教師だとは思っていません」と彼は言う。「まだ長い道のりがあります。私は周囲の支えなしには何もできませんでした。オーナーだけでなく、すべてのファンの皆さんからも支えをいただきました」

「皆さんの期待に応えられることを願っています」

この勝利が、すでに期待を超えていることに疑いの余地はない。だが、矢作師の胸中にはいつも次の計画がある。次はリヤドでの再戦、サウジカップだ。フォーエバーヤングは2月、香港のロマンチックウォリアーとの激闘を制してこのレースを勝っている。

決戦の日は2026年2月14日。フォーエバーヤングの誕生日である2月24日の10日前であり、その誕生日は2021年2月24日にリリースされた『ウマ娘 プリティーダービー』5周年の日に当たる。ウマ娘というメディア作品は、日本の若年層に競馬を広げる原動力となってきた。

フォーエバーヤングがデルマーのゴール板を駆け抜けた直後、ウマ娘のX公式アカウントは、言葉を添えず『2026.02.24』という日付だけを記した、フォーエバーヤングらしきキャラクターのシルエット画像を公開した。数時間のうちにインプレッションは700万件を超えた。

矢作師が調教師として成し遂げてきた功績を踏まえても、彼の競馬界への最大の贈り物は、もしかすると別の形で現れるかもしれない。

フォーエバーヤングが、ウマ娘というゲームとアニメの世界で人気ある作品の中で、世界を制したBCクラシックの勝者として再誕を遂げる。それこそが、競馬史上まれに見る新たな波及効果の始まりとなるのかもしれない。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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