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マイル女王が牡馬討伐、QE2世Sのフォールンエンジェルは「マイペース」が勝負の鍵

G1・5勝のマイル女王、フォールンエンジェルが牡馬混合戦のG1・クイーンエリザベス2世Sに挑戦する。芦毛の「マイペースお嬢様」はどんな性格なのか?厩舎と騎手に直撃取材した。

マイル女王が牡馬討伐、QE2世Sのフォールンエンジェルは「マイペース」が勝負の鍵

G1・5勝のマイル女王、フォールンエンジェルが牡馬混合戦のG1・クイーンエリザベス2世Sに挑戦する。芦毛の「マイペースお嬢様」はどんな性格なのか?厩舎と騎手に直撃取材した。

スピゴットロッジ調教場の2月の朝、ミドルハムから少し離れた、ハイムーアにあるカール・バーク調教師の古い厩舎の周りは静寂に包まれていた。

母屋から見て一番奥、右側の白塗りの馬房の最後に、馬着をまとった芦毛の牝馬が、飼い葉桶に頭を深く突っ込み、満足そうにムシャムシャと食べていた。

すると、耳がピクリと動き、頭を上げ、ドアまで歩いてきた。彼女がフォールンエンジェルだ。鼻先を上から突き出し、一瞬周りを見渡したが、特に関心を引くものはないと判断し、再び飼い葉に戻った。

彼女にとって最大の試練、アスコット競馬場のG1・クイーンエリザベス2世ステークス(QE2世S)で牡馬と対決する数日前、調教助手のジェームズ・カウリー氏はIdol Horseの取材に対し、「食事は絶対に抜かない馬なんですよ」と語った。

ローズボウルが1975年と1976年に連覇して以来、過去49年間でクイーンエリザベス2世Sを勝った牝馬はわずか3頭しかいない。

「牝馬にとって、勝負の半分はこういうところです。トレーニングを受け入れ、調教のやる気がある、そして何もなかったかのように戻ってくる、そんな牝馬こそが私たちが求めているものであり、『扱いやすい馬』なのです」

フランスやアイルランドに遠征するときも、普段通りの様子に変わりないという。厩務員のアリス・ケトルウェルがいつも通りに付き添い、引き馬をして、大好物のポロミント(ミント味のお菓子)もパックで持っていく。

「この馬にとって、ご飯の時間は絶対なんですよ」とカウリーは続けた。

「彼女はとても写真写りもいいです。自分が注目の的であり、厩舎の誇りであることを知っているかのようです。オープンデーでも自ら進んでサービスしてくれますし、気性が荒いこともありますが、間違いなく優しい子で、みんなに見てほしいって思っている子です」

カウリーはカール・バーク調教師の娘婿であると同時に、厩舎のアシスタントトレーナーでもある。フォールンエンジェルには2歳時から、ミドルハムの強風が吹き荒れる丘陵地帯で騎乗している。心肺機能を鍛え、脚力を磨き、誰よりも毎日の調教に向き合ってきた。

おそらくメディアでは過小評価されているこのトップ牝馬について、誰よりもよく知っている人物がこの男だ。スピゴットロッジの厩舎にやってきた当初から持っていた生来の特質、そしてこれまでにG1レース・5勝の活躍に繋がってきた闘争心を理解している。

ノース・ヨークシャーに来た当初のフォールンエンジェルを思い出しながら、彼は「燃えるような気性ですね」と、意味深な言葉を繰り返した。

「馬房では絶対に目を離せませんでした。その点では間違いなく落ち着きましたが、それでも自分のテリトリーはアピールしてきますので、完全に気を抜くわけにはいきません。この性格を把握することで、間違いなく扱いやすくはなります」

「何年か経って、彼女自身も円熟し、いまや若かった頃のような『燃えるような気性』は全くありません。間違いなく、『お嬢様』のような雰囲気に育ちました。しかし、その能力は昔から変わっていません。今シーズンはその証拠です。彼女は今年、キャリア最高の状態にあります」

Fallen Angel tucking into her feed bin in her box at Spigot Lodge
FALLEN ANGEL / Spigot Lodge // 2025 /// Photo by Idol Horse

フォールンエンジェルは2歳時、G1・モイグレアスタッドステークスで勝利を飾り、4戦3勝の2歳シーズンを締め括った。続く3歳シーズンには、クラシックのG1・愛1000ギニーでも勝利を挙げている。

その後、オーナーブリーダーのスティーブ・パーキン氏が率いるクリッパーロジスティクスから、急成長中のワスナンレーシングへの売却が成立した。

しかし、今年に入ってさらに勢いを増し、直近のG1レースを3連勝。このトゥーダーンホット産駒の牝馬は、英愛の最強マイラー牝馬であることを証明した。武器は自在な脚質と決して諦めない粘り腰。この秋、牡馬のトップマイラーとの決戦に挑戦する。

この馬の素質は、2023年5月のヘイドックで迎えた、デビュー戦の走りからも明らかだった。

7頭立ての未勝利戦、クリフォード・リー騎手を背に先行し、楽々と後続を圧倒。フォールンエンジェルとリー騎手のコンビはこれが唯一の機会であり、以降の5戦はダニー・タドホープ騎手が手綱を取った。

タドホープとコンビを組んだ初戦こそ敗れたが、その後は4戦で3勝を挙げ、カタールのワスナンレーシングへの売却が成立。主戦騎手の座は、馬主の専属騎手を務めるジェームズ・ドイル騎手に移った。

「時間を巻き戻せるならば、2歳時は無敗だったでしょうね」とカウリーは述べた。

「あれはダニー(タドホープ)に乗り替わった初戦でした。カール(バーク調教師)は今、ドイル騎手がようやく彼女の乗り方を理解し始めたばかりだと話していますが、もしやり直せるなら、ダニーは2歳時にサンダウンでのリステッドを勝って、G3、そしてG1へと進んでいたでしょう」

「誤解しないでほしいのですが、彼女は乗り難しい馬ではありません。ただ、彼女の走り方を理解して、馬に信頼を置くことが重要です」

「たとえば、サンチャリオットステークスでは、ジェームズ(ドイル騎手)は4ハロン標識を通過する頃から仕掛け始めました。まだ残り半マイルもありましたが、彼はすでに追い始めていました。そして、坂の下りに入る頃には、他の馬はレースから脱落していきました」

「つまり、勝負どころに入る前に決着していたということです。フォールンエンジェルができることを理解して、信頼して騎乗することが勝負の鍵だと私は思います」

ドイル騎手は、フォールンエンジェルの3歳時の最後の2レースで騎乗。G1・メイトロンステークスでは2着に入り、唯一の2000m挑戦となったG1・オペラ賞では4着に健闘している。

今シーズンは、キーラン・シューマーク騎手が騎乗した牡馬混合戦のG1・ロッキンジステークスで6着に沈むと、鞍上がドイルに戻ったロイヤルアスコット開催のG2・デュークオブケンブリッジステークスでも3着に敗れ、2連敗での幕開けとなった。

ドイルはこの馬について、「彼女は非常にユニークだと思います。彼女は大跳びのマイラー牝馬で、自分のリズムで走れるかどうかが大事になってくるタイプです」とIdol Horseに語る。ブリティッシュ・チャンピオンズデーの4日前、ニューカッスル競馬場の開催日で取材に応じてくれた。

「スタートしてすぐ押していって、そのまま行かせるだけという馬というのは珍しいです。普通、道中でペースを緩めて息を入れさせますからね。そういった意味では、彼女は非常にユニークな存在です」

「最初に乗ったとき、彼女を少しコントロールしようと乗っていました。手綱を緩めて馬のペースに任せたとき初めて、彼女と意気投合できたようです」

「私はおそらく、彼女を普通の馬のように乗ってしまったのでしょう。先頭に立っても、普通は速いペースでは飛ばしません。最初から最後の数ハロンほど飛ばすことはしませんから。しかし、彼女は一定したペースでの走りを好みます。ですから、最初は普通の競馬をしようとしましたが、それこそが向いていなかったんです」

L to R: Lucy Cowley, James Cowley, Karl Burke, Alice Kettlewell, James Doyle, Elaine Burke / G1 Matron Stakes // Leopardstown /// 2025 //// Photo by Seb Daly

カウリーは、ミドルハムでの普段の調教の経験から、フォールンエンジェルには “独自のやり方” があり、ペース配分は彼女に任せるのが最善の方法であることを知っていた。

「自己流のスタイルで走るのを好む馬なんです」と彼は語った。

「それが調教が上手く行っている主な要因だったと思います。彼女がルーティンを好み、自分のペースで進めるのが好きなことは、早い段階で分かりました。力で従える接し方より、馬に合わせて接する方が向いているタイプです」

「誤解してほしくないのは、彼女が調教場を駆け上がっているのを見ても、他の馬と区別することはできないでしょう。しかし、帰り道ではどこにいるのか分かります。帰り道は少し興奮して、元気に帰ってくるんです」

「2歳の時でさえ、ずっとそうでした。彼女の調教は良かったですが、決して目立つものではありませんでした。ただ求めているとおりに動いて、課題をクリアしてくれます」

「そのような点では、調教が非常に簡単で、やりすぎることは決してありませんでした」

ロイヤルアスコットでの敗戦後、ドイルはワスナンから出るもう一頭の出走馬、クリムゾンアドヴォケイト(G2・デュークオブケンブリッジSの勝ち馬)に乗ることを選択したため、タドホープが手綱を取り直し、ドーヴィルのG1・ロートシルト賞でフォールンエンジェルをハナ差勝利に導いた。

G1・メイトロンSとG1・サンチャリオットSでは鞍上がドイルに戻り、さらなる勝利を積み重ねている。

「ここに来て成長してきています」とドイルは続ける。「データや数字などが彼女が成長したことを示しているかどうかはわかりませんが、どんな馬にとってもG1を3連勝するのは並大抵のことではありません」

「序盤に成績が落ち込んだ理由ですが、春先は向かないタイプなんだと思います。ロッキンジではまだ冬毛が残っていて毛艶がイマイチでしたし、ロイヤルアスコットでは馬場が速すぎましたから」

馬場状態は陣営が懸念していることだ。カウリーは、クイーンエリザベス2世Sに出走することが期待されている一方で、馬場状態の表記に “良” があれば、彼女が出走する可能性は低いだろうと述べた。

彼とドイルはともに、アスコットの馬場が水分を含んでいるであろうことから、レースには出走するだろうと見ている。牡馬を相手の厳しい一戦となるが、根性ある闘志を見せてくれるだろうと自信を述べた。

「彼女は非常にタフ、それが特長の一つです。非常に根性があります」とドイルは強調した。

「闘志を見せてくれるのは間違いありません。メイトロンSで見せたように、必ずしも逃げる必要はありません。スタートさせて楽に走らせれば、それが先頭であれ、番手であれ、素直に走ってくれます。逃げないと駄目、周りに馬がいては駄目といった、戦法に拘るタイプではありません」

「メイトロンSの時のように、ペースメーカーがいてくれると助かります。あの時のように、ターゲットとなる馬が速いペースで引っ張ってくれる展開ですね」

彼女の馬房の隣の厩舎のドアには、名前とともに、彼女が勝った主要なレースが記載されている。次なる目標は、そこに英国マイル王者決定戦を加えること。来シーズンも現役を続ける予定であり、その競争心を絶やさぬよう、あらゆる機会が与えられるだろう。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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