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最新鋭のパドレガルシア競馬場で試走開始、再生の火を灯したフィリピン競馬の今を取材

フィリピン競馬の未来を担う新しい競馬場、パドレガルシア競馬場でナイター試走が開始された。競馬界の再興へ向けた、重要な一歩を取材した。

最新鋭のパドレガルシア競馬場で試走開始、再生の火を灯したフィリピン競馬の今を取材

フィリピン競馬の未来を担う新しい競馬場、パドレガルシア競馬場でナイター試走が開始された。競馬界の再興へ向けた、重要な一歩を取材した。

G1・ケンタッキーダービーの舞台として世界的に知られる、ケンタッキー州のチャーチルダウンズ競馬場。木曜夜、バズロケットという名の競走馬は、そこからはるか遠く離れた場所にいた。

昨年9月、米国競馬の中心地・ケンタッキー州でデビューした同馬は、その血統背景から、翌5月にはトレードマークのツインスパイアーズで知られるチャーチルダウンズ競馬場でダービーを駆け抜ける存在であろうと期待を集めていた。

しかし、その夢は実現しなかった。カリフォルニアクロームを半兄に持つバズロケットは結局、ケンタッキーダービーには縁がなく、アメリカでは未勝利戦を1勝しただけ。現在は、マニラから南へ約96キロ離れたバタンガス州のパドレガルシアにいる。

とはいえ、この移籍はこの良血馬にとって新たな再起をかけるチャンスとなるかもしれない。バズロケットは、フィリピンジョッキークラブ(PJC)の新造したパドレガルシア競馬場を中心とした、記念すべき『再始動』の象徴でもある。建設中のスタンドは向こう正面に面し、深緑の金属屋根を持つ白い厩舎ブロックは2,000頭の馬を収容できる。競馬場は競走馬のトレセンとしても機能する予定だ。

木曜日の夜は、2022年3月に50ヘクタールの敷地で着工されて以来の大きな節目となった。2週間前に初のバリアトライアルを開催したばかりのパドレガルシア競馬場で、この日は初めてナイター照明を灯し、夜間での試験運用が実現したのだ。

Padre Garcia / 2025 /// Photo supplied

競馬場を運営するPJC自体も新しい組織だ。国内競馬業界の存続を願う、著名なオーナーや生産者らが中心となって設立された。

長年競馬を運営してきたマニラジョッキークラブとフィリピンレーシングクラブがコロナ禍後に相次いで活動を停止した後、フィリピン競馬はパドレガルシアの北に約19キロ離れた、マニラメトロターフクラブのマルバー競馬場のみで細々と行われている。PJCはこの危機を打破する使命を担っているのだ。

「ここに来たとき、私はフィリピン競馬の黄金時代について知って驚きました。1930年代には華やかな時代があった一方で、1960年代以降は衰退してしまったのです」と、ハリー・トロイ氏はIdol Horseに語る。

トロイ氏はアジア競馬を知り尽くす人物だ。オーストラリア出身の元騎手である同氏は、すでに廃止されたマカオジョッキークラブのタイパ競馬場で30年近く英語実況を担当してきた。現在はPJCプロジェクトの推進役として、豊富な経験を生かし、競馬場内外で新しい人材育成にも力を注いでいる。

この夜、バズロケットは7組目のトライアルで耳を立てて楽々と “勝利” した。ライト点灯後3番目の試走で、トロイ氏は実況席がまだ整備されていないため、片手にマイク、もう一方に双眼鏡を持ち、コースサイドから実況した。場内の内装工事や外構の整備はまだ進行中だ。

「解決すべき課題はありますが、想定内です」とトロイ氏は話す。今回の試験は、過ぎ去った台風・ナンド(国際名・ラガサ)と接近中の台風・オポンの影響を受けつつ行われたため、「本番前の試運転のようなもの」だったという。過去3年半、度重なる台風によりプロジェクトは度々中断されたが、10月下旬から11月の開業が待ち望まれている。

「台風が過ぎ去り、晴天が続けば、10月29日に初開催できると期待しています」とトロイ氏。台風シーズンの悪天候にもかかわらず、工事は順調に進んでいるという。

この日も雨雲が垂れ込み、近くの山々の鋭い峰が灰色の雲の切れ間から顔を出していたが、降り続く雨は彼の熱意を冷ますことはなかった。

「わずかな時間で125ミリの雨が降りましたが、最悪の降り方が収まったのは第1組の約1時間前でした」と振り返る。

蛍光イエローのレインスーツに身を包んだ係員や、黒いボディプロテクターとヘルメットを着用した厩務員が第1試走の馬装に取りかかる頃には、ダートコースは良好な状態を保っていた。豪雨の影響が見て取れたのは、騎手たちが内ラチを避けて走っていたことぐらいだった。

クラブのトラックコンサルタントを務める南アフリカ出身のデオン・ヴィサール氏は、馬場の垂直排水に手応えを感じていた。

「雨が止んでから30分もしないうちに水は引きました」とヴィサール氏は説明する。「ハローをかけて、ほぼ予定通りに開始できました。馬場の状態、見た目、そして走り心地にこれ以上ないほど満足しています」

「騎手たちからも、馬場状態と新しいゲートについて非常に良い評価が寄せられました。我々のゲートはスペースにゆとりがあり、安全パッドも装備しているため、馬と騎手双方の負傷リスクを軽減します」

4組目の直前に照明が点灯し、5%の傾斜がついた1600メートルのメインコースと、1500メートルの内側トレーニングコースが夜空に浮かび上がった。

ナイター初試走を飾った5頭の先頭でゴールしたのは、チャームボーイという名の馬だった。地元産の3歳馬で、血統は北米色が強い。アメリカの名種牡馬・カーリンを父に持つ良血馬のバズロケットもまた、肥沃な平野と山々に囲まれた農業地帯に根ざすこの地域の競馬に、新たな活力をもたらしている。

BUZZ ROCKET / Padre Garcia // 2025 /// Video by PJC

パドレガルシアへの幹線道路には、『フィリピン家畜市場の中心地』と記された大きなアーチが立ち、訪れる人々を迎えている。

この地域は肉牛市場で知られるが、今後はバズロケットの血統がフィリピンのサラブレッド生産業界を押し上げる存在として期待されている。同国では年間約400頭の仔馬が生産されており、故ファストネットロックの半弟・ジャグリングアクトも種牡馬として登録されている。

「フィリピンは東南アジアの眠れる巨人なのかもしれません」とトロイ氏は語る。「一度も本格的に宣伝されたことがないだけに、可能性は無限大です」

PJCを支えるオーナーや生産者たちも、大きな野心を抱いている。韓国競馬での勤務経験を持つ元ヴィクトリアレーシングクラブのハンデキャッパー、アラン・ペインター氏を招き、ハンデシステムを刷新。南カリフォルニアで実績を持つスティーブ・ウッド氏がコース設備を担当し、裁決委員会はオーストラリア人のキース・マレー氏が率いる。

目指すのは競馬の質向上、システム改革、参加意識の醸成、賞金や売上の拡大だ。さらに生産を国際水準に引き上げ、オーストラリアの馬券販売ネットワークであるTABへの放映参画や同国への馬券販売にも取り組んでいく。

人口約300万人のバタンガスは、その挑戦に最適な地域かもしれない。都市部が発展を続けており、競馬と賭けの市場拡大には追い風となる。

ただし、この国では競馬の知名度は低く、人口1億1,600万人の大半を占めるカトリック国民との間でギャンブルに対する複雑な関係が存在する。

昨年11月、フェルディナンド・マルコス大統領は、フィリピン・オフショア・ゲーミング・オペレーター(POGO)を禁止する大統領令を発令した。政府機関の報告書によれば、POGOは組織犯罪や人身売買と関連しており、犯罪率の上昇や社会不安、弱者の搾取など深刻なリスクをもたらすとされたためだ。

それでも、賭け自体は根強い人気を持つ。特に闘鶏への賭けが盛んで、コロナ禍で一時的に対面開催が禁止された際には、生中継とオンライン賭博が拡大した。

しかし2022年、オンライン闘鶏の八百長に関与したとされる34人が火山湖に遺棄される事件が発生。上院調査では、この残虐な闘鶏の日次売上が5,240万米ドルに達していたことが判明した。その後、生中継の闘鶏は禁止され、競馬が代替市場となる可能性が浮上している。

PJCは競馬とその賭けを、こうしたスキャンダルから切り離そうとしている。国内には約200の認可賭博店舗があり、多くの利用者が依然として現金を好むため、オンライン市場拡大の余地は大きい。昨年12月、マルバー競馬場で行われたプレジデンシャルカップは約5,000万ペソ(約1.3億円)の売上があり、通常開催でも約2,400万ペソ(約6,000万円)を記録している。

「オンライン賭博は総売上のわずか20%しかありません。現金での賭けが大きい理由は、銀行口座を持たない人が多いためです」とトロイ氏は説明する。

木曜日の夜、パドレガルシア競馬場には霧雨が降りしきり、カミンズ社製の大型ディーゼル発電機が照明に電力を供給していた。フィリピン競馬が新たな時代へ踏み出そうとするエネルギーが、闇夜を照らす光とともに競馬場を満たしていた。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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